第29話 もう一度......
俺は小鳥遊さんに近づき彼女と向かい合う。
彼女は目を大きく見開き、言葉をこぼす。
「れいくん......なの?」
「うん。遅くなってごめんね」
「覚えていてくれたの......?」
「勿論──と自信を持って言える立場じゃないかな。こんなに待たせちゃったし......」
俺は潤んだ瞳の少女を見る。
本当に長い長い時間が経ってしまった。
俺は彼女をどれほど待たせてしまったのだろう。
彼女は俺が覚えているかも分からない約束をずっと信じて......
もっと早く来ていれば──そう思わずにはいられない。
「何で......」
「ん?」
「私はれい君を裏切って、傷つけて......それなのに、何で来てくれたの?」
震える声で彼女は呟いた。
何で......か。
俺が寝たふりをしていて、彼女の秘密を知ってしまったから。
泣いている小鳥遊さんを放ってはおけなかったから。
でも、それはきっかけであって、俺が今ここにいる一番の理由は──
「──約束したから」
これなんだ。
「あおくんはずっとここで待っていてくれたんでしょ? あの日の約束を守って」
あの日、病院で交わした約束を守って俺を待ってくれていた友達。
その約束を思い出して、またその友達に会いたいと思ったから俺はこの場所にいる。
「でも......でも、私はすぐに行けなかった......っ!」
そんな俺の言葉を聞いてもなお、彼女は悲痛な声をあげる。
「私がこの思い出の場所を奪って、それなのにれい君をずっと待たせて......」
彼女は涙ぐむ瞳を揺らし、
「......ごめんなさい」
と、うつむきながら呟いた。
あぁ、小鳥遊さんにばっかり謝らせて俺は何をしてるんだ。
謝らないといけないのは俺の方なのにな。
「俺も言わないといけないことがあるんだ」
だから俺も素直に彼女に向き合おう。
俺の思いを彼女に伝えよう。
大きく息を吸って俺は──
「約束忘れようとしてごめんっ!」
自分があおくんの事を忘れて、
「逃げようとしてごめんっ!」
辛いことから逃げて、
「ずっと待たせてごめんっ!」
彼女を傷つけてしまった事を告げる。
そんな俺に小鳥遊さんは驚いたような顔をした。
そりゃ、いきなり大声で謝られれば驚くよな。
でも、俺はもう逃げないって決めたから。
彼女が胸の内を明かしてくれたように、俺も彼女に自分の気持ちを伝えるべきなんだ。
「俺は小鳥遊さん──あおくんと会えなくなってきっと寂しかった。辛い思いをするくらいなら逃げた方がましだって思った」
俺は小鳥遊さんをまっすぐに見つめて話す。
「でも楽しかったんだ。楽しかったんだよ、あおくんと過ごした時間が。毎日が新しい事の発見で、その隣には笑顔の友達が手を引っ張ってくれて。
また遊びたいって、その友達と一緒にいたいっていう気持ちは──今も変わってない」
この気持ちに嘘はない。誓ってもいい。
彼女はうつむいた顔を上げて、俺と目を合わせる。
「私はれい君と一緒にいてもいいの......?」
「ダメなわけがない」
「迷惑ばっかりかけて......そんな私が一緒にいてもいいの?」
「迷惑なんて思わない。俺は小鳥遊さんと一緒にいたい」
「そっか、私たち一緒にいていいんだ......」
小鳥遊さんは涙を拭って、小さく頷く。
そこにもう涙はなくて、やっと俺の好きな笑みを浮かべる彼女がそこにいた。
「もう一度、俺と友達になってくれますか?」
俺はそんな彼女に向かって手を伸ばす。
そこに約束の指切りなんていらない。俺たちを縛って苦しめる言葉はもう必要ないから。
「......うん、うんっ。私、れい君と一緒にいたいっ!」
彼女は俺にも負けない大きな声でそう言いきった。
そこにはもう過去を引きずる少年の姿はなく、友達である一人の少女が俺の手を握っていた。
「小鳥遊さん、これからもよろしくね」
「れい君。私の今の名前は......青奈だよ?」
彼女は俺の手をギュッと握りしめて、恥ずかしそうにそう呟いた。
「あ、あぁ、そっか。小鳥遊さ──」
「......青奈」
「あ~......青奈さん?」
そんな俺に対して青奈さんは満足そうに頷いて、俺の手を離した。
そんな彼女に何だか俺も恥ずかしい気分になる。
慣れるまで時間がかかりそうだ。
「自宅謹慎で明日からって訳には行かないけど、また戻ってくるから」
「うん。待ってる」
「また一緒にお弁当を食べたり、趣味の事とかいっぱい話そう」
「うん。楽しみにしてる」
「あ~、結構遅くなっちゃったね。そろそろ戻らないと」
俺がそう言って、歩き出そうとした時──
「待って!」
と彼女の声に俺は足を止める。
彼女は俺の手を掴み、そっと自分の方に引き寄せ、
「れい君......」
俺は彼女と至近距離で向かい合って、
「青奈さ──んっ!?」
彼女は目を摘むって背伸びをした。
「..................」
その瞬間──夕陽に照らされた二つのシルエットが寄り添うように繋がる。
それは一瞬の出来事だった。
甘い余韻を残し、俺は紅潮した彼女の顔を見る。
彼女は恥ずかしそうに俺から距離をとり、振り向き様に、
「......またねっ」
と手を振って走り去ってしまった。
俺はそんな彼女に見惚れて動く事が出来なかった。
今のは......
ふと自分に残る温もりを指先でなぞり、茜色の空の下に己の心音を響かせる。
どうやら彼女は俺に二度と忘れさせない思い出を刻みつけたようだ。
「──またね」
俺はそんな彼女が走り去っていった方向に手を振ってそう呟いた。
きっとこれは彼女には聞こえていないし、見えてもいない。
それでも俺は今この上ないほどに幸せで、満ち足りていた。
だって──
『......またねっ』
別れ際に彼女が見せたその表情は──俺が一番見たかった満面の笑顔だったのだから。
◆◆◆
これにて一章(章づけはしてませんが)は終わりです。ここまで読んでくださった読者の皆様、本当にありがとうございます。
少しでも、良いと思って頂けましたら、評価をしてくださると幸いです。執筆の活力になります。ではでは。
教室で寝たふりをしていたら、クラスで一番の美人にキスをされました。気になって夜も眠れません。なのでやっぱり昼寝します。 岡田リメイ @Aczel
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