助けてください、品行方正で生徒会長の義姉が僕に催眠アプリ(偽物)を使ってきます

ああああ/茂樹 修

第1話




 ――立てば芍薬歩けば牡丹、家に帰れば催眠アプリ。


「たっくんが私に『お姉ちゃん大好き』って耳元で囁くっ……❤️」


 品行方正を絵に描いたような黒髪の大和撫子との呼び声高い姉さん――藍原渚十七歳、成績は学年一位で期待の新生徒会長――が、僕にそんな命令を下した。


 右手に持ったスマホには、ピンクと紫が混じったハートマークの画面が映し出されていて。


「……オネエチャン、ダイスキ」


 僕は片言で呟いた。もちろん耳元なんかじゃない、その場で気をつけしながら直立不動で、だ。


「あれ、アプリの調子が悪いのかな……」


 困り眉になった姉さんは持ち前の機械音痴を発揮してか、スマホを振ったり天井に掲げてと的外れな行動を取っていた。


 ――まずい。まずいまずいまずいまずい。


 彼女は今、このネタにもならないジョークアプリを本気で信じている。


 もし僕が催眠されているフリをしている知ったら? いつもの品行方正な仮面を投げ捨て、義弟にちょっとエッチな音声作品みたいなお願いをしていると気付いたら?


 ダメだ、それだけは絶対に阻止しないといけない。だから僕は姉に詰め寄り、耳元に唇を寄せて。


 だって僕は、彼女の事を。


「お姉ちゃん――」





 


 平川渚が藍原渚になったのは、僕が八歳の時だった。父子家庭に突然現れた母という存在以上に、『姉』という存在は僕を困惑させた。


 一つだけ僕の年上で、同じ家にいる女の子。どう接していいかわからなくて、口を利かない日もあった。それでも彼女は根気よく優しくしてくれたから、僕はすぐに『お姉ちゃん』になつき始めて。


 両親が共働きで、二人きりの時間が長かったせいかもしれない。僕が九歳になった頃には、どこに出しても恥ずかしい『お姉ちゃんっ子』が完成していた。


 それでも甘えが許されるのは、姉さんがセーラー服に袖を通すまでの短い間だけだった。一足先に中学へと進学した姉さんは、僕を『拓海君』と呼び自分を『姉さん』と呼ばせ始めた。


 それから僕と姉さんは……有り体に言えば疎遠になった。同じ家に暮らしているのに、会話はめっきり少なくなった。たまに話をしたとしても、勉強はどうとか今日の家事はどっちだとか、最低限の会話ばかり。


 僕が姉さんと同じ高校に進学しても、それは変わらないって……そう思っていたけれど。






「催眠アプリ? バカなんじゃないの?」


 生徒会選挙も終え、学校中が落ち着きを取り戻した、とある六月の昼休み。


 クラスメイトの西山さんが嬉しそうに突き出してきたスマホの画面を見て、僕は呆れすぎて逆に物を言った。


「……だよねぇ」


 西山さんも自分の愚かさを恥じたのか、ため息をついてスマホを机の上に置いた。


「いやね、昨日見てた配信者がこれ使って遊んでてさ……まぁネタだってわかってるけど、試してみたくなるのが人の性だと思う訳ですよ」


 聞いてもいない言い訳をしてくる彼女に、僕は改めて言葉を返す。


「話したそうだから聞いてあげるけど、僕に催眠して何をさせたかったの?」

「それは勿論、新生徒会長である藍原渚の秘密情報を喋ってくれないかなーって」


 悪びれもせず西山さんは言い放った。何を隠そう彼女は新聞部員で、僕に付きまとうのは姉さんについての面白おかしい記事を書きたいからだ。


「前も言ったけどさ、別に秘密情報なんてないよ。今時珍しい機械音痴な事ぐらいだって」


 以前に話した内容をもう一度教えてみるも、西山さんは食い下がる。


「またまたぁ、姉弟なんだし一つぐらいあるでしょ? 生まれてからずっと一緒なんだからさ」


 彼女に言っていない秘密なんて山ほどある。その中で一際大きなものは僕達に血の繋がりがない事だろう。


「そんなもんだよ、姉弟なんてさ」


 質問をはぐらかしたのは、義理の姉弟という関係に後ろめたさがあったせいじゃない。むしろ今更そんな話をしたところで何にもならないと思ったからだ。


 昔みたいに姉さんについて離れなかった少年時代とは違う、冷え切った僕らの今の関係じゃ――。


「藍原君、居ますか?」


 突然教室の扉が開かれると、そこには噂の人物が姿を現した。


「あ、渚会長! この度は生徒会長就任おめでとうございます! いやー得票率九五%なんてこの学校始まって以来の快挙ですよ!」


 藍原渚。他の三人の候補者を抑え、他の追随を許さない得票率で新生徒会長に就任した僕の義姉。


 能力と実績もさることながら、やはり何よりも人目を引くのはその容姿だ。


 腰まで長く伸びた黒髪に、大きな瞳と通った鼻筋。背は女子にしては高く、それでいて女性らしさを失わない抜群のスタイル。


 人気投票に近い高校生の選挙なんて、彼女以外に勝ち目はないのだ。


「西山梨香さん、でしたね」


 よく通る凛とした声が西山さんをフルネームで呼ぶ。あれ……なんで名前を知っているんだろう。


「あ、覚えていてくれたんですか!? お会いした事もないのに」

「……新聞部は記事のためなら過激な手段を厭わない事は承知しています。名前を覚えられるという事は決して良い意味だけではないと理解して頂けますか?」


 戸をぴしゃりと閉めるかのように、はっきりと拒絶の意志を示す姉さん。萎縮する西山さんが可哀想で、思わず立ち上がってしまった。


「あの、姉さ」


 呼び方が行けなかったのか、姉さんに睨まれてしまった。そうだよね、学校なんだから公私混同は避けないとね。


「生徒会長……僕に何か用事があったんじゃないですか?」

「前会長の引き継ぎに予定以上の時間が取られています。帰りが遅くなるので食事を先に済ませて構いませんから」

「は、はぃ」


 思いっきり私的な連絡だった。それを言いに来たのかな、姉さんは。


「えっ、そんなのメールでも良いじゃないですか」


 西山さんごもっともです。だけど姉さんは機械音痴なので、直接来る方が楽だったんだろう。


「西山梨香さん」


 姉さんがもう一度フルネームで名前を呼ぶも、視線の先にあるのは机の上に置かれたままのスマホだった。


「何ですか? その怪しげな画面は」


 ピンクと紫のネオンのようなハートマークの画面を睨み、姉さんは言葉を吐き捨てる。


「あーこれですね! 相手を意のままに操る催眠アプリっていう奴でなんと記憶も残らない」

「それを藍原君に試していたのですが……っ!」

「いえ、滅相もございません!」


 いや試してたよねバカみたいに。


「携帯電話の持ち込みが許されているのはあくまで保護者との連絡のため……それを下らない事に使うなど」

「はい、すいません今すぐ消します!」


 西山さんは急いでスマホを拾い上げると、慣れた手つきでアプリを削除してみせた。この手のしょうもないアプリを入れたり消したりしてるんだろうなぁ。


「では、失礼致します」


 姉さんは僕達に背を向けると、いつもより大股で教室を後にした。やはり生徒会長という責任のある立場になったんだ、こういう遊びは許せないだろう。


 だけど、気になった事が一つ。


「……昔からあんな感じの人なの?」

「そうだね」


 去り際の姉さんが、昔からの癖を……親指の爪を噛んでいた事だ。


 あれは姉さんが何かを悩んでいる時のサインなのだから。







 ――えっ、渚って中一で弟と風呂に入ってるの……ヤバくない?




 中学に入ってすぐ、給食のカレーを食べながら脳天気に話していた私に、友人が放った言葉を生涯忘れないだろう。


 その時に気付かされた……たっくんとイチャイチャするために必要なのは『世間体』だと。


 本当は毎日たっくんとお風呂に入りたいし、なんならそのまま一緒の布団で寝たいし、たっくんの目が覚めるまで寝顔を見ていたいし、むしろ寝顔をおかずに白米を食べたい。


 けれどそれは世間からの評価がなければ許されない。脳天気にカレーを食べながら弟との惚気話をするボサボサ髪の赤点少女には過ぎた願いなのだから。


 故に私には『たっくんのお姉ちゃん』ではなく『完璧な姉』の仮面が必要だった。


 眉目秀麗大和撫子、立てば芍薬歩けば牡丹歩く姿は百合の花。そういう類の言葉を辞書で引けば、脚注に『藍原渚のこと』と書かれなければいけないのだと。


 そのためには何でもした。まずは美しさに磨きをかけるため、母に土下座して教えを乞うた。大嫌いな勉強に打ち込み地域で一番の進学校に特待生で入学した。


 だが特待生という立場に慢心せず、生徒会書記にも立候補。そして今年の六月の選挙ではたっくんの魅力には足元にも及ばないジャガイモやカボチャ共を蹴散らし見事新生徒会長へと就任。


 この五年を経て、晴れて私は『完璧な姉』の仮面を手に入れた。あとは溢れる魅力でたっくんをメロメロにするだけだと……そう思っていたのに。


 ――油断した。


 完全に油断していた。生徒会選挙にかまけていたせいで、泥棒猫に付け入る隙を与えてしまったとは。


 私の準備が整ったその瞬間に横から手を出そうだなんて輩がいただなんて……これを油断と言わずになんと言うか。


 まさか『たっくんに惚れそうな校内女子ランキング(私調べ)』四十八位の西山梨香がここに来て一位へと躍り出ていたなんて。


 し、しかもその方法が……前会長が趣味で書いてたBL小説に出てくるような手段だなんて……。




 ――欲しい。あの催眠アプリが今すぐ欲しい。




 相手を意のままに操る?


 相手の記憶に残らない?


 ……完璧だ。


 完璧な姉に相応しい、完璧な催眠アプリだ。


 しかし問題がある……私がこの最新型のスマートフォンで使えるのは、電話と簡単なメールぐらいだ。


 アプリを入手するには、誰かに頼まなければならない。しかし私がそんな怪しげなアプリを欲していると誰かに知られる訳にもいかない。


 前会長に頼む? いいやダメだ、数少ない私の理解者ではあるものの完全に味方という訳ではないんだ。そもそもあの人も『た惚ラン』九位の上位ランカーだ。私の催眠アプリ導入と引き換えにたっくんの連絡先を寄越せと脅してくるかもしれない。


 ならば、頼める相手は一人――。





 


「西山さんの催眠アプリをダウンロードしたいだって?」


 宣言通り少し遅れて帰宅した姉さんは、僕の部屋に入るなりそんな事を真顔で言った。


 バ……何でもないです。


「ええ、生徒会長としてあのアプリに危険性がないか確認しなければいけませんから」

「あれは別に」


 と、ここで僕の心に悪戯心が湧いて来た。もしかしたら中学を境に冷たくなった姉さんに対する小さな復讐心かもしれない。


「いや、そうだね……確認しようか」


 姉さんからスマホを受け取り、手際よく催眠アプリをダウンロードする。


 作戦はこうだ。まずは催眠にかかったフリをして、このアプリが本物だと思わせる。そして最後はドッキリ大成功! やだなぁ姉さん催眠アプリなんてある訳ないじゃないか、少しは機械音痴直さないとダメだよ?


「はい、出来たよ姉さん」


 よし、これでいこうと決心すれば、丁度インストールまで終わってくれた。アプリをつければ昼休みに見た怪しげなハートマークがそこにあって。


「このハート型のスイッチを押して相手に画面を見せれば良いから」


 本当はタップって言うんだけど、これを機に覚えてくれないかな。


「では、拓海君」


 姉さんは咳払いをすると、僕に偽物の催眠アプリの画面を突きつけ。


「催眠アプリ……スイッチオン!」

「うっ」


 ――催眠かかった時ってなんて言えば良いんだ?


「うわ〜〜〜〜やられた〜〜〜〜〜〜……」


 一度体をよろめかせてから、僕はその場でゆらゆらと揺れてみせる。出来るだけ目の焦点は合わせず、膝の力も抜いてみたり。


「成功したかしら……」


 姉さん信じちゃった。


「右手を上げてなさい」


 はい。


「下ろして」


 はいよっと。


「気をつけ」


 体育かな?


「効いてるみたいですね……スイッチオフ」


 と、ここで姉さんがいきなり催眠アプリを止めた。ネタバラしするタイミング逃しちゃったな……。


「……はっ僕は今何を」


 わざとらしくよろめいて顔をあげ。


「スイッチオン!」


 あ、ちょ、早すぎるんですけど。


 とりあえずその場に立つ僕と、怪訝な顔をして周囲をぐるぐると回る姉さん。


 それから何度か深呼吸して、僕の瞳を真っ直ぐと覗き込んで……。


「……たっくん❤️」


 蕩けるような甘い顔で、脳を揺さぶる爛れた声で。僕の胸をなぞる細い指先の感触が、目の前の光景を肯定する。


 ここにいるのは姉さんじゃない……『お姉ちゃん』だと。


「たっくん好き、好き好き大好き……❤️ 藍原君なんて呼んでごめんね……生徒会長って呼ばせてごめんね……❤️」


 吐息を漏らして、瞳孔を見開いて。え、催眠かけられたの僕の方だよね? と言いたくなるような台詞を姉さんが吐き出して。


「撫でて❤️ 頑張って生徒会長になったお姉ちゃんの頭をいっぱいナデナデして……❤️」


 ここでドッキリ大成功、なんて出来るわけがない。実は気づいてましたなんて口が裂けても言える訳ない。


 なんで、どうして僕は姉さんを驚かせようなんて考えたんだ? こんな方法で騙し討ちされるなんて予想でき……できる訳ないよね、うん。


 自分の浅はかさを呪いながら、姉さんの頭に手を伸ばす。随分と久しぶりに触った彼女の髪は、昔みたいに指先が絡むような癖っ毛じゃなくて。


 糸のように細く真っ直ぐと伸びた細い黒髪が指紋の隙間にあたる度に、心臓が破裂しそうになる。


「えへへっ、お姉ちゃんたっくんのためなら何だって出来るんだよ❤️ お姉ちゃん偉い偉いって言って❤️」

「お姉ちゃん、偉い偉い」


 屈託のない笑顔を姉さんが浮かべる。また昔みたいな関係になりたいと思っていたのは僕だけじゃないって教えてくれる。


「じゃあ次は……」







 しゅごい、このアプリ本物なのぉ❤️


 次はたっくんに言わせたいセリフランキング一位を消化するのぉーっほぉーっ❤️


「たっくんが私に『お姉ちゃん大好き』って耳元で囁くっ……❤️」

「……オネエチャン、ダイスキ」


 え、全然違う。耳元じゃないし、大好き感ひとつもないし。


「あれ、アプリの調子が悪いのかな……」


 こういう時、機械が苦手な自分を疎ましく思う。そもそもこのアプリ壊れたらどこに連絡すればいいやら。


 今、もしもアプリが壊れたら? え、は、たっくんにバレるのこの状態?


 たっくんが私に詰め寄ると、耳元で吐息を漏らした。ただの呼吸が耳たぶに触れるだけで、世界で一番いやらしい物に思えて。


「お姉ちゃん――」


 どうしようどうしようどうしよう。キモいとか言われたらどうしよう。嫌われてたら、アプリが壊れてたら? 戻れないもうやり直せない。ただの姉弟としてやり過ごす最後のチャンスがもしかしたら今しかなくて、この先一生たっくんに嫌われたって後悔を抱えて生きていくしかなくて。




「大好き」




 ――無理なのぉ❤️


 もうただの姉弟に戻れるなんてわけないのぉ❤️ 無理だよぉ、アプリじゃなくてお姉ちゃんの思考回路壊れちゃったからぁ❤️ キモいお姉ちゃんでごめんね、催眠アプリとか使っちゃうダメなお姉ちゃんでごめんねぇ❤️ でも信じてね、これだけは信じてねぇ❤️


「お姉ちゃんも……大好きだよ❤️」


 たっくんを抱き寄せて、私も耳元で囁いた。言葉にした瞬間、わかる。十七才という女の子の体は、それを形にする方法を知っていて。


「あ……」


 太ももにたっくんのあれが当たった。それは十六才の男の子も一緒だから。


「それじゃあ、たっくん」


 もうダメなのぉ❤️ この間読まされたBL漫画みたいな事しかおもいつかないのぉ❤️ もう無理ぃ、お姉ちゃん辞める❤️ 催眠アプリの正しい使い方でたっくんのお姉ちゃんからママにしてほしいのぉ❤️




「お姉ちゃんと……●●●●しよっか❤️」







「え」


 いや。


 いやいやいやいやいや。


 えーっと、姉さんが、その、今。


 ●●●●って言いませんでした? 聞き間違いじゃないですか?


 ないですね、おもむろに上着脱ぎ始めましたね。そりゃあ僕の僕もなんか凄いことになってるけども。


 ダメだ、流石にそれは超えてはいけない一線だ。だって僕達は義理とは言え姉弟なのだから。そんな事は許されるはずもないし、ここまで育ててくれた両親に申し訳が立たないじゃないか。


 でも僕は催眠状態、何かないか何か方法は催眠アプリっぽい感じで姉さんが納得してくれそうな方法は――閃いた、これだ!


「エラーガ発生シマシタ……本アプリデハ、法律ニ違反スル事ハ出来マセン……」


 出来るだけカタコトになりながら、それらしい言い回しを口にする。機械音痴の姉さんならこれで信じてくれるはずだ!


「え? 法律になんか違反してないよ?」


 ――そっち攻めてきたぁっ!


「民法第七百三十四条の第一項❤️」


 自分は催眠アプリ使ってるくせに、法律を盾にして迫ってきたあっ!


「親族間の結婚に関する法律だけどね❤️ 『ただし、養子と養方の傍系血族との間では、この限りでない』って、ちゃあんと書いてあるの……❤️ だからお姉ちゃんとたっくんが●●●●しても何にも問題ないんだよ……❤️」


 外堀の埋め方えぐ過ぎるぅ!


「お母さんだって、たっくんが相手なら大歓迎って言ってくれたよ❤️ お義父さん捕まえた時みたいに多少強引な手を使ってもいいよって言われてるんだから……❤️」


 裏の堀は埋め立て済みぃ! 実の父親は討ち死にしてるぅ!


「ねぇ、家族になろ❤️ 違う意味でお姉ちゃんと家族になろうよ……❤️ それともたっくんは、お姉ちゃんとイチャラブドスケベ催眠●●●●したくないの……❤️」


 ブレザーを脱ぎ終えた姉さんは、ブラウス越しに僕の体に豊満な胸を押し付けてくる。そして両手はスカートに手をかけて。


 ――まずい、流石にそれは僕も我慢できないかもしれない。スカートで隠された太ももと下着が露わになってしまえば、自分は大切な人を押し倒してしまうかもしれない。催眠アプリとか関係ない、ただの情欲に溺れた獣に――


「だめぇ❤️ お姉ちゃんっ、もう脱いじゃうからぁ❤️」


 いきなり中のパンツ脱ぎおったぁ! 逆に冷静になるぅ!


「し」


 したいけども! お姉ちゃんとイチャラブドスケベ催眠●●●●した……催眠いるぅ!? 


 しかしこのままでは押し倒される、埋められた堀の真ん中にどデカい天守閣が建てられてしまう。


 エラーだ、そうだアプリのエラーのせいにしよう。何かこう、それっぽい感じのゲームでありそうな感じで……コレだ!


「エラーデス、親愛度ガ不足シテイマス……!」


 なんだよ親愛度って。


「親愛度……足りてないの?」


 信じおったあっ! ゲーム特有のガバガバ好感度システム信じちゃったぁ! どんどん姉の将来が心配になっていくぅ!


「でも確かに、中学に入ってからたっくんに冷たくし過ぎたかもしれないわ……」


 姉さんは親指の爪を噛みながら、悔しそうに呟いた。


「でも信じて! お姉ちゃんが今まで頑張って来たのは……全部たっくんとイチャラブドスケベ催眠●●●●するためだって!」


 催眠覚えたの今日のお昼ぅ!


「そっか、催眠中だもんね……答えられるわけ、ないか」


 寂しそうに呟く姉さん。


「けど、嫌だなぁ……お姉ちゃんがママになることしか考えてないなんてたっくんが知ったら、嫌われちゃうかもなぁ……」


 ここで嫌いですと言えたなら、僕を抱える全ての問題は消えてなくなったくれるだろう。だけどそれは出来ないんだ、だって僕のさっきの言葉だけは本当なのだから。


「もしかしたら、もう嫌われてたりも……」


 首を横に振りたくなる衝動を抑え、直立不動を僕は維持する。それから姉さんは爪を噛むのを止めて、親指で自分の唇をなぞった。


「ねぇ、キスなら……キスなら親愛度足りてるよね? 小さい頃たくさんしたもんね?」


 姉さんの言葉に嘘は無かった。子供の頃遊びの延長で、何度も彼女とキスをした。


 だけど今は――高校生の僕達がそれをするのは意味が違う。


「たっくん、キスして……」


 目を閉じて、唇を前に突き出す姉さん。彼女が壊れているというなら、僕だって壊れているのだろう。


 だって一つ屋根の下に住む姉の唇に、唇で触れてみたいだなんて暗い欲求を抱えているのだから。


 僕は姉さんの頬に手を伸ばし、そのまま艶やかな唇に――。


「んちゅ❤️ ちゅっ❤️ れろっ、はむっ❤️ れろっ、んちゅ、じゅる❤️ はーっ、はーっ、んちゅ、れろっ、じゅる、れろっ❤️」


 ノータイムで舌入れてくるぅ! 壊れ方で完全敗北ぅ!


「れろっ❤️ ほかのっ、むちゅっ、女なんかにいっ❤️ んちゅ、はむっ❤️ ぜったい、渡さないんだからぁ……❤️ お姉ちゃんがあっ❤️ いっぱい、マーキングっ❤️ してぇっ、はむっ❤️ あげるねっ、んちゅ、れろっ❤️ はむっ❤️ んちゅ❤️」


 子供の頃とは違う、貪るようなキスをしてくる姉さん。ガッチリと顔面をホールドされているせいで、最早逃れる事は出来ない。


 ふと思った。姉さんと最後にキスをしたのはいつだったろうと。僕の後ろ暗い初恋は、何年前から続いていたのかと――。


「えへへ、四日ぶりのキスだね……」


 四日かぁ。四、よん……四日!? 待って待って待って待って、僕四日前姉さんとキスなんてしてない触れてすらいない会話したかも疑わしい。確かお風呂に入ってご飯食べたら急な眠気に襲われて、襲われて……襲わ。


 すでに寝込みを襲われてるぅ! 薬盛られた可能性すら存在するぅ!


「あ、そっか」


 そこで何かを思いついたのか、真顔の姉さんはそのまま乱れた衣服を直して制服のブレザーを羽織った。それからスマホベットの上に置いていたスマホを取り上げて。


「スイッチオフ」


 いきなり切らないでよぉ、こっちも準備とかあるよぉ。


「ぼ、僕は一体何を……」


 頭を抑えてわざとらしく僕はよろめく。いや本当、何をされたんだろう僕は。


「拓海君」


 さっきまでの蕩けた表情は姿を消して、凛とした真面目な顔で僕と向き合う姉さん。


「このアプリはやはり危険な物……西山さんに削除させたのは正解でした」

「そ、そうなんだ……」


 危険なのは姉さんの方では? 催眠アプリそのものは悪くないよね?


「ですから、このアプリがどれだけ親愛度で孕……危険度を孕んだ物なのか、これから毎日確認しなければいけません」

「えっ毎日……?」


 その前の言い間違いも相当だけど、今確認しなきゃいけなあのはこっちだ。


「当然です。この事は……誰にも言ってはいけませんよ」


 それはそう。というか毎日かぁ、どうなるんだろう僕の貞操と性癖は。


「わ、わかりました姉さ」

「スイッチオン!」


 スナック感覚で催眠アプリ使ってくぅ!

 

「ちゅっ❤️ んちゅ❤️ お姉ちゃん、絶対❤️ たっくんとの親愛度、むちゅっ❤️ 稼いで、はむっ、みせるからね❤️ んちゅ、じゅる❤️ 次はお風呂に入ったり❤️ むちゅ、じゅる❤️ 一緒のお布団で寝たりして❤️ ゆくゆくは、はむっ❤️ 両親が二人ともいない日にっ❤️ んちゅ、朝まで❤️ イチャラブドスケベ❤️ 催眠、じゅる、●●●●して❤️ お姉ちゃん、たっくんの親愛度で❤️ たっくんのママに、んちゅ❤️ なってあげるからねっ❤️」


 親愛度の稼ぎ方がバーサーカーすぎるぅ!


「ちゅっ❤️ ちゅ、はむっ、ちゅっ❤️」


 名残惜しさすら味わうかのように、姉さんの唇がゆっくりと離れる。


「……スイッチオフ」


 こっちの都合も考えずにいきなりアプリ切っていくぅ!


「な、何かしたの姉さん……」

「拓海君が心配するような事ではありません」


 心配しかないんですけど?


「明日から本格的に検証をします……心配は不要ですが、『覚悟』だけはしておいて下さい」

「覚悟って何の」

「スイッチオォン!」


 おぉん!


「ごめんねっ❤️ たっくん、んちゅ、はむっ❤️ お姉ちゃん言い過ぎたね、はむっ❤️ れろっ❤️ 忘れよう、さっきの言葉は忘れようねっ、むちゅ、れろっ❤️ なぁんにも、心配しないで❤️ たっくんは❤️ お姉ちゃんに、んちゅ❤️ まかせておけば、むちゅ、いいんだからねっ、はむっ❤️ おやすみのキス、れろっ、はむっ、じゅる❤️ これからは、おくしゅり使わない日もぉ❤️ 毎日、んちゅ、してあげる❤️ からねっ❤️ んちゅ❤️」


 やっぱり薬持って襲ってたぁ! 前科持ちに催眠アプリは鬼に金棒過ぎるぅ!


「スイッチオフ」

「そっかーなんにもしんぱいいらないんだー」


 わーいなにもかんがえられないぞー。


「ええ、この姉に全てを任せなさい」


 姉さんは満足げな微笑みを浮かべて、僕の部屋を後にした。


 扉が閉められると、まるで夢を見たいな気分になる。


 それこそ本当に、僕が催眠されたかのように。


「あ、姉さんのパンツ」


 床に姉さんの脱ぎたてパンツ落ちてるぅ!


「あ」


 僕の僕が偉いことになっていくぅ!


 ……一体僕は何を間違えたんだろう。催眠アプリにかかったふりをした事だろうか。それとも西山さんと無駄話をしたからだろうか。


 多分、どっちも違うと思う。きっと僕の間違いは、好きになってはいけない相手に恋をしてしまった事で。


 


 ――法律上セーフだった。




「……誰か助けて」

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