カップ焼きそばの作り方
銀色小鳩
カップ焼きそばの作り方で意見が割れたり
「で、カップ焼きそばを買ってきたんだけど」
「ん~?」
何が、『で』なんだろう。
芽生がカップ麺を買ってくるのは珍しい。惣菜を買うだけで済ませたりするようなことはないし、カップ焼きそばだけをドンと出すようなことをしない。きのこは冷凍できるとか、冷凍したほうが旨味が出てうんちゃらとか、そういうことは色々言ってくる。「時短ワザ」「おいしくなるコツ」……『ワザ』と言えるものは使って見せるのだ。でも、手抜きに見られそうなものは出さない。芽生なりのプライドというか、見栄なのではないかと疑っている。
「帰りがけに、コンビニのところで、高校生がカップ焼きそば持って歩いてた。楽しそうに。マヨネーズとソースを混ぜた匂いがプンプンしてて」
「ふうん」
「あおいがカップ焼きそば好きだったなと思って」
そんな説明しなくても、今日はカップ麺ね、で別にいいけど。カップ麺で済ませることを、ちょっと後ろめたく思ってないか?
「好きだよ。じゃあ今日はカップ焼きそばだ」
カップ麺が好きなのは確かだから、芽生に助け舟を出すつもりで言って、ポットに水を入れる。
「カップ焼きそばなら、芽生に負けないんだよね」
カップ焼きそばの作り方なら、私は芽生に負けない。なんせ、深夜にお腹が空いたときに食べてるからな。だいたい芽生のヘルシー料理のあとだ。
芽生がちらっとこっちを見て、噴き出した。まぁ、他の料理なら負けると言っているようなものだ。実際そうなんだから仕方がない。
「カップ焼きそばで張り合う気ないんだけど」
「コツがあるんだよ?」
「へえ?」
芽生は私の近くに寄ってきて、いきなり脇腹の肉をつまんだ。
「ここに、知識がつまってるんだ?」
クッソ! いまの『知識』、『ぜいにく』ってルビが振ってあるように聞こえたぞ。カップ麺ってのはな、深夜に食べる背徳感こそが最高なんだ。味わいはそこからなんだよ。贅肉気にしてカップ焼きそばが語れるか!
お湯が沸いたので、さっそくカップの蓋に手をつける。
「まずは、蓋を開けます」
贅肉は気にせずに芽生に講釈を垂れることにする。
「ここで、怒りのあまり蓋を全部はがさないようにしましょう」
「なんの怒りよ」
「数学がうまくいかない怒りだよ」
芽生が眉を八の字にして私の顔を覗き込んだ。
「試験前とかに全部剥がしたんだ?」
「…………」
食べるよね? 受験前とか、試験前にカップ麺。
カップ麺というのは、深夜に追い詰められた者が、料理する気力もなく自暴自棄になって食べた時、背徳感が増して一番美味しくなるんだ。
食べた後に、「ちょっと休憩できた」と呟いて勉強に戻ると、「食べたのは勉強を続けるためだったのだ」と自分を納得させられる。お腹も膨れて、気分転換にちょうどいいのだ。
「かやくは、麺の下……麺の下だからね」
「麺の下ね」
芽生は私にタイミングを合わせて、自分の分を一緒に作ってくれている。
「だめ。ここで、ソースの粉を入れちゃ! 入れちゃダメだからね。ラーメンとの分岐点はここにあり、ここで粉を入れると、あとで、お湯と一緒に、捨てることに……なる!」
「やんないでしょ、そんなこと」
芽生はあきれたように笑い、笑ったせいで少しうねった髪が揺れた。
「だれがすんの、そんなこと。うふふ」
「…………」
うるせーな。やっちゃうヤツだっているんだよ。何百回と食べてれば、一回ぐらいあるだろ。それだけ食べてる、カップ焼きそばを愛してると言えるんだ。黙ってろ。
「そして、ここが! ここがポイントですよ~~。三十秒早くお湯を流す! こうすることで、伸びすぎない、固めの麺が楽しめる」
「なんのキャラ? わかった。三十秒早くね」
芽生と私は流し台に二人でカップの湯を捨てた。各自、カップの中にソースとマヨネーズを入れて混ぜる。
その後、芽生が信じられないことをした。
「なに? なにしてるの」
トングを使って、中華皿に盛りつけたのである。
「なにって?」
「なんでお皿に? なんでトング?」
「おいしそうに見えるよね?」
芽生が今度は講釈を始めた。
「ねじるように盛り付けて高さを出すと、麺類は立体感が出てキレイに盛り付けられる。トング使うとうまくできるよ」
納得いかない。こいつはいつもそうだ。
「カップ麺はね! カップなのがいいの」
「なんだそれ」
「スパゲッティみたいになってる。どうしてそんな、カップ焼きそばとしての良さを裏切るようなこと……なさいます?」
「カップ焼きそばとしての、良さ?」
芽生は眉をしかめて首をかしげる。
不思議に思うところじゃない、そこは。カップ焼きそばってのは、「カップ焼きそば」っていう商品なんだよ。「カップ」の「焼きそば」だ。商品開発者がカップのまま食べられるよう手を尽くして作ってくれたんだ。インスタントなのが売りなのに、そんなことしたら、深夜に頑張って料理したみたいになるだろ!
「お皿とトングの洗い物を増やすと、カップ麺のインスタントな良さがなくなる」
「そのぐらい、いいでしょ」
「もやしの時も芽生はそうだったし」
「もやし?」
こいつは、なんと、もやしのヒゲを、取るのだ。それもまぁ、ちまちまちまちま、二十分ぐらいかけて、丁寧に取るのだ。うちの実家では料理前にもやしのヒゲを取ったことなんてない。
ヒゲを取ったほうが食感も良くなるし美味しいでしょ、と芽生は言う。確かに芽生のは、きれいで、美味しい。芽生の作ったもやし炒めは、高級中華料理店で食べるみたいだった。
しかし、敢えて言いたい。もやしというのは、安くて、洗うだけで使えて、すぐ火が通ることに、ご家庭での存在意義の八十パーセント以上があるんだ。ヒゲとりに二十分もかけたら手間暇かけた料理になっちゃうだろ!
「あおい、もやし、美味しくなかった?」
「おいしかったよ」
「きれいじゃなかった?」
「きれいだった」
きれいだったし美味しかった。問題はそこじゃない。
「また食べたい?」
「うん」
「今、もやしあるから、どうせなら焼きそばに混ぜようか?」
冷蔵庫に向かう芽生の袖を引っ張って止めた。
「ヒゲ、とるつもり?」
「とるよ」
「カップ焼きそばの作り方、ラストのコツです!!! 伸びる前に食べる!」
ピタリと止まった体が、こちらを振り向いた。テーブルに戻って来て、困ったように笑う。
「それもそうか」
カップ麺は皿に盛りつけられてしまったが、空腹な女性二人で争いあう危機は去ったようだった。
< 終 >
この二人のお話の本編、「小説書きさんと、ふたり」https://kakuyomu.jp/works/16816927859768365210
お互いがレズビアンであることを隠しあったまま小説投稿サイトで読み手と書き手として知り合い影響しあっていく、仲の悪いルームメイト同士の百合ラブコメです。
お読み頂ければ、大変嬉しいです。
カップ焼きそばの作り方 銀色小鳩 @ginnirokobato
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