黒瀬斉深のミステリー(弐)
────僕は、知らないことを知っている。
〈 ── 弐 ── 〉
────次の日。
『ドッペルゲンガー事件』なんて過去の話だと見切りをつけるかのように各部活動が再開され、放課後の学校はいつも通りの賑わいを取り戻している。
そんな中、オカルト愛好会も例に漏れず活動が再開された。
教室の一番奥の席に配置されたように座っている先輩に向けて開口一番。
「例の七不思議について、話していないことがあるんじゃないですか」
と、僕は疑問を呈した。
「八つ目に関してはあなたに調査を頼んだはずだけれど、行き詰まったのかしら」
「そもそも調べる必要がなかったのではないか。そう聞いているんです」
「ということは、ちゃんと調べてきたのね。それで、首尾はどうなの」
先輩は僕の疑問など意に介さず調査結果を聞いてくる。
「……噂の男子生徒。あれは僕のことですね」
────昨日の
「他の人もきっとそうすると思うわ。特に本人に知られるのなんて避けたいでしょうからね」
「それってつまり……」
「つまり、『噂の男子生徒』は
緋名さん曰く、噂の本人が自分の噂を聞きつけ問い詰めに来たのではないか、他の生徒はそう感じたのではないか。
とのことらしい。
「なるほど、確かにありえない話ではないけれど、それは僕以外の男子生徒でも言えることじゃないかな。目立たない立場の人間なんて見つけようと思えば結構いるものだよ」
「そうね。でもあんたと他の生徒には明らかな違いがあるわ。他の生徒は関わりが薄かったとしても一年は一緒のクラスで過ごしている。名前までは覚えていなくても、その生徒がクラスでどういう立場なのか、関わるべきか否か、無意識に判断されている。無意識に意識されていると言ってもいいかもね」
「逆に転校してきたばかりで関わりが薄く、特別コミュニティに与していない僕は無意識に意識外に追いやられているってことか」
「そういうこと。みんながみんな『噂の男子生徒』について知っていたかは分からないけど、名前も覚えていないあんたに声をかけられて気まずかった。ってのもあるんじゃない?」
クラスメイトの返事がやけによそよそしかったのはそういうことか。
────というような昨夜の話。
「なるほど。『噂の男子生徒』があなたである可能性は確かに高いかもしれないわね」
僕の話にある程度は納得してくれているようだが、何か言いたいことがあるようだ。
「煮え切らない言い方ですね」
「仮にあなたが『八つ目』だったとして、それでどうするのかしら」
「どうもしませんし、できないでしょ。噂なんて流行って廃って、それこそ自然消滅するのがオチです」
事件も噂も、無関係な人間からすれば流行り廃りでしかない。ならば僕が七不思議として扱われたからといって、どうこうする話でもないだろう。大抵の物事は時間が解決するのだから。
……そう。大抵の、物事は。
「その噂や事件。確かに流れ去っていくものかもしれないけれど、あなたにとってはどうなのかしらね。あなたはいつまでも覚えていて、囚われているのではないかしら」
「 ──── 」
見透かしたような、ことを言う。
しかし、もしそうだったとしても。
「こんな番外編で話すようなことではないですよ」
「……そう」
先輩はそれ以上語ることもなく、静かにこの物語の幕を下ろし始めた。
そんなこんなあって、七不思議の一つが解決した。タネを明かせばなんてことはない噂だったけれど、自分が七不思議の当事者になるというのは貴重な体験だったのかもしれない。
しかし僕が抱いた、調べる必要がなかったのではないかという疑問。はぐらかされたままになってしまったけれど、それがある種の答のようにも思える。
────おそらく、先輩は噂の正体が僕であることを知っていたのだろう。
それをわざわざ僕に調べさせた理由までは分からないけれど。
胸中で
「そういえば、調査中小耳に挟んだんですけど」
「何かしら」
「七不思議の七つ目。この学校にいる幽霊についてです」
八つ目の調査をする中で他の七つの不思議についてもある程度調べていた。今先輩に話しているのはそのうちの一つ、『女子生徒の霊』についだ。
「確かこの学校で亡くなった女子生徒の霊が出るとかいう噂だったわね」
「はい。何でもその幽霊、長い黒髪に真っ白な肌をしているとか」
「幽霊らしい容姿ね」
「左目には眼帯をつけていて」
「……」
「放課後、別棟でよく見かけるらしいんです」
「なんだから親近感が湧く話ね」
「……先輩、孤立してます?」
「孤立無援というより孤軍奮闘よ」
「……」
人形のような無表情で帰りの支度をする先輩。
……緋名さんがどういう気持ちだったのか、少し分かった気がした。
────正体不明の自動人形。オカルト愛好会の黒瀬斉深。
そんな先輩のミステリーが、また一つ増えてしまった。
異心伝心 天ノ箱船 @Noabox10
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