第3話 頑丈な扉

 俺の名は坂本タツヤ。

 いわゆる星の数ほどいる、チート能力持ち異世界転移者だ。

 そして、そんなチート能力持ち異世界転移者の中では珍しく、元の世界に帰る日を迎えている。


「いやあ、さすが坂本様。姫様のために立派な宮を建てていただき、ありがとうございました」


 杖を持ったいわゆる神官的な青年が、宮殿の前で深々と頭を下げた。


「いえ、このくらい大したことじゃないですよ。それに、まだ扉の取り付けが残ってますし」


「いえいえ、そちらはやっていただかなくて大丈夫ですよ」


「そうですか」


 まあ、ここまでくれば、俺の能力を使わなくても大丈夫か。

 それにしても、注文通りとはいえ、ずいぶんと重そうな扉のだよなぁ。


 開閉だけでも一苦労になりそう──


「だって、こんな忌々しい扉、貴方もろとも消し去ってしまいますから」


 ──え?


「さあ、姫様の命を脅かす悪しきものは、ここで滅びるのです!」


「ちょっ!? 一体なんの話ですか!? 俺はただ、王様からの依頼で……」


「問答無用です! くらいなさい、裁きの炎!」


「うわっ!?」


 とっさに身を翻して、神官的な青年の放った魔法を避けることができた。それでも諦めてはくれないらしく、杖の先がこちらを向いている。


「ちっ、外しましたか。今度は避けないでくださいね。少し痛いかもしれませんが、これもすべて姫様のため。それに、貴方がいけないんですよ、せっかく私が食事やアイテムに細工をして邪魔をしたのに、諦めずに作業を進めてしまうから。ああそうだ、扉だけでなく、建物全てを消し去ってしまいましょう。こんなものがあると姫様は姫様は姫様は姫様は姫様は姫様は」


 しかも、なんかものすごく、頭の中で悪い小旅行をしちゃってるかんじになっている。しかも、ものすごく聞き捨てならないことをさらっと言い放ったような。


「さあ、この忌々しい建物ごと、消えてなくなりなさい!」


 いや、今はなんとかして逃げないと。そうだ、鞄に入った予備の石で壁を──


「神官長、そこまでよ」


「え……? 姫様!?」


「ちょっと寝ててね……っ!」


「ぐふっ!? ひめ、さ、ま……」


 ──造る前に、突然現れた姫が光の弾を撃ち込み、神官的な青年は倒れた。


 なんとか、助かった。


「キャハハ、お兄ちゃんてばよわぁい。女の子に助けられて、恥ずかしくないのぉ?」


「ぐぬっ」


 相変わらず煽り倒してくるが、助けられたのは事実だ。少し不服だけれど、ちゃんとお礼は言っておこう。


「……助かったよ、ありがとう」


「えー? そこは、よわよわな僕を助けてくださってありがとうございました、じゃないのぉ?」


「あんまり調子にのんな!」


「きゃー、よわよわお兄ちゃんが怒った、こわーい!」


 姫はいつも通り、小さな口から八重歯をこぼして笑っている。

 それでも。


「なあ、一つ聞いていいか?」


「なぁに?」


「さっき、コイツに『姫様の命を脅かす悪しきもの』って言われたんだけど、どういう意味だ?」


「……キャハハ! よわよわお兄ちゃんが、アタシをの命を脅かすぅ? 自惚れも、いい加減にしてほしいんだけどぉ?」


「茶化すな! 能力を使えば、今すぐこの宮殿をただの石に戻せるんだぞ!」


「……ごめん。ちゃんと話すから、それだけは止めて」


 目の前の顔から、人を小馬鹿にした笑みが消えた。


「あのさ、この世界ってね、けっこう厳しい所なんだよね」


「そう、なのか? 王様からは、争いもなく、実り豊かで、病も災害もないって聞いたし、実際に作業小屋から見えた風景も、平和そのものなかんじだったけれど」


「うん、それで間違いないよ。今日の日没まではね」


「今日の日没まで?」


「そう。そのときを境に護る祝福が消えて、争いや、飢えや、病や、魔物が蔓延るようになるの」


「そんな!? 一大事じゃないか!」


「うん。でも大丈夫。お兄ちゃんが、私のための宮を作ってくれたから」


「え?」


「今日の日没までに私がこの宮に入って、扉を固く閉ざしてもらうの。もちろん、外からね」


「は?」


「それで、今の祝福が途切れる前に、新しく祝福の歌を歌うんだ。命あるかぎりね」


「おい、何を言って……」


「本当は、こんなギリギリじゃなくて、余裕を持って宮に入りたかったんだけど、この神官長が証拠を残さずに邪魔してて、なかなか上手くいかなかったんだよね。だから、外の世界からお兄ちゃんを呼んだんだ」


「ちょっと待て、それじゃ、俺が造ったのは……」


「……キャハハ! なにその顔? 情けなぁい。宮から出られない代わりに、寿命はすごく延びるから全然平気なのに、大げさすぎ!」


「おい、茶化すなよ! このままだと、お前はずっと……」


「お兄ちゃんうるさーい。あとは、こっちの世界のみんなでなんとかなるから、もう帰っていいよ。ほら、かぇれ♡、かぇれ♡」


「ふざけるなよ! そんなことできるわけ……、うわ!?」


 突然、辺りが眩しすぎる光に包まれた。


「ざぁこ♡、ざぁこ♡、ざこお兄ちゃん♡、涙腺よわよわ♡」


 何も見えないけれど、人を小馬鹿にした声だけが聞こえる。



「私のことなんて、すぐ忘れちゃいそう……」



 消え入りそうな声とともに、光は落ち着いた。


 辺りを見渡しても姫の姿はなく、代わりに見慣れた液体ディスプレイが目に入った。その中には、クラフト系サンドボックスゲームの、タイトル画面が表示されている。


 滲む視界の中でセーブデータを開いたが、どんなに探し回っても、固く扉が閉ざされた小さな宮殿は、見つからなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クラフト系サンドボックスゲームで遊びつくしていた俺が異世界で、メスガキお姫様の宮を造ることになった話 鯨井イルカ @TanakaYoshio

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ