DOKI・DOKI☆ホラーナイト

赤雪トナ

DOKI・DOKI☆ホラーナイト

「聞いたら死ぬラジオの噂って聞いたことある?」

「なにそれ、ないよ。どんなの?」


 放課後。人の少なくなった教室で、ちょっとした雑談として話を振られて、興味を持ったように聞き返す。


「そろそろ死ぬって人が聞けるラジオなんだって。女のパーソナリティで、聞いている人の死因に関係した話をするんだとか」

「聞いてすぐ死ぬなら、その噂って広がらないって思うんだけど?」

「死ぬ人がそばにいれば、まだ死なない人も聞けるみたい。そんでその人が死んだあと、そういえばあのラジオがって感じで人に話して噂になっていったって感じじゃないかな」

「あー、なるほどね」


 それならありそうだと頷く。


「番組の名前は?」

「ドキドキホラーナイトって言うらしい」

「直球すぎて怖さが薄れる」

「それはそう」


 ふと思いついたような表情になる。


「死因を話すっていうなら、病死や寿命じゃなくて事故死とかだと回避もできるのかな」

「そのラジオの噂を知っていたら?」

「あ、噂を知らなかったらただのラジオ番組だって思うかー」


 雑談の一つとして振られた話なのでそれ以上追及はされず、どこにでもある都市伝説から気になる店へと話題は変わっていく。


 ◇


 終電が近い時間、いつもの駅前に車を止める。

 ルーフの行燈、空車を示すランプの確認をして車内に戻り、椅子を倒す。

 うっかりアラームを設定し忘れて寝過ごし、普段より遅い時間に来たせいか、同業者たちがいない。利用客を乗せて、各々の目的地に向かっていったんだろう。

 ここは小さな駅で、終電前に駅員はいなくなってしまう。今から電車に乗ろうという客もいないようで、駅は明かりがついているだけで無人だ。

 遠くから聞こえてくる犬の鳴き声やまれに通る車の音や構内の機械音以外の音がない。

 静かに待つのも寂しいからラジオでも聞きながら客を待つかと、スイッチを入れる。音があればいいから番組はなんでもいい。

 CMが流れて、なにかの番組が始まる。


『DOKI・DOKI☆ ホラーナイトー!』


 初めて聞く番組だ。

 ホラーがメインなんだろうが、パーソナリティの声が明るいせいで怖くなるのか疑問だな。

 

『こんばんは。今夜も始まりました、パーソナリティの自称霊能力者こと過具屋です。短い番組ですが、リスナーの暇を潰せたらいいですね』

 

 声が良いな。耳さわりが良いというのか、すっと入ってきて聞いていて不快にならない。

 落ち着いた曲を歌ってくれると、それを買いたいくらいにはいい声だ。


『おきまりの挨拶は終わらせて、さっそく始めましょう。いきなりですがクイズです。天狗、土蜘蛛、あとは温羅もかな。これらの共通点はなんでしょう。先に言っておくと答えは妖怪ではありません』


 妖怪じゃないのか。そもそもウラってなんだ?

 天狗はわかる。土蜘蛛も大きな蜘蛛の妖怪だったはず。

 うーん……考えてもさっぱりだな。

 

『答えはでましたか? 出ていないかもしれませんね。それでは答えです。共通点は正体が人間と言われることがあるんですね』


 へー、そんな共通点がねぇ。


『天狗は修験者、土蜘蛛は当時の朝廷に逆らった人たち、温羅は大昔に海外からやってきた人たちの長。ちなみに温羅というのは桃太郎に出てくる鬼のモデルになった存在です。漢字で書くと温度の温と羅針盤の羅ですね』


 温羅ってのはそんなのだったのか。

 それで共通点は人間。狼男みたいにあとから化け物になったとかじゃなくて、人間なのに妖怪とみなされたってことでいいんだよな?


『人間でありながら、化け物とみなされる。それは現代でもありますね。陰湿だったり凄惨な事件が起きたりすると、その犯人は鬼になっていたとか言われます。逆に妖怪であっても人に利益を出すなら、好意的に受け止められます。座敷童のいる宿とか聞いたことありませんか? 聞いたことがある人は妖怪がいるのにそこに泊まりたいと思ったことでしょう』


 あー、思ったな。幸運を授かるって聞いて、俺も泊まりたいって思ったもんだ。予約がすごいとも聞いたな。皆同じことを考えるんだろう。

 ほかにはマヨヒガってのも、そこから物を持ち出したらいいことがあるんだったか。


『さてさて今夜お話しするのは人か化け物かどちらなのかという話です。では少しの間、お耳を拝借』


 いよいよメインか、なにが聞けるのやら。


『これはとある会社員が見たものです。彼は短期出張を終わらせ、普段は通らない山の道路を通って家へと帰っていました。

 時刻は午後十一時、空には雲が広がり、真っ暗な夜道でした。時期は冬間近であり、道路には赤くなった葉が落ちています。

 明日は休みで、午前中に少しだけ書類をまとめればあとは自由です。なにをしようかとウキウキしながら車を走らせていました。


 夜の峠には走り屋がいたりしますが、その道路はそういった人たちに人気のない場所のようで、彼以外に車はありません。街灯も行き届いていないのか、ぽつんぽつんと遠い間隔で置かれていて、弱々しい明かりが道を照らします。彼の車のライトがなければ、真っ暗とはいかずともそれに近い状態だったでしょうね。

 そんな暗い道ですから、うっかり急カーブを見落とさないように慎重に車を走らせます。せっかくの休みをトラブルで潰したくありませんでした。

 昔は山を異界と考える人もいました。普段暮らしているところとはまったく違った場所であると。そして不思議な経験をすることもあったようです。

 真っ暗な山道は彼にも不気味に思えていたようですね。慎重に進んではいましたが、さっさと通り抜けたいとも思っていた。

 慎重に、だけどできるだけ急いで帰る彼はライトに照らされた道とその向こうに集中しています。たまに野生動物が飛び出てくることもありますからね。

 そうして彼はライトの向こうに白いなにかを見つけました。

 古くなった立て看板かなにかと思った彼はそのまま通り抜けようとして、ライトに照らされたそれを見てビクッと体を震わせました。

 驚いたことでハンドルを強く握りしめることになり、そのせいで操作がきかなくなることを恐れた彼はブレーキを踏んで車を止めました。

 キキーッと甲高い音が暗い山に響きます。

 おかしなものを見た驚きと事故を起こすかもしれなかったという緊張のせいで、彼の心臓はドクドクと大きく跳ねていました。


 そこにコンコンとなにかを軽く叩く音が聞こえてきました。

 すぐそばから聞こえてくるので、窓を叩く音だと思い、音がした方向に彼は顔を向けます。

 そこには白い長袖ワンピースを着た、長髪の誰かがいました。顔も長い前髪で隠れています。

 目を見開いた彼は、短い悲鳴を上げて体をのけぞらせました。

 するとその誰かは自身の髪を掴むように手を動かし、髪を引っ張ります。その髪はかつらだったようで、満面の笑みを浮かべた男が彼を見ていました。

 男は彼の驚く様子を見たあと、笑い声を上げながらライトの届かない暗闇の向こうに走り去っていきました。

 呆然として走っていく男を見ていた彼は、自分が驚かされたのだと理解します。

 幽霊などではないとわかりほっとしたあと、ふつふつと怒りが湧いてきました。

 車から出て追いかけて怒鳴りつけてやろうかと思いましたが、相手をすればさらに面白がられるかもしれないと思い、さっさとその場から離れることにしました。


 そのまま車は山から出て、町の中に入ります。

 人通りは少ないですが、車が行きかい、街灯もそこらにあって、彼は明るい空間にほっと落ち着きます。

 そして山であったことを思い返します。馬鹿なことをやっているなと思いましたが、ふと疑問も抱きました。

 それは男が走り去っていった方向です。彼が車を走らせてきた方の道へと去っていったのです。ですが彼は山に入って男に出会うまで、路肩に止まっている車やバイクを見ていません。ついでに男と出会って、山を下りるまでもそういったものは見ていません。

 男は暗い山に徒歩で向かい、一人であそこで立っていたということになります。もしかしたら友達が隠れていて、あとで合流したかもしれません。

 ですがもし一人であそこに来ていて、通るかもわからない車を暗く寒い中いつまでも待っていたとしたら?

 彼はそう考えてぞっとします。正気の人間がやることではないと思いました。

 追いかけていたら自分はどうなっていたのか。正気ではない人間がなにをしでかすかわかりません。


 赤信号で車を止めて、彼はちらりと山の方向を見ます。

 男は今頃仲間と合流して、驚いていた様子を話して笑っているのでしょうか。

 むしろそうであってほしいと彼は思います。また同じ場所に戻って、車を待っている姿を想像するより、その方がまだましだと思えたのでした』


 話が終わる。声の良さもあって聞き入った。

 たまに話に出てきたような道を通ることもあるし、どういった状況なのか想像できちまった。

 しばらくは暗闇の向こうに白いものを見たら少し警戒するかもしれん。


『はい。今夜の小話はこれで終了です。いかがでしたか? キツネやタヌキが人を化かすと言い伝えられているように妖怪は悪戯をしますが、人間も同じ人間に悪戯をしかけることはあります。しかし普通とは違った状況で悪戯をしかけてくる人間は、まともな精神状態なのでしょうかね? そしてそのような人物は悪戯と悪意の境界線がきちんと分かれているのでしょうか? 仕掛けた側は悪戯でも、仕掛けられた側は命に係わるようなことかもしれません。他人がなにを考えているのか見抜くことは困難です。近くにいる人が異常な可能性はありえます。隣の住民が、会社の同僚が、タクシーの客が、突然あなたに牙をむく。なーんてことがあるかもしれませんね?』


 偶然だろうが、タクシーの客とか言ってほしくなかったな。

 たまに強盗とか聞くし、ありうる話なんだよなぁ。


『さてそろそろお別れの時間がやってまいりました。一夜の暇つぶしとしていかがでしたでしょうか。次もまた機会があれば聞いてもらえると嬉しいですね。それではおやすみ、バイバイ!』


 終わったか。暇つぶしとしては十分だったが、今後に少しばかり不安がでる話だったわ。


 コンコン


 うおっ。驚いた。客か、タイミングがいいな。

 後部ドアを開けると、二十歳くらいの男の客が入らずに話しかけてくる。


「少し遠いですけど、隣の県まで大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫ですよ」


 正確な場所を聞くと、すぐにどこに行きたいのか返ってくる。

 ……山越えだな。しかも今の時間は車もあまり行き来してなさそうだ。あの話を聞くんじゃなかった。嫌な想像がどうしても脳裏に浮かぶ。

 そんな俺と違って、若い男はありがたそうに紙袋などを先に入れて後部座席に座る。


「いやー、助かりました。親戚に不幸があったようで、急いで向かう必要があったんですよ。電車は終電が近くて、目的地に行けなさそうで困ってましてね」

「それは大変でしたね」


 答えながらシートベルトを締めて、出発確認を終えて車を動かす。

 あのラジオのせいでおかしな想像が浮かぶが、何事もなく到着してほしいもんだ。

 ちらりとミラー越しに客を見る。

 男の口元が笑みを象っているのは、タクシーを捕まえることができたのを嬉しがっているのだろう。きっとそうに違いない。


 ・

 ・

 ・


『次のニュースです。早朝、K県A山を通る県道で男性の遺体が発見されました。

 被害者は個人タクシーの運転手。遺体の首には絞殺の跡があり、殺人事件として捜査が開始されました』


 テレビからニュースの一つとして事件について話す声が聞こえる。

 物騒ではあるが、たまに聞く話としてアナウンサーの声は各家庭のリビングに響いて消えていった。

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