黒瀬斉深のミステリー(壱)


「異心伝心 ────

────黒瀬斉深のミステリー」






────私は、君が知らないことを知っている。




〈 ── 壱 ── 〉




この前の『ドッペルゲンガー事件』から更にゴールデンウィークを経て、僕の通う『春波高校』は元の落ち着きを取り戻していた。


事件が無事解決したこともあり休止していた部活動も徐々に再開し始めた。それは彼女、黒瀬斉深が部長を務める『オカルト愛好会』も例外ではなく、そしてそれは、部長である彼女に目をつけられている僕が新たな事件に巻き込まれることもまた意味している。


……黒瀬くろせ斉深ひとみ

正体不明の自動人形。


黒髪の人形のような彼女と出会ってから、かれこれ数週間になる。『ドッペルゲンガー事件』以降は挨拶や雑談程度の接触で済んでいたが部活が再開されればそうもいかないだろう。

尤も、僕は愛好会のメンバーではないので、本来なら関わりなどないのだけど。



交わりのない人間と関わるのであれば、そこには必ず意図が存在する。

この関係が少し奇妙な……ともすれば怪奇現象とでも呼べそうなほど不鮮明なのは、その意図の所為だろう。


もしかしたら僕は狐にでも化かされていて、そのうち取って食われてしまうのかもしれない。


そんな符号は無かったけれど無いということが彼女に対する猜疑心さいぎしんをより強く抱かせるのだろうか。

……戯言だな。


「聞いているかしら。透見君」

「遺産は僕に相続してくれるって話でしたっけ」

「ええ、だから式はいつにしましょうか」


「 ──── 」

遺産目当てでもいいのかよ。


たった今、覚えたての冗談を無表情でかましてくれた人物。彼女こそが『オカルト愛好会』の部長にして僕の先輩である黒瀬斉深その人だ。


いつも通り登校しているところをまんまと捕まってしまい、部活の話なのか私語なのか判断のつかない話題を聞かされている。


ちなみに、覚えたてといったけれど本人としては披露する場が無かっただけらしい。……それもなんだか悲しいくない?


「話を戻すけれど、あなたはこの学校の七不思議について何か知っているかしら」

なるほど、本来はオカルト愛好会らしい話題だったようだ。


「聞いたことないですね」

怪談じみた部活(愛好会)といいこの前の事件といい、手に余る話題ばかり持ち上がる学校だな。何か封印でもされているのかもしれない。

「なんでも『八つある七不思議』と呼ばれているそうよ」


「果たしてそれは七不思議なんでしょうか」

「『八つ目の七不思議』という不条理が一つの不思議として数えられてる。ということらしいわね」

なんとも屁理屈じみた話しだ。


「それは噂を広めている人間か信じている人間が考えを改めれば解決しそうですけれど」

「そう単純じゃないわ。噂を流布している人間は噂を信じている人間なのだから」


言わんとしていることは悪意を以て広められたものではない。ということなのだろう。

しかし『噂を信じさせたい人間が噂を広めている』とすれば、その根底には悪意が潜んでいてもおかしくはない。


「一体どんな不思議なんですか?」

学校の怪談、都市伝説、七不思議。こういった噂話は場合によっては無視できない事態に陥ることもある。誤解を恐れずにいうと、少し興味が出てきた。


「基本的にはどこの学校にもあるような噺よ。マネキンが動くとか絵画の目が光るとかトイレの花子さんとか」


先輩が言った通り確かにどこの学校にでもありそうなオーソドックスな怪談ばかりだ。となると気になるのは、やはり八つ目の七不思議だろう。

「じゃあ最後のは。七不思議の八つ目は、なんなんですか?」


先輩は勿体ぶらず、表情も変えず、静かに応える。

「『いつも気づいたらそばに居る男子生徒』というものらしいわ」

「……実はただのストーカーだったというオチじゃないですよね」


本当に怖いのは人間だった。今どきそんなオチは流行らないぞ。

「複数の生徒が男女問わず目撃しているそうよ。その線は薄いと思うわ」


その、噂の男子生徒とやらには聞いた限りではあるが偏執性が見受けられない。となると、確かにストーカーという線は薄れるか。


「……その調査を僕にしてこいと?」

「ええ、頼めるかしら」

「……一応言っておきますけど、僕は部員じゃないですからね」

「私は別の不思議を調べるから、お願いね」

……聞いちゃいない。


言いたいことを言うと、先輩は幽霊のようにパッと姿を消した。

「本当の不思議はあの人なんじゃないかな」


先輩が消えた道の角を眺めながら、そんなことを呟いてみる。聞こえちゃいないと思うが、ちょっとした恨み言だ。

……というか、学校同じなんだから一緒に行けばいいのに。




学校に着いてからクラスメイトや同級生に話を聞いて回ったけれど、まともに取り合ってくれる者はいなかった。

まあ、仕方ないか。いきなり「七不思議について何か知らないか」なんて聞かれたら誰だって警戒する。


そんな対応にもめげずに日が暮れるまでは調査をしていたけれど、愛好会の再開は明日からであることを思い出し、それを理由に僕はアパートに帰った。


そして今、学校の七不思議とそれに付随した僕の醜態について緋名ひなさんに相談している。


「なるほどねえ」


答は近くにあることを示唆するように、どこか含みのある言い方をする緋名さん。

「何か分かったの?」


「あんた学校で嫌われてる?」

「好かれてはなくても、嫌われるようなことはしてないと思うよ」


転校して一ヶ月と少し。その間、僕が会話をしたと言える学校関係者は数える程だ。不気味がられていても嫌われる要素はないだろう。


「じゃあ答えは見えてくるんじゃない?」

「……どういうことかな」

「人の陰口を言う時、あんたならどうするか。ってことよ‎」


「まずそんな事態になることがないんだけど、そうだね。……できるだけ人気のない状況で、できるだけ発言が伝播しないようにするかな」


他人に何かを要求することのない、というかする相手のいない僕であれそう考えるのだから、健全な人間ならまず間違いのない行動だろう。


────例えば不可解な先輩に対する恨み言ように。


「他の人もきっとそうすると思うわ。特に本人に知られるのなんて避けたいでしょうからね」


陰口というのは陰でするから意味がある。それが本人に知られてしまっては……。

『本人』

────知られたくないことは『話さない』よな。

「それってつまり……」




緋名さんの推理は確かに納得のできるものだった。

八つ目の七不思議なんて大仰に呼ばれたところで所詮は日の浅いの噂話。花が咲いたのなら種があるのは当たり前だったか。


「これで謎は解けたかな。ありがとう緋名さん」

「謎が解けたのはいいけど……ねえ、透見。もしかしてクラスで孤立してる? 私、乗り込もうか?」


緋名さんは至って真剣に物騒な提案をしてくる。

この人にそんなことさせたらそれはそれで孤立してしまう。誰もいなくなった的な。


「い、いや、そんなことはないよ。孤立無援というより孤軍奮闘だ」

ちょっと焦りながら答える。この人、冗談は伝わるけどやることは冗談じゃないからな……


「そう、ならいいけど」

状況は変わっていないけれど本人の心持ちが変わっているなら問題ないという判断だろう。


不承不承とした緋名さんを横目に僕は明日の放課後へ意識を向けていた。

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