28話 おかえり瀬田さん

白み始めた空。抱えていた灰塚と位置を変わって、ユウの身体を抱き寄せると僕は静かに身を寄せる。



「日の光って眩しいね……。久しぶりに感じたよ」



ユウの笑顔の方が眩しいよ……。

そう口にしようと思った時には、ユウはゆっくりと目を閉じ再び深い息を吐く……。



「ユウ……?」


「…………」



静かに目を閉じたユウから、一定のリズムで落ち着いた呼吸の音が聞こえる。



「寝ちゃったみたいね。まぁ、身体も心も疲れがあるのでしょう」


「そうだね」



腕に抱いたユウの寝顔を見つめながら、灰塚と二人で笑い合う。



「とりあえず!みんな!本当に、本当にありがとう!みんなのおかげで大切な人を取り戻すことができた!何度でも言わせてほしい。本当に!本当にありがとう!」


ー オオオォォォォ…………!!!



周りを見渡し、深々と頭を下げる。

《 たくさんの霊たち 》が微笑みを浮かべて、強く頷き返してくれた。


朝日に照らされた《 霊たち 》の笑顔はどれも安らかで、とても輝いて視える。


次第に光は強くなり一人、また一人とその姿が光に溶けて消えていく。


少しの寂しさを感じたが、きっと皆は各々の好きな場所、各々の日常へと戻っていくのだろう……。



「霊のみんなには、感謝しかないね」


「そうね……。霊が協力してくれるなんて凄いことよ?彼らにも〈 彼らなりの未練 〉があって、この世界に残っている。それを曲げてでも、貴方に協力してくれたのだもの。貴重な時間と霊力を使って、共に戦ってくれたことはずっと、心に留めて感謝しておくべきね」


「うんっ!ありがとう!本当にありがとう!また、会いに行くよ!」



ー オオオォォォォ……


キラキラと朝の日差しに溶けていく皆へ、感謝の言葉と共に大きく手を振ると皆の歓声が一段と大きく聞こえ……そして……やがて消えた……。


あとには、僕と灰塚、《 古城さん 》とそして……〈 瀬田祐奈 〉だけが残される……。



「さぁ、帰りましょう?瀬田さんのご自宅まで、お連れしないと。瀬田さんを抱えてくれるかしら?」


「うん」



ユウを背中に担ぐと、広い公園から出ようと歩き出す。


とても、ユウの身体は軽かった。

〈 呪い屋 〉に身体を乗っ取られていたこの数年で、しっかりとご飯を食べていなかったのだろうか。

少し平均よりも細く感じた。



「軽いな……」


「そうね。〈 憑き物 〉にあった人は大体こんな感じだわ。まぁ、これからしっかりと体調を整えていけば大丈夫よ」


「そうか。仕事柄、灰塚はこういう人も知ってるんだったね」


「えぇ。〈 人ならざるもの 〉はいつでも、私たち人間の身体を狙っているもの。でも、奪ったところで霊たちの〈 未練 〉は晴らせないのだけどね」


「……そうなんだ」


「だから、貴方が羨ましいと思うわ。〈 未練 〉をしっかりと掬いとって、天へと導いていける〈 その眼 〉があることは何ものにも変え難い才よ。たくさんの人や《 霊 》を救える希望なの」



ユウの髪を掻きあげ、横顔を覗いた灰塚は小さく微笑みを浮かべると、僕に視線を移した。


その目はいつもの無表情ではなく、どこか希望の色を宿していた。


ユウの自宅の前に着いて、呼び鈴を鳴らす。

日も昇ったばかりの時間だったが、ユウのお母さんは起きていたようで呼び出しに応じてくれた。



「……っ、祐奈!?祐奈なの!?」



扉を開けて、僕の姿を認め……そして、背中に担いでいたユウの姿を見つけた瞬間……お母さんは駆け寄ってきた。



「祐奈っ!?祐奈!!」



玄関先の物音に気付いたのか、お父さんも姿を見せると同じように駆け寄ってくる。


ゆっくりとユウを下ろして、お父さんにその身を預けると僕は灰塚と共に少し離れて見守ることにした。



「あぁ……!祐奈!賢治くん……。祐奈を見つけてくれて、ありがとう」


「ありがとう、賢治くん!本当にありがとう!」


「い、いや、僕だけでは……。彼女や《 たくさんの人 》たちに助けてもらいました」



実際、自分は何もできていない。


隣に立つ灰塚と《 古城さん 》、そして今は姿の視えない《 たくさんの霊たち 》が僕の想いに手を貸してくれたから叶った念願の再会だ。


灰塚に視線を向けた両親は、涙を浮かべ何度も頭を下げる。


そうだ。僕はいつも会っていたけど、二人は数年ぶりの再会なのだ。



「さぁ、そろそろ……」


「そうだね。それじゃあ、また」


「あぁ、本当にありがとう。改めてお礼に伺うよ」



僕らはご両親に手を挙げて別れを告げると、自宅に戻る。



「お子さんの行方が知れなくなる。親からしたら“絶望”しかないわ。何とか一つのご家庭に笑顔を届けられて、よかったわね。」


「うん。灰塚、ありがとう。でも、なんで危険と知りつつ協力してくれたの?やっぱり、仕事の一環?」


「…………貴方が辛いとき、私は見ていることしかできなかった。でも、彼女が側で賢治を支えてくれたおかげで、貴方の心は平穏が保つことができた。彼女が居てくれから、色んな体験をして見聞が広がった貴方は私の話を聞いてくれるようになった。その余裕ができた。いわば、彼女は貴方と私の架け橋なの。今回の件は、彼女への恩返しでもあったのよ」



むしろ、感謝をしているのは自分の方だと小さく笑ってみせる灰塚。


人形のように整った色白い顔。人目を引く長い黒髪。


そこに重なった笑顔と素直な気持ちはどんな芸術絵画よりも美しく見えた。



「灰塚って、たまに綺麗な笑顔を見せるよね。その笑顔でみんなと話すようになれば、怖いイメージも無くなって周りも話しかけやすいだろうに」


「…………バカね。こんな顔になるのはあなたの前だけよ」



少し驚いた顔をした灰塚は、髪を指先で梳くとほんのりと頬を染めて視線を逸らす。


そんな姿すらも一枚の画のように見える。


本当、勿体ない。



「さぁ、家よ。もう一度でも寝たら起きれないでしょうから、起きていた方がいいわ」



『それとも今日は休む?』と聞いてくる灰塚に僕は首を振ると、朝の昇った空を見上げる。



「いや……。今日って日は、今日しかないから。死ぬ時に〈 未練 〉を少しでも減らせるように、今できることを精一杯頑張ることにするよ」


「……そう。貴方らしくて、素敵ね。惚れ直しちゃったわ、賢治」



口元に手を当て小さく微笑んだ灰塚は、家の前に音もなく止まった高級車に視線を送る。


初老の男性が車から降りてきた。

一緒にいた僕へ軽く微笑み会釈すると、車の後部座席を開けた。灰塚を待っているのだ。



「それじゃあ、賢治。また、学校で」


「うん。ありがとう、灰塚」


「お疲れ様。王子さま」


「ちゃ、茶化すなってば!」


「ふふ……!」



最後にキスの件で狼狽していた僕を揶揄うと、灰塚は満足気に笑って車へと乗り込む。


すぐに車は発進すると、やがて朝の涼やかな空気が広がる町の中へと消えていった……。


残された僕は小さく息を吐く、隣に立つ《 古城さん 》に目を向ける。



「よし、帰ろっか。僕らの家に」


『ーー……!(こくん!)』



古城さんの手を差し出すと、頷き返した古城さんは手を握り返してくれた。

二人で最後に達成感を噛み締めるように微笑み合うと、玄関の扉を開ける。



「ただいまー!」


「賢治さん!その歳で、朝帰りですか!?いい度胸です!ちょっと、こっちにいらっしゃい!!」


「うえぇぇー……」


「古城さんも!貴方、守護霊になったんなら、なんでもっと早くに帰らせないんですか!?」


『ーー……(だぱー……)』



まぁ、予想通りといえば予想通りの結果。


僕と古城さんは通学時間ギリギリまで、母さんからお説教されたのでした……。



『 視えるケンジと“みえない”ユウナさん 』


……完……


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大林賢治は視えている。 黒崎黒子 @kurosaki-kuroko

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