第43話 復讐の向こう側

トラックが事故を起こした空き地。


地面に膝をついていた山本がスッと立ち上がり、

フロントガラスが割れたトラックの方へと足を進めていく。


「何をするつもりだ?」


山本に視線を向けていた本田が、不安そうな顔で青年に訊ねた。


その男の問いかけに答えることなく、

山本が地面に落ちていたフロントガラスの破片を拾い上げる。


青年はそのままガラス片を片手に持ち、自身の服の袖を捲り上げた。


それを見ていた金田が

「あいつ、まさか…、黒崎さんに止めを刺すつもりなんじゃ…」

と声を震わせ言った。


その時。


山本が自身の左腕にガラス片を突き刺す。


「なっ!!!!」


金田と本田が驚き、声を上げた。


「きっ君は、一体なにを…!」


トラックの運転手が運転席に座ったまま、声を震わせ言った。


山本は痛みに顔を歪めながら、左腕に突き刺したガラス片を引き抜き、誰にも聞こえないであろう声でつぶやく。


「あいつは、僕を庇って事故に遭った…。

この先、あいつに恩を借りたまま生きていくなんて、そんなのごめんだ…」


青年の一連の行動を見ていた本田が、左腕から血を流す山本の方に近づき言う。


「君が何をしようとしているのか、俺にはわからない。

だけど…もし、自分で命を絶とうとしているのなら、それはやめるべきだ」


「あんたは何もわかっちゃいない…」


山本が虚ろな目でつぶやき、本田を横切って黒崎の方へと足を進めていく。


「おっおまえっ…、何をするつもりだよ!?」


血相を変えた金田が山本と黒崎の間に割って入ろうとした、その時。


「山本。金田のことは気にするな。君がやりたいようにやればいい。

これから君が何をしようとしているのか、僕にはわかる…」


そう言って白木が金田の腕をつかんだ。


金田は必死に抵抗しようとするも、白木の力は強く、思ったように黒崎に近づくことができない。


山本は持っていたガラス片を地面に落とし、黒崎のすぐ側で膝をつく。


そのまま、青年は自身の左腕から滴り落ちていく血を黒崎に飲ませるように、

傷ついた方の腕を黒崎の口元に翳した。


山本の左腕から滴り落ちる血が一滴、また一滴と、黒崎の口の中へ入っていく。


「…冗談だろ?自分の血を…。さっき、白木が言ってた黒崎さんが吸血鬼だって話…、まさか、本当に…」


そう言って、血相を変えた金田がゆっくりと白木の方を見る。


白木が小さく頷き

「これから、自分の目で確かめてみるといい」

そう言って金田から手を離し、彼の背中を押した。


「っ…」


金田が恐る恐る地面に倒れている黒崎の顔を覗き込む。


「なっ…傷が…、傷が治って…」


金田が身体を震わせ言った。


重傷だと思われた黒崎の傷口がゆっくりと閉じていき、

やがて何事もなかったかのように青年が目を覚まし言う。


「あれ?俺、生きてんじゃん…」


キョトンとした顔で黒崎は上半身を起こし、辺りを見渡す。


黒崎に見られたくないのか、山本は傷ついた左腕をさっと隠し、

身体中に血の跡が残っている青年から距離を取った。


目の前で起こった事が信じられないのだろう、金田が首を横に振り

「これは夢…、これは夢だ!これは現実なんかじゃない!

山本の血で黒崎さんの傷が治るなんて、そんなのおかしいに決まってる!」

と大声で叫んだ。


黒崎が驚いた顔で山本の方を見るも、山本は黒崎に背を向けたまま微動だにしない。


「本田さん!!」


現場に到着したパトカーから男性警察官が飛び出し、本田の方へと駆け寄ってくる。


急病で休んでいるはずの警察官を見て、本田が腕を組み言う。


「どういうことだ?急病っていうのは嘘だったのか?」


呆れる本田を横目で見ながら、警察官の男が言う。


「まぁまぁ、僕にも秘密ってものが色々あるんですよ。

それより、事故を起こしたのはあのトラック運転手で、

そのトラックに轢かれたのは…あの子かな?」


紫がかった髪色の男性警察官が黒崎に歩み寄り、

青年の傷の具合を目で確かめていく。


「ん~、出血したであろう跡はあるのに、傷がどこにも見当たらない。

妙だなぁ…」


「そこのお前!!勝手に怪我人に触るな!!」


複数人の救急隊員を引き連れた大男が警察官に向かって怒鳴り声を上げた。


緊迫した状況の中、路上に停められた救急車を見るや否や、黒崎が立ち上がり、

もの凄いスピードで走り去っていく。


「今の…何だ?」


声をそろえ、隊員達が言った。


人間とは思えない速度で走り去っていった青年。


その異様な光景に誰もが口を閉ざす。


長い沈黙が流れる中、金田が口を開く。


「も…、もし、これが現実なら…黒崎さん…は、人間じゃなくて化け物だったってことになる…。俺…、ずっと、あんな訳わかんねぇ化け物と一緒にいたのか?

なぁ、誰か…、誰か教えてくれ…、あの人は本当に吸血鬼なのか?」


誰もが戸惑う中、

金田が一人、目に涙を浮かべ地面に膝をつく。


小さく息を吐いた山本がゆっくりと金田の方に歩み寄り、言った。


「あいつは化け物なんかじゃない。ただのクソ野郎だよ」



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そしてうんこは復讐する お布団 @ohutonkun

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