小さな奇跡の流れ星

しらたま*

小さな奇跡の流れ星

 ──砂を巻き込む波の音。


 砂浜をサンダルで歩くと、砂の中に少し沈む足。


 空を見上げると、輝く星たち。


 海が好きな私は、海が目の前にある旅館に泊まり、初めての一人旅に来ている。


 日も沈み、辺りは旅館やホテルの光が灯る中、私は少し暗い浜辺を歩いた。


 辺りは割と静かな為、波の音が大きく聞こえ、普段の忙しい日常を忘れさせてくれる。


「今日は月が笑っている」


 三日月を見ながらそう呟き、私も少し笑顔になれた。


 そして、小さな溜め息をついて私は波打ち際にしゃがみ込んだ。


 海を見れば水面がキラキラと月の光で輝いており、空を見上げれば小さな星たちが綺麗に光っていて、どちらもとても素敵で飽きることなく見ていられた。


 私は砂浜にそっとお尻をつけ、膝を抱え込むようにして座り直した。


 波の音を聞きながら、何を思うことなく、ただただ星空を見上げた。


 辺りに響く波の音が心地よく、私はなんだかほっとした気持ちになった。


 と、その時、横から誰かが声を掛けてきた。


「今日は、星が綺麗だね」


 声のする方へ振り向くと、中学生くらいの男の子が1人で立っている。


 声を掛けられるまで、全く人の気配を感じなかったので、私はとても驚いた。


「驚かせてしまってごめんなさい。

 なんだか優しい雰囲気のお姉さんが座っていたので、気になってしまって」


若い割にしっかりとしたナンパをしてきたのかと思ったが、男の子からは悪い気配を感じる事はなかった。


「学生さん?1人でどうしたの?」


 私が男の子に質問すると、男の子はなんだか寂しそうに笑った。


「学生……かな。僕、いつも海を眺めてるんだ。

 そしたら、今日はお姉さんがいるのが見えて、気になって来てみたの。

 お姉さんは、海が好きなの?」


 男の子は私に質問をしながら、ちゃっかりと隣に座った。


 他に男の子の仲間が居ないかなど一瞬不安も過り辺りを見渡すが、広い砂浜に他に人影などはなかった。


「海ね……好きだよ。

 波の音が素敵で、広くて大きな海ってなんかいいよね。

 それに、海辺で見る星も好き。

 波の音で現実味のある音が消され、広い海の上に広がる広い星空。

 ……それもまた、なんか素敵でしょ」


 まだ人生これからの男の子に「現実味のある」など、「人生に疲れています」と言う発言は如何なものかとも思ったが、男の子は私の話をぼんやりと聞いているようだった。


「ふーん。

 そう思えるお姉さんも、なんか素敵だね」


 男の子はそう言って、星を眺めた。

 その横顔は透き通るように綺麗で、少し当たる月の光が、より男の子の顔を美しく魅せる。


 その綺麗な顔に少し見とれつつも、私もまた星空を見上げた。


「流れ星流れないかな……」


 私はボソッと呟いた。

 すると、その言葉を聞いた男の子は、また私の方を見る。


「流れ星好き?」


 私も、また男の子の方を見て、笑顔を向け、質問に答えた。


「好きだよ。

 願いが叶う叶わないはどうであれ、流れ星が見れた時は、なんだか勇気もらえる気がしない?」


 男の子は、なんだか凄く嬉しそうな顔をしている。


「願い事叶わなくても……そう思うの?」


 私は頷き、男の子に満面の笑みを見せた。


「そうだよ。

 願いが叶えばもちろん嬉しいけど、ただ眺めている中で、普段あまり見えない物が見えるのって小さな奇跡みたいで素敵でしょ?

 その素敵な光景を見れるだけで、私はなんだか素敵な気持ちになれるの。

 流れ星っていう存在が、勇気や希望をくれる気がするけどなぁ……。

 願うだけでは、叶う事も叶わないからね」


 また最後に現実的な言葉を発してしまったが、男の子は目をキラキラさせながら私を見る。


「お姉さんの考え方って素敵だね!

 小さな奇跡……お姉さんにもたくさん小さな奇跡が起こるといいね」


 男の子はそう言うと急に立ち上がり、歩いていってしまった。


「なんだったんだろ?」


 不思議な子だと思いながら、私はまた星空を眺めた。


 すると、今までで見たことのないくらいの綺麗な流れ星が流れた。


「あっ!!」


 私は、思わず大きな声が出た。

 男の子に流れ星が見えた事を伝えようと思い、男の子が遠くへ行ってしまう前にと急いで振り返った。


「ねぇ!!あれ、居ない……」


 周りを見渡すが、もう男の子の姿はなかった。


 広い砂浜でそんなに時間も経っていないのに、全く姿が見当たらない事を不思議に思いつつも、私はまた空を眺めた。


「あっ!!」


 また流れ星が流れた。

 突然、流星群が始まったかのように、次から次へととても綺麗な星が流れる。


 私は、その光景がとても嬉しく、自然と笑みがこぼれた。

 仕事の事も日常の嫌な事も忘れ、優しい波の音を聞きながら、2時間近く綺麗な星空を眺め、心が綺麗に洗われた気がした。



 さすがに夜も遅くなる頃、私は旅館に戻った。


「お帰りなさいませ。

 遅かったですね。綺麗な星は見えましたか?」


 旅館に戻ると、受付に居た女将が優しく声を掛けてくれた。


「遅くなりすみません。

 今日は、流星群だったのでしょうか?

 とても素敵な星空が見えました」


 私は、笑顔で答えた。

 その答えに女将も優しい笑顔を見せてくれた。


「そうでしたか。

 素敵な星空で良かったです。

 長くお散歩されていた様なのでお疲れでしょう。お布団をご用意してありますので、ゆっくり休んで下さいね」


 私は会釈をして部屋に向かおうとしたが、ふと男の子の事を思い出した。


「あのぉ、女将さん、1つ聞いてもいいですか?」


 女将は、笑顔で頷いた。


「この辺りの海辺に、海が好きな中学生くらいの男の子はよく来られますか?」


 女将は、一瞬驚いた表情を見せた。

 しかし、すぐ優しい笑顔になり頷いた。


「もしかして、綺麗なお顔で細身の髪がサラッとした子だったかしら?」


 私は、大きく頷いた。


「そうです!

 私が1人で海と星空を眺めていたら、話しかけられたんです。

 その子の名前とか何も聞かなかったけど、よくここの辺りの海を眺めに来ている様だったので……」


 それを聞いて、女将が今度は一瞬寂しそうな顔を見せる。


 そして、私の顔を見て口を開いた。


流星リュウセイ君って言うのよ。

 不思議な子だったでしょ?」


 女将の表情は、寂しそうな表情から穏やかな表情変わった。


「不思議なと言うか、変わった雰囲気でした!

 いつの間にか横にいて、帰りもいつの間にかいなくなってしまう感じだったし……流れ星って素敵ねって話をしたら、とても喜んでいて」


 女将はそれを聞いて、何かを思い出したかのようにくすりと笑った。


「そうでしたか。

 多分、その子は素敵なお化けよ」


 私は「お化け」と聞いて、穏やかだった心が凍りついた。

 それに気付いているのかいないのか、女将は男の子の話を続けた。


「昔、その子が1人でよく海を見に来ていたの。

 本当に海が好きで、朝昼晩と光の加減で表情が違うからと、時間がある時に自転車をこの旅館の近くに止めて海辺をお散歩していたの。

 私もたまに外を歩いていると、よく声を掛けてくれたわ。

 とても気さくで、優しくて、可愛らしい子だったのよね……」


 男の子の話をする女将の表情が温かく、私の凍りついた心はなんだか温もりを感じ始めた。


「……でもね、流星君は病気でね。

 何年か前に亡くなられて、その後に流星君の親御さんが突然旅館にいらっしゃったの。

 流星君の日記に、私の事も書いて下さってたようで、それを読まれた親御さんが旅館を尋ねてくださり、その際に流星君のお話を伺ったの。

 ……流星君、死んだら星になりたいって日記に書いてあったそうよ。

 しかも、ここの海が見える空の星に。


 でも、流れ星にはなりたくないって書いてあったようでね」


 私はいつの間にか話に夢中になり、女将に質問した。


「名前が流星君って素敵な名前なのに、なんで流れ星は嫌だったんですか?」


 女将は、優しく笑った。


他人ヒトの無理な願い事を叶えたくなかったんですって。

 なんだか子供らしい答えというか、面白いわよね」


 私はそれを聞いてハッとした。


「じゃぁ、もしかして、

 あのたくさんの流れ星……私が願い事は叶わなくてもいいって言ったから」


 女将はキョトンとした顔をした。


「あら。

 流星君に、そう仰ったんですか?」


 私は、女将に海辺での会話を話した。


 ────。


「そうでしたか。

 素敵な考えをお持ちなのね。

 小さな奇跡……流星君、嬉しかったと思いますよ。

 だから、そう思ってもらえるならと、たくさんの流れ星を貴方に見せてくれたのかもしれませんね」


 女将はそう言って、また優しい笑顔を向けてくれた。

 そして、私まで笑顔になり優しい気持ちになった。


「今日は、小さな奇跡と言うより、とっても素敵な奇跡と出逢えた気がします。

 素敵なお話をありがとうございました」


 私は、そう女将にお礼を伝えた。


「私こそ、素敵なお話を聞かせて頂き、ありがとうございました。

 ゆっくりお休みになって下さいね」


 私はまた会釈をし、部屋に向かった。

 女将の話を聞いたら、お化けに会ったという感覚はなくなり、なんだか素敵な夢を見たような気分なっていた。


 流星君が見せてくれたと思われる流れ星が、私をまた頑張ろうと思わせてくれた素敵な1日に感じた。


 部屋に戻ると、私は窓を開けて、また海と星空を眺める。


「流星君、ありがとう」


 星空に向かってそう小さく呟くと、また1つの星が流れる。


 私は何も願うことなく、ただただ素敵な星をまた少し眺めてた。







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