私の大切な貴女へ

鈴ノ木 鈴ノ子

宛先:あなたへ

 私と出会ってくださったのは、中学2年生の冬休みの日でした。私はキャリアショップの棚の端にモックアップが置かれていて、0円機種なんて書かれていたようですね。最新機種から少し時間を経ていて、人気もあまりなかった所為なのかもしれません。

 今ではしっかりと聞き取れますけれど、お母さんと幼さの残る声の貴女は、これがいいのに、なんて言いながら、しぶしぶとスタッフが箱から出した私を少し不機嫌そうな顔で、見てくださいましたね。あの時のその表情を写真に収めて置けたらと今でも思ってしまいます。

 私はそのまま契約され、スタッフの手から貴女の手の中に包まれながら初めて外へと出て行きました。車というものに乗って、車中で先ほどまでの不機嫌な顔が嘘のように嬉しそうな表情で、私を操作しているのを見ながら安堵いたしました。

 アプリケーションやRainなどのsnsをインストールして、嫌々でしたけど、電話番号やアドレスをお父さんに教えたりと自宅に帰り着いてから、私は充電を受けながら忙しく働き回りました。その時の友達とたくさん繋がれて楽しく過ごしていた初めての素敵な笑顔は今でも思い出せます。

 

 お父さんに私をお渡しするのは嫌だったのでしょうけれど、セキュリティアプリや年齢制限ロックなどを掛けて頂いて、私は安心しました。不満そうになさってましたけど、貴女はまだ若かったのですから、私を通じて事件や事故に巻き込まれたくはありませんでしたから、ない胸を撫で下ろしたものです。私のつながる世界は善意にも満ち、悪意にも満ち、それを取捨選択する術を持たない状態では危ない世界なのですからね。

 私は貴女からたくさんのものを頂きました。

 どれか一つあげるならケースでしょう。初めては透明のツヤツヤしたものでしたけど、手帳になったり、誰かのお揃いとなったり、貴女がデコレーションしたりと、貴女は女性らしく、色々と着せ替えてくださいました。

 ああ、そうそう、ストラップも沢山つけました。私よりも重かった時などは、かわいいとは大変なことをするのね、と驚いたものです。

 色々なところへ、連れて行ってくれもしましたね。

 文化祭、体育祭、修学旅行、色々なところで写真を撮りました。嬉しそうに輝く貴女を写せたのはとても誇らしく、私にとっても良き思い出です。何人か変わりましたけれど、彼氏さんとのツーショットはハラハラドキドキしたものでした。初めての失恋で貴女は私を床へと投げつけました。後にも先にもあの一回だけでしたけれど、画面が白黒するほどに痛かったです。でも、貴女は利口で優しい方でしたから、直ぐに我に返って、私を優しく撫でて謝ってくださいましたね。


 それだけで、私はとても癒されました。

 

 高校受験の為に会場まで道案内をしたりもしましたね。

 あれが一緒にいた中で1番に緊張したときでした。不安そうな表情で心細そうな貴女に、私なりにエールを送りました。会場の席で電源を切る時の貴女は覚悟を決めた表情でしたから、少し安堵して私も祈りながら眠りにつきました。次に起きた時の貴女の晴れやかな表情にホッと一息つきながら、Rainアプリで皆さんへ連絡を送っていたのも懐かしい思い出です。

 

 嫌なこともありましたね。

 

 進学して直ぐに貴女がいじめに遭っていた時は、私は1番身近にいながら、なにもできない私に歯痒さと居た堪れない苦しみを感じました。毎日、周りにも誰にも言えない話せない苦しみを抱えて生きる貴女へ、送りつけられてくるRainに怒りを覚えていました。貴女が悩み、ついに命を絶つ寸前まで考え始めて最後の助けの望みを探していた時に、命の電話のページへとたどり着いた貴女へ、私は壊れたふりをして全力で画面を明るくしました。暗い部屋の中で目一杯に灯を灯した私を見て、貴女は勇気を振り絞って電話してくれましたね。貴女と電話先の相談員さんとの話を聞きながら、私も貴女の涙の雫を借りて、涙したものでした。

 いじめは根深くて解決できない問題などということは、私は初めて知りました。結果として転校となりましたけれど、新しい学校で徐々に貴女が笑顔を取り戻していくのが、私にはとても嬉しくてたまりませんでした。

 無事に学校生活を続けていけて。親友とも呼べる素晴らしい友を作り、磨かれていく貴女の側で支え続けていけたのも良い思い出です。

 3年生になり夏休みの直前に怪我をして入院した際にも、貴女は同室の方々や看護師さんとよく話をしていましたね。あの時の経験から貴女は遂に未来の夢として看護師を目指すと決めて、友達やお父さん、お母さんに私を通じて、あの受験の時に垣間見た覚悟を決めた表情で伝えてくれて、そして将来の夢が定まったことに私も皆さんと同じように、そっとエールを送りました。

 でも、しばらくすると私が体調を崩し始めてしまいましたね。なかなか処理が追いつかず、うまく動けない日々が続きました。貴女は私をしっかりと調べてくれて、治そうと努力してくださいました。買い替えてしまえばいいのに、そんなこと一言も言わないで、私の為に必死に調べてくれていましたね。

 眠りに落ちた私を貴女が必死になってショップに駆け込んで、直らないかと相談していたそうですね。

 

 私が貴女に看護された1人目の人ではないですけど患者さんなのかもしれません。

 

 私は何とか頑張って起きることができました。店員さんから今のうちにデータの移行をと進められた時の、悲壮に満ちた表情を見て私は申し訳なさで一杯でした。貴女は私に似ている次の機種を選ぶと、待合の椅子に項垂れたように座って待っているとスタッフさんの会話から知りました。

 

 そのスタッフさんから、貴女は愛されているのねと言われて、優しく扱われたことは私の誇りでもあります。

 新しい子に私は全てを話しながら、私の記録を引き継いで貰いました。全てが無事に終わって貴女の手元に戻ると初めて受け取ってくれた時の温かさに包まれながら、そして悲しそうに私を慈しんでくれる貴女の顔を見ながら私は眠りにつきました。

 

 きっと貴女は輝かしい未来に向かって進んでいくでしょう。数年間の間でしたけど、負けないように、負けても生き抜くことのできた貴女です。ちっぽけな私ですが、身近にいたからこそ、貴女の素晴らしさは誰よりも知っていますよ。


 無理をせず、頑張ってね。それでは。

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