今日の裸族

 お昼が過ぎた明るい時間、寝室の扉が開いた。


「レイオン、お仕事終わったの?」

「いや、すぐ出る」


 帰って来た気配がなかったし、連絡もなかったからフォーとして帰って来たのね。よくあることだ。お迎えについてはレイオンとして帰って来た時にすればいいし、本人もそれを望んでいるのできっちりやることはしていない。


「……」


 流れるように上のシャツを脱いで、歩みを進めながらソファにぱさりと置いていく。

 最近は仕事の合間に来てくれたり、人に任すことも覚えたので早く帰ってくることが増えた。そして短い時間でも私の裸族に付き合ってくれる。


「昨日買った本か?」

「うん」


 隣国シコフォーナクセーのエピシミア辺境伯夫人が聖女だった頃の自伝、なんと第二巻が発売した。これはもう買うしかあるまい。というわけで、私のバイブルは二冊になった。ベッドの上に全裸でうつ伏せに寝転がりながら絶賛読書タイムを満喫している。


「レイオン、お昼は食べた?」

「ああ」


 食事もきちんととるようになったらしい。麓の町民が喜んでいた。私と結婚する前は、食べたと称してパン一切れなんて日もあったらしい。


「……」


 ぎしりとベッドが軋む。

 私がベッドに寝転がってると隣で同じように寝転がる。忙しいとソファで書類仕事、たまにお茶を淹れて誘ってくれるといったのが日常だ。

 私は視線を聖女様の自伝に戻した。今日はすぐ出ると言っていたから、少し横になって仮眠のような仮眠じゃないものをとって出ていくのだろう。これでも改善したけど、もう少しゆっくりすることを覚えて欲しい。


「メーラ」

「なに?」


 ベッドに潜り込んできたはいいけど、寝そべるのではなく上半身少し起こしている。その体勢って筋肉使いそう。ちらりと視線をレイオンに移して再び本に戻す。彼は名前を呼んだだけというのをよくするので最近は返事だけして続く言葉が降りてこなければそのままということをしていた。


「……」


 そして最近はじっと見てくる。まあ前も兆候はあったけど、ここまであからさまなのは聖女候補誘拐事件が終わってからだろうか。あの後にきちんとレイオンへの気持ちを伝えて晴れて両想いとなってから、裸族タイム中結構な頻度でガン見される。どちらかと言うと、私が背を向けている時が多いかな。


「……」


 考え事で油断していた。


「ひっ」


 するりと背中を何かが這った。

 急な感触に驚いて首だけ振り向いて背中を見ると、レイオンが大きな掌で私の背に触れている。

 さわさわ、なでなでしていた。


「レ、レイオン?」

「……ああ」

「なに、して?」

「メーラの背中に触れている」


 見て分かるよ!


「なん、で?」

「メーラの背中は毒だなと」

「はい?」


 毒ってよくないものだよね? 触る必要ある? ないでしょ。


「綺麗すぎて毒だと思う。触れたくなる」


 この人はまたこっ恥ずかしいことを平気で言ってのけた。一応これは彼なりに私の背中を称賛してくれているということだと思う。


「レ、レイオン」

「ああ」


 さわさわ

 なでなで


「レイオンてば」

「ああ」


 さわさわ

 なでなで


「レイオン」


 背中を見つめたまま繰り返す。恥ずかしさが競り上がって頬に熱が集まった。

 触れる部分が熱い。触ってくる当人はひどく満足そうだ。無表情の癖に瞳の中で光が煌めいている。

 もしかしてずっと見てたのって触るタイミングを計っていたの? ここ最近ずっと?


「レイオン、やめ、っ!?」

「……」


 最後まで言う前にとんでもないことをしてきた。

 さわさわなでなでの後、何を思ったのか私の背中に唇を寄せる。

 当然掌で触れるものと別の感触が背中に走った。


「レ、レイオン!」


 身をよじっても下はベッド上はレイオンに挟まれて逃げられない。ベッドが軋む音がするだけだ。恥ずかしさが増す。初動対応を誤ったわ。


「なにしてるの! 離れて!」


 唇が離れた。まだ背中に近いからか息がかかってくすぐったい。


「メーラの背中が好きだ」

「ひゃっ!」


 キスされるだけでも恥ずかしさにきついのに今度は舐めてきた。

 ぞくぞくした感覚が背中を走る。


「ずっと触れたかったし、ずっと触れていられる」

「っもう!」


 顔を上げて、再び背中に寄せようとする顔と私の間目掛けて手元の枕を突っ込んだ。


「……何を」

「それはこっちの台詞でしょ!」


 体を起こしてベッドに座ると、彼も同じようにベッドに座り込む。その顔には無表情ながら不服という感情がびしびし滲み出ていた。


「まだ明るい時間になにしてるの!」

「綺麗だし、美味しそうだったから」


 だから舐めたなんて犬なの? いや犬にもなれるんだけど、ってそうじゃない。


「初めてメーラの後姿を見てから、ずっと触れたかった」


 その言葉を考えると、初めて裸族がばれた日からになってしまう。まさかの年単位?


「抱きしめる時に触れる程度では我慢できなくなってきた」


 正直すぎる。同じベッドで添い寝する時はよく抱きしめてきてたけど、その時に腕を回して背中に触って誤魔化していたと。今日になってしっかり背中に触りたくなって触った今ここみたいな?

 瞳の色合いが本気だと言っているから素直に思ったことを伝えてきている。


「にしたって、こんな明るい時間はちょっと」


 私の言葉にこてんと首を傾げた。


「夜ならいいのか?」

「そういうんじゃなくて、いや夜はまあいいのかな? いいえ、ちょっと待って」

「……成程。ならこれからは夜にしよう」


 都合のいいとこだけ認識の範疇に入れた。ちょっと待ってよ。


「では夜に」


 嬉しそうに目を細めて、いそいそベッドから降りてソファのシャツに手を伸ばす。こんな一瞬の時間の為にわざわざ帰って来るんだから本当この人ってば物好きだわ。

 ああもう夜どうしよう。



* * *



「……何故」

「こうもなるでしょ!」


 夜、寝室に入ってきたレイオンのテンションが急降下した。夕餉の時間はそわそわして嬉しそうにしていたこの人のテンションを落としたのは私だ。

 全裸ではなく、聖女様ブランドのパジャマを着ていたからなのは明らかだった。

 今私たちは午後と同じくベッドの上で向かい合って座っている。レイオンがむっとしたまま同じことを問う。


「何故」

「だって……」


 あんなことされて恥ずかしくてどうにかなりそうなのに、同じことをされると分かって裸でいるなんて無理に決まっている。

 言葉が続かない私を見つめ、するりとレイオンの手がカーディガンに、肩に、置かれた。するりとカーディガンの裏側に手が通り、そのままカーディガンをはだけてきた。


「ちょ」

「脱いで」


 脱がせようとしてきたのを彼の手首を掴んで止めようとする。力の差では絶対勝てないのに、手を止めてくれたのは彼の優しさだ。


「なにしてるの!」

「脱いでもらおうと」

「待って」


 今日はもう脱がないのと断言すると、レイオンが再び納得のいかないという色を見せた。無表情の割に正直に感情を見せるようになったわね。本当頑固なんだから。


「脱いで」

「やめて」

「何がいけない」

「脱いだら触るでしょ」

「勿論」


 絶対譲らないという強い光が瞳に宿る。背中に触れる触れないでそこまで決意新たにするなんてレイオンぐらいよ。本当やめて。


「明るい時間が駄目なら、暗い夜は問題ないはずだ」

「そういう理論でもないんだって」

「嫌だ触る」

「なんでよおおお」


 妙な押し問答をする羽目になった。

 結果がどうなったかなんて語りたくもない。

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