加奈とカナ
柳明広
本文
西暦二一〇一年。俺が二十歳になった年に、十年続いた戦争は終わった。何もかも失った俺たちは、ゴミ捨て場を拠点にジャンク屋を営んでいる。
ゴミ山にのぼり、俺たちは毎日ゴミを漁る。生ゴミの腐ったにおいが鼻をつき、人体に有害な廃液が土壌を汚す。人間の暮らせる土地ではないが、俺たちに他に行くところはない。
壊れた精密機械が捨てられることも多く、そういうものが手に入ったときは相棒の出番だ。
俺は相棒の竹西弘(たけにし・ひろむ)の作業を見ていた。弘は大企業の社長息子だったが、戦争ですっかり落ちぶれてしまった。きちんと風呂に入り、服装を整えればなかなかの美男子だが、本人は見てくれにいっさい頓着しない。それでも、育ちのよさがにじみでているのは、もって生まれた資質か。
弘は俺がゴミ捨て場で拾ったロボットをいじっていた。ジャンク品だったノートパソコンとロボットの頭が、何本ものケーブルでつながっている。
おかっぱ頭の、女性型子守りロボット。こんな高価なもの……金持ちしか買えないようなものまで捨てられているなんて。餓死者が出ている現状を考えると怒りがわいてくる。
「よし、これでもう動くはずだ」弘が一仕事した、という顔で俺を振り返った。
弘は精密機械に強い。戦争さえなければ、専門の大学に進学するつもりだったと言っていた。その大学も焼け野原になってしまったわけだが。
俺はうなだれているロボットの前に立つと、「俺の声が聞こえるか?」とたずねた。
ロボットはゆっくりと顔をあげ、目を開いた。年のころ十七、八の娘という外見設定。翡翠のようなきれいな瞳に俺の姿が映っている。ぼさぼさ頭の、汚らしい男の姿が。
「仕事を、しないと」ロボットは言った。
「お前は誰に雇われていたんだ?」
ロボットは再びうつむいた。俺は弘を見たが、弘は首を振った。
「ゴミ捨て場に落ちた拍子にどこか壊れたんだろうな。メモリー……記録部分にうまくアクセスできないのに、何度もアクセスしようとしてる。そのせいで全体の処理速度がさがってる。ポンコツだよこいつ」
苦労して動くようにしたのになあ、とぼやく弘の頭を、俺は手の平で思いきりはたいた。文句を言う弘を無視して、俺はロボットの前で膝をついた。
「今からお前の主人は、俺だ。前の雇い主は忘れろ」
「ですが」
「カナだ」俺はロボットの肩に手を置いた。「今日からお前の名前はカナだ。いいか?」
「おい」弘が横から口を出した。「カナってお前」
「あなたのお名前を教えてください」ロボット……カナは言った。
「井上有(ゆう)だ」
「井上様、とお呼びすればよろしいでしょうか」
「有に……有、でいい」俺は弘の視線を感じて、そうこたえた。
「では、有様と」カナはゆっくりと反芻する。弘の名前をたずねてから、「有様、弘様、助けてくださってありがとうございます。これからよろしくお願い致します」
弘の言うとおり、カナはポンコツだった。
戦時中、主に子供たちを守るために作られた子守りロボットは、非常に頑丈に作られている。機関銃程度ではびくともせず、センサーも優秀だ。ちょっとした物音……たとえば軍靴のわずかな足音……も感知し、すぐさま子供たちを退避させる俊敏さも持っている。
だが、俺と弘がゴミの山を漁っているあいだ、カナはぼんやりと空を見あげていることが多かった。
「メモリーにアクセスしてるんだ」弘は山の上からカナを見おろし、ため息をついた。「何とかなおしてみせるよ」
「荷物運びとか、最低限のことができればいいさ。頑丈だし」俺は特に気にしなかった。
「なあ」弘が言った。「カナなんて名前つけてよかったのか?」
「自分の妹の名前つけちゃあまずいのか?」
「まずかないよ。けど、有がつらくなるだけじゃないか」弘はまたカナを見おろし、「たしかに似てはいるけどさ……生きてたら十八歳、あんな感じになってたかもしれないけど」
俺は弘を無視して、ゴミの山からおりた。カナはなおも、ぼうと空を見あげている。そこに自分が探しているものがあるかのようなまなざしだった。
「カナ」俺は油で汚れた手を作業ズボンで拭き、カナの頬に触れた。「考えごとをしすぎて疲れたんだな。今日はもう休んでいいぞ」
「申しわけありません、有様」カナはつらそうに顔を伏せた。「弘様になおしていただかなければ、お役に立てそうにありません」
あまりに人間的なその仕草に、俺は言葉が出なかった。
俺の妹……加奈は、十年前に両親とともに死んだ。八歳だった。いつも俺につきまとい、「有にい、有にい」と言って抱きついてきた。友達にからかわれるので、嫌で仕方がなかった。
なぜもっとかまってやらなかったのだろうと後悔ばかりが押し寄せる。敵国の爆撃がはじまったとき、なぜ手をはなしてしまったのか。両親は助けられなくても、加奈は助けられたかもしれないのに。
弘の言うとおり、目の前のカナは大きくなった加奈そのものに見える。つらそうな顔をされると、まるで自分が責められているかのようだ。
帰り道、俺は弘にカナの修理に集中してほしいと言った。仕事はすべて俺がやる、だからなおるまで徹底的にみてやってほしい、と。
「入れこみすぎだ。カナはカナであって、有の妹じゃない」弘は言った。「特にこの型番はやばいんだ」
「やばいって、どういう意味だ?」
「この型番の子守りロボットは、戦争後期に作られた。本土決戦が激化した時期だ。頑丈に作るだけじゃ駄目で、子供を安心させられるようなものが求められたんだ」
俺はカナを見た。夕日に照らされた横顔は優しげで、子供ならきっと、彼女の表情や仕草に安心させられるだろうと思った。
「それまでの子守りロボットとちがって、より人間らしい行動をとるようプログラミングされている。たとえば、子守歌を歌うとか、子供が喜ぶような物語を聞かせるとか……つまり、子供がなつきやすいようにしたわけだ」
「いいことじゃないか」
「子供にとってはな。でも、親から見たらどう思う?」弘の視線が鋭くなった。「子守りロボットには銃弾に身をさらし、子供を守れる頑丈さがあればいい。そう考えている親は少なくない。だというのに、もし、ロボットが親よりもロボットのことを好きになったら?」
「まあ、面白くないだろうな」
だろ、と弘は言った。「この型番の子守りロボットは、子供を安心させることに特化してる。ときにはしつけめいたことまで子供にする。親としては、そんなロボットは不要なんだよ。特に戦争が終わった今となっては、よけいなことをふきこむかもしれないロボットなんかいらないんだ」
俺は振り返り、薄闇に沈むゴミの山を見た。だからカナは、捨てられたのか。
「たぶん、あちこちに捨てられてるぜ」弘は苦々しげに言った。ロボット工学を学びたいと言っていた弘としては、高性能なロボットが捨てられることにくやしさがあるのだろう。
「じゃあ、カナはお前が責任をもってなおしてくれ」俺は弘の背中を軽く叩いた。「カナをもう一度捨てるなんて、ごめんだからな」
それから数日間、弘は奮闘したようだった。ある日、朝になっても起きないので身体を揺すろうとしたら、カナにとめられた。
「弘様は徹夜でお疲れです」カナは自分の胸に手を当て、「今日は私がごいっしょ致します」
ぼんやりしていたときが嘘のように、カナはよく働いてくれた。俺ひとりでは到底持てない重い冷蔵庫を軽々と持ち運び、俺の目には見えない小さなパソコンパーツをすぐに発見してくれた。
「なおったんだな」俺は言った。
「弘様のおかげです」カナは微笑んだ。機械的なものとは思えない、人を安心させる表情だった。
その日の夜、寝る前になってカナがいないことに気づき、俺は小屋の外に出た。
星空が広がっていた。戦争によって都市は破壊しつくされ、夜空をさえぎるものは何もない。
星空の下に、カナは立っていた。
「カナ」俺が声をかけると、カナは振り返った。「何してるんだ?」
「充電をしていました」カナは言った。「日中動けるように」
「この程度の光で充電できるのか?」俺は驚いた。
「設計上は、蛍の光でも充電できますよ」カナは微笑んだ。「蛍を見たことはありませんが」
「俺もないよ」俺はカナの隣に立って空を見た。大きな月が出ている。「きれいだな」
「そうですね」
感情のこもった声だった。これも子供を安心させるための機能なのだろうか。
「有様」カナはおもむろに言った。「カナという名前は、有様の妹様の名前なのですか?」
「ああ……お前には迷惑だったかな」
「滅相もありません」
「いや、いい。ロボットとはいえ、ひどいことしたと思ってる」俺はうつむいた。「カナを、妹……加奈だと思いこもうとしてる。加奈は生きてるんだ、生きて俺のそばにいるんだって。お前にとっては迷惑だよな」
「迷惑などということはございません。私は、子供を守り、安心させるために存在しているのですから。だから有様が私をカナと呼び、安心されるのでしたら、それ以上の喜びはありません」
「俺は子供か?」俺は苦笑した。
「私を作った技術者が言っていました」カナは淡々と続けた。「人はみな、子供の部分と大人の部分を持っているのだと。たとえ大人でも、心や身体が弱れば、子供の部分が出てくると。有様は心が弱っているように見受けられます」
「そういうもんか」
図星をつかれたが、怒ってはいなかった。たしかに俺は弱っている。カナを見たときから、加奈のことばかり浮かんで頭からはなれない。助けられなかったという後悔が、ずっと俺を苛んでいるのだと、思う。
「今日は少し冷えるかもしれません」カナは言った。「ごいっしょに眠りましょうか」
「そ、そこまで子供じゃないぞ!」
俺はカナからはなれ、足早に小屋へ戻っていった。添い寝などされたら、弘に何と言われるかわかったものじゃない。
板に拾ってきた布をかぶせただけの、ベッドとも呼べない代物の上に寝転がる。隣のベッドでは弘が小さないびきをかいていた。徹夜をくり返して、必死でなおしてくれたのだ。そっとしておいてやろう。
俺は弘に背中を向け、目を閉じた。
目をさますと、いつもの椅子にカナは座っていなかった。あわてて外へ飛びだしたが、ゴミを運ぶトラックが砂ぼこりをたてるばかりで、カナの姿はどこにもなかった。
「どういうことだ!」俺は起きたばかりの弘の胸ぐらをつかんだ。
「システムがなおったおかげで、大事なことを思いだしたんだ、きっと」弘は俺を落ちつかせるように、俺の手をそっとどけた。「カナにはカナの役割がある。ほっといてやろうぜ」
「ふざけんな! カナは俺の」
「妹じゃない。加奈ちゃんじゃないんだよ、有」
さとすような弘の口ぶりは、俺の神経を逆なでした。役割がある? じゃあ何で捨てられてたんだよ。そんなところに戻って、カナの居場所なんかあるはずがはない。カナの居場所は、ここしかないんだ!
俺は近くの市場へ向かい、カナをたずね歩いた。こういう女の子が来なかったか、あるいは通りかからなかったか、と。
顔見知りの古着屋のばあさんが「その子なら見かけたよ」と言った。
「あっちの方に」ばあさんは市場の外を指さし「大きなお屋敷がある。そこに向かって走っていったんだと思うよ。ずいぶん、急いでいたねえ」
「それ、いつのこと」
「今朝だよ。まだ日ものぼらないうちに」
俺はばあさんが指した方向に走りだした。
「ちょっと! 何キロあると思ってるんだい!?」ばあさんが怒鳴るように言ったが、俺は無視した。
ところどころヒビ割れ、一部が爆弾で砕けたアスファルトの道路が、どこまでも続いている。日差しが強くなってきた。
屋敷の話は聞いたことがあった。戦火をまぬがれ、戦前と変わらぬ生活をしている人間がいる、と。政治家と太いつながりがあり、戦後は進駐してきた敵国ともつながり、自身が経営する会社をどんどん大きくしているのだとか。それほどの金持ちなら、カナのような子守りロボットの一台や二台、買うことなど造作もないだろう。
まっすぐ前だけを見て走り続けていたが、次第に足に力が入らなくなり、転びそうになる。何も食べずに飛びだしてきたことを、今になって思いだした。
暑さで朦朧としはじめたとき、高い塀が見えはじめた。屋敷そのものは見えない。どれほど広い敷地を占有しているのだろうか。戦後の混乱期に、これだけの財力を保持していることが信じられなかった。
カナはどこだ? 目に流れこむ汗を拭い、目をこらす。
いた。両開きの大きな門扉の前に、見なれた後ろ姿。カナの前には、大柄な男が二人立っている。困りはてている様子であった。
「だから、お前はもう廃棄されたんだよ」気の毒なものを見るような目で男は言った。
「ですが、私にはここしか居場所がありません」カナは言った。どこか泣きそうであった。「子守りロボットがお子様と引きはなされては、行く場所がなくなってしまいます。どうか、坊ちゃんに会わせてください。きっと、お役に立ってみせます」
俺はカナの肩をつかんだ。「カナ、帰ろう」
カナは驚いた様子で振り返り、「どうしてここにいらっしゃるのですか」と言った。「お仕事の時間ではありませんか」
「うん、だから連れ帰りに来た。カナは俺たちの仲間だから」
「私は坊ちゃんのおそばにいなければなりません。坊ちゃんは、子供です。お子様のお世話をするのが私の役目です」
何の騒ぎですか、と女の声が響いた。男たちは直立不動で、声の主を迎えた。
三十代半ばぐらいの、小太りの女が俺たちのもとへ近づいてきた。カナを認め、露骨に顔を歪める。
「どうして欠陥品のロボットがここにいるの?」女は男をじろりとにらみ、「ちゃんと捨ててこなかったの?」
「いえ、奥様。廃棄はしました。坊ちゃんや当家の情報が外部に漏れないよう、措置も施しました」
「すみません、たぶん、俺の友達がなおしたせいだと思います」俺は深く頭をさげた。「カナは連れて帰ります。お騒がせしました」
「カナ?」女は短く息を吐き、笑った。「ロボットに名前をつけてるの? 変な男ね」
「それぐらい、大事な存在なので」
「まるで人間あつかいね。そんなポンコツを」女は虫の羽音のような、耳障りな笑い声をあげた。「ひょっとして恋でもしたのかしら。ロボット相手に」
女はさらに笑った。
「夜の相手をする機能がないのは残念ね」
俺は力の入らなくなった足を目一杯踏みだし、女の顔面に右拳を叩きこんだ。かたいものがひしゃげるような音と、血の筋をまき散らしながら、女は仰向けにぶっ倒れた。
そのあとは、滅茶苦茶だった。
俺は男たちに嫌というほど殴られ、蹴られ、投げ飛ばされた。痛みは途中からなくなり、カナを娼婦あつかいされた怒りだけが残った。その怒りも、意識の深いところへ沈んでいった。
心地よい揺れを感じ、目をさました瞬間、ひどい痛みが全身に走った。
「大丈夫ですか、有様」
うめき声に返事があった。カナの声だ。
俺はカナに背負われていた。カナの黒い髪がぼんやりと目に映る。顔をしこたま殴られたせいか、視界がおかしい。それでも、自分が走ってきた道を戻っていることだけはわかった。
「全身をスキャン致しましたが、骨折や内臓の損傷はないようです。ただ、打撲がひどく、しばらくは痛むと思います」
「そうか……ありがとう」俺は言った。「その……悪かった、カナ」
「なぜ、謝るのですか?」
「俺はカナの居場所を奪おうとした。お前はあの屋敷に戻りたがってたのに、連れ帰ろうとした。カナが思う役割を放棄させて、自分のものにしようとしたんだ」エゴをむきだしにしていた自分が嫌になる。「カナは、加奈じゃないのにな」
「あまりしゃべると、口の中が痛むのではないですか?」
「ああ……いや、そうでもない。カナが助けてくれたのか?」
「私は頑丈なだけで、戦闘用には作られていませんので」カナが悲しそうに言った。「私の仕事は、子供たちの盾になることですから」
盾になる。その言葉が重く響いた。たとえ痛みは感じなくとも、カナを盾にしてしまったことを悔やんだ。
「おろして、くれないか。盾になってもらったうえ、背負って歩かせるわけにはいかない」俺自身が、甘えきっている自分を許せなくなる。
「じっとしていてください」カナは少し強い口調で言った。「子供を守るのは私の役目……」そこまで言いかけて、口をつぐんだ。ためらいがちに、「申しわけありません、子供あつかいされるなんて、不愉快ですよね」
「どうしてそう思う?」
「昨日、そうおっしゃっていましたから」
「……いいよ、別に」俺は黙って背負われていることにした。
日差しが強い。朝から何も食べていないので、少し朦朧としてきた。痛みとあいまって、気分も悪い。水が飲みたかった。
カナのセンサーが俺の体調を敏感に感じとったのか、カナは突然話しだした。気をまぎらわせるかのように。
「有様が子供じゃないとおっしゃって、私の居場所はここじゃない、と思ったのです」カナはぽつぽつと言った。「でも、坊ちゃんの家にも私の居場所はありませんでした。だからもし、有様さえよければ──」
カナは立ちどまり、わずかに首を傾けて俺の顔を見た。
「有様の“加奈”でいさせてもらえませんか?」
俺は息を呑んだ。目の前に、大きくなった“加奈”がいるような気がした。
「カナ……加奈ぁ……!」感情があふれだす。カナの肩から垂らした腕に力がこもる。カナの肩を抱き、きつく目を閉じる。「加奈……ごめん、ごめん……守れなくて。俺は、俺は……」
「大丈夫ですよ」カナは俺の頭をなでた。「泣いてもいいんですよ。ここには、私と有様しかいませんから」
俺は声を殺して泣いた。
人はみな、子供の部分と大人の部分を持っている。
俺の中の“子供”が、“大人”の俺をはねのけて、感情を爆発させている。カナはただ、黙って俺の頭をなでてくれた。
“子供”が大人しくなったあと、俺は鼻をすすり、「お前はやっぱり欠陥品なんだな」と言った。
「自分の意思で守る相手を変えるなんて、やっぱりお前はロボットとしておかしい」
「だから私の同型機は喜ばれなかったのですね」カナは苦笑とも微笑ともとれる笑みを浮かべた。「私は幸せです。有様に必要とされているのですから」
ゴミの山を掘り進み、俺と弘は顔を見合わせた。
「またあった」俺は言った。
「そりゃあ、カナのセンサーは正確だからな」
俺と弘とカナは、ゴミ山の中から、それを引きずりだした。カナと同じ、容姿がちがうだけの子守りロボット。カナの同型機だ。
「カナ、小屋から毛布持ってきてくれ。さすがに裸で運ぶのはまずい」
「かしこまりました」
裸で捨てられていた子守りロボットを毛布で包み、俺たちは小屋に戻った。
「なおせそうか?」ベッドに横たわる子守りロボットを見ながら、俺は弘に訊いた。
「損傷が激しいな。カナみたいに無傷なものの方がめずらしいんだ」弘は言った。「修理用の部品を探そう」
「遠くに行くなら車がいるな」俺は言った。「古着屋のばあさんが軽トラを持ってたはずだ。借りてくる」
「有様は運転ができるのですか?」
「無免だけどな」
「無免許運転はいけません」カナは眉根を寄せた。
「悪いな、今にはじまったことじゃない」
「それでもだめです。今後は私が運転します」
有無を言わせぬカナの口調に苦笑した。加奈も口やかましかったことを思いだす。カナの言うことは正しいので、大人しく従うことにした。
俺たちは今、カナの機能をフル活用し、捨てられているカナの同型機を探し、再利用する業務に追われている。
「あちこちに捨てられている」という弘の話は本当だった。ゴミの山に埋まった子守りロボットを、カナのセンサーが正確に探し当ててくれた。
製品として売れるようきれいに洗い、修理をするのは大変だったが、実入りもよかった。戦争で母親を失った子供を育てたり、孤児院を運営したりするのに、カナの同型機は役に立った。定価の百分の一で売っても十分利益が出る。カナと弘さまさまだ。製造会社がすでにつぶれているうえ、この近辺では弘以外誰も修理ができないことも大きかった。競合相手のいない仕事だ。
「人間て勝手だよな」借りてきた軽トラの荷台に飛び乗り、弘が言った。「いらない、っつって捨てたのに、今じゃ売り手市場だ」
「言うな。俺だって勝手だ」俺は助手席に乗りこんだ。
「有様は私を専有してますしね」運転席でカナが笑った。「弘様が私に近づくと、嫌な顔してますよね」
「おうおう、有はいつまで経っても子供だなあ」弘がからかうように言った。「いい加減、妹ばなれしろよな」
「うるせえ。カナ、行先わかってるな?」
はい、とカナはうなずいた。
「有様」
「ん?」
「いいんですよ、いつまでも甘えてくれても。私はそのために作られたんですから」
さっと顔が赤くなるのを感じた。弘がげらげらと笑っている。
俺は乱暴にドアをしめた。
(了)
加奈とカナ 柳明広 @Yanagi_Akihiro
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