27話 荒々しき式神と黒き祓い屋

暗闇の中、一人は舐めるような視線で、一人は静かな怒りを孕んだ目で互いに睨みあっていた。


一人、狙われた女の子は僕の背中に抱きつくように身を寄せていた。



「大事な幼なじみを助けに……か。オハヤシ家らしいな……。お前たち一族はいつも、他人のために動いているなぁ。もっと、自分たちのために〈 その力 〉を活用したらどうだ?使いようによっては、“地位も富も名声も”全てが手に入るというのに……」


「どれも興味のないものだね。僕は趣味のために自分の時間さえもらえれば十分だ。あとは僅かな金と……そうだね、大勢の歓声よりも“心許せる人”が側に居てくれればそれだけで十分なんだよ」


ー キュッ!


「あ……うんっ……!」


「まったく、無欲だな……。お前もオサムも……お前たちの先祖も」



背中にしがみつくユウの方を抱き寄せると、この手の中にこそ欲しいものはあると告げる。

不意に抱き寄せられたユウは、顔を赤く染めると胸に顔を埋めて小さく頷いてみせた。


心底呆れたように、肩を竦めて深いため息を吐いた〈 呪い屋 〉は懐に手鏡をしまうと、印を結んで《 鬼 》を見た。



「《 鋏鬼きょうき 》。その色ボケのガキを取り押さえろ。その間に儂は女を消す」


『切る……切る切る切る!』


「ユウ。状況の詳細を聞いてる時間はなさそうだから、端的に聞くけど、あの〈 呪い屋 〉は何者?」


「知らない。たぶん、私の身体を乗っ取った化け物だと思うよ?完全に乗っ取るために、私が邪魔みたい」


「そっか。なら、あの“オジサン”を身体から祓えばいいってことだね?」


「う、うん……って、オジサン!?身体にオジサン入ってるの!?」


「え?見えないの?ほら、薄らとだけど輪郭がダブって視える」



『えー!?やだー!?』と両肩を抱いてユウは涙目になって首を振る。ユウには見えていないのか。


夜の影響か、はたまた《 鬼 》を呼び出したことで影響が出ているのか、僕にはハッキリと〈 ユウの身体に覆い被さるオジサン 〉の姿が視えていた。


歴史の教科書で見たことがある、烏帽子と狩衣という平安時代の貴族のような格好のオジサンがこちらを見ていた。



「ほう?何処かで修行でもしてきたのか、前に見た時より〈 霊力 〉が上がっている。この憑依術を見抜かれたのは、オサムの時以来だな」


「オサム、オサムって、前から気になってたけど、爺ちゃんとも面識あるのか?」


「奴は儂の〈 大願成就 〉の前に尽く立ち塞がってくる邪魔者だよ。そう、今のお前と同じように、な!!《 鋏鬼 》!」


『切る切る切るキルキル殺殺殺殺!!』



《 鬼 》の名を呼んだ瞬間、《 鋏鬼 》は宙へと舞い上がると、そのまま僕へ鋏を突き刺さんばかりに落ちてきた。


狙いは、ユウとの分断だろう。



「悪いね。もう離さないって決めたんだ」


「え?あ、ケンちゃん……?」


『キッ!?』



ユウをしっかりと抱きしめると、転がるように横へ跳ぶ。


狙いを外した《 鋏鬼 》は鋏を地に突き立てて立ち上がると、逃げ回る僕らを憎らしげに睨みつけて鋏を引き抜いた。



『切る切る切る…!』


「それにしても、すごい《 念 》の塊だな。実体と変わらないじゃないか。余程強い念が籠った物を触媒にしてるんだろうな」


「御明答!ソイツは儂が丹精込めて作り上げた《 呪いの塊 》だ。長い時間をかけて、呪いをその身に蓄積し《 鬼 》へと変化させたのだよ。触媒は言わずもがな、恨みの念が込められた《 鋏 》と怨み死んだ者の《 骸 》というわけさ」


「…………人を使ったってこと?なんて、おぞましいことを!」


「鬼も神も元は人から生まれ出たものぞ。奉れば、神。呪えば鬼となるのさ」



クツクツと笑っていた顔は次第に狂気に満ちた笑みへと変わる。その笑みが指すのは紛れもなく、方法は解らずとも、目の前の人間が〈 人の魂に呪詛を施し鬼と成した張本人 〉であるという証明だった。



「……自分の願いのために人をあんなにも苦しそうな姿に変えるなんて、正気とは思えない」


「くく……!それは違う。元はコイツが志願したことだよ。儂はそれを手伝ったに過ぎないのさぁ。儂は〈 呪い屋 〉。不幸を集め、他人の幸福を壊すことが生業だからねぇ?」



鋏を手にする《 鬼 》の頭をぐりぐりと撫で回すと、ニタリと笑い《 鋏鬼 》の背中を軽く押す。



『 切る切るキルキル殺殺ーーー……!! 』


「くっ……!」



まるでエンジンがかけられたチェンソーのように、大人しかった《 鬼 》は急に荒々しく叫びをあげると、鋏を振り上げ僕らに飛びかかってきた。



「まったく……ふっ!」


『切る切……ガアッ!?』



そんな身構える僕らの前にサッと割り込んだ影が一つ。


その影は長い髪を夜月に輝かせながら靡かせると、持っていた札で弾いてみせた。



「灰塚!助かった!」


「はぁ……。賢治?」



物理的に不可能にみえたが、相手は〈 念の塊 〉だ。

札もまた〈 加護 〉を現すための器ならば、それも可能としてしまうのだろう。

さすが、我らの〈 祓い屋・灰塚桃望 様 〉だ。


そんな祓い屋様は少し呆れ顔で僕へと振り返る。

何やらご立腹のご様子だ。



「賢治。何をゴロゴロと芝生で遊んでいるの?さっさと、そんな雑魚は倒してしまいなさい。寝る時間がなくなるわよ?」


「(ピクッ!)雑魚?雑魚とは聞き捨てならないな。お前。その《 鬼 》は儂が丹精込めて作り上げた《 式神 》ぞ?〈 視える 〉だけの童に、そう簡単に倒せる代物ではないが?」


「…………?」



自慢の《 式神 》を雑魚といわれ、少し気に触ったのか、〈 呪い屋 〉は眉間に皺を寄せて灰塚を睨む。


はてなと、灰塚は大きく小首を傾げると僕に振り返った。



「……賢治。この場には何人いるのかしら?」


「え?えーっと、〈 呪い屋 〉と《 鋏鬼 》と僕とユウと灰塚じゃないかな?」


「なるほどね……。じゃあ、あっているわね」



髪を掻きあげて、納得したように何度か頷くと灰塚は〈 呪い屋 〉へと振り返った。



「ごめんなさいね?私は霊が見えないの。〈 瀬田さん 〉も《 鬼 》も視界には入っていないわ。私が見えているのは、肉体があるものだけ」


「え?じゃあ、まさか……」


「えぇ。私の言っている“雑魚”とはあなたのことよ、〈 呪い屋さん 〉?」


「くくく……そうかそうか。儂を“雑魚”と呼ぶか。ふふ…ははは……っ!!はぁーー……お前ぇ!!呪い殺してやる!!」



怒髪天!笑顔から一転。

鬼のような形相に変わった〈 呪い屋 〉は、印を結ぶと《 鋏鬼 》の標的を灰塚に変更した!



「は、灰塚さーん!?なに、怒らせてんの!?」


「貴方が、ちゃっちゃっと倒さないからよ」


「だ、だって、《 呪い 》の倒し方なんか知らないんだよ?僕、視えるだけの一般人!〈 祓い屋 〉じゃないんだから!」


「はぁ……。仕方ないわね。なら、《 呪い 》は私が相手をするわ。あなたはあっちの“雑魚”をお願いね」


「え?でも、視えないんでしょ?」


「私は〈 祓い屋 〉よ?こっちが本職だわ」



鞄から長い数珠を取り出すと、口に札を咥えて印を切る。

その様は完全に玄人の風格を纏っていた。



「さぁ、貴方の相手は私よ?雑魚のお供さん?」


『き……切る切るキル殺っっ!!』



挑発を受けて、憤慨した《 鬼 》は鋏をジャキッジャキッと鳴らすと、一気に灰塚へと飛びかかる。



ー パンッ!



不敵な笑みを浮かべ、灰塚が拍手を打ち鳴らすとそれが四人の開戦の合図となった!


ユウから離れ、安全のために遠くで見守っていた《 古城さん 》に声をかける。(本人は守護霊として護る気満々だったが、僕の強い意向で離れた場所で待機していた)



「古城さん!ユウをお願い!」


『 ーー……!』


「ケンちゃんは、どうするの!?」



ユウを現れた《 古城さん 》に預けると、僕は肩を回してこちらに意識を向けた〈 呪い屋 〉へと向き直る。標的は完全に、僕が守っているユウへと定まったようだ。



「戦う。護られるばかりの人生はもうやめだ。僕を護ってくれた人たちに、ユウとその家族に、恩返ししたいんだ」


「くく……!ただ〈 視えるだけ 〉のお前に〈 呪い屋 〉である儂は止めれんよ」


「それはどうかな?やってみなきゃ」


「ふっ!……いや?分かりきっている」



ー ズ…ズズズッ……!



印を結び、地面に向けると突然、足元から無数の黒い腕が伸びて僕を地面へとうつ伏せに押し倒した。

そのまま地面に縛り付けるように、腕は僕の四肢を押さえつける。



「なっ!?こ、これ……《 黒い手 》?なんで、ここに…」


「おや?見たことあるのか?どこかで見せたか?まぁいい。これは儂が遥か昔に、《 式神 》を造ろうとして失敗した《 鬼の成り損ない 》だ。だが、十分に威力はあるのでな?とりあえず、手駒のひとつとして加えている」


「手駒……っ!また、モノみたいに!」


「モノだよ。それらに意思はないんだ。儂の指示で動く人形のようなものさ」



ギリギリと全身が軋む程に強い力で押さえつける《 黒い手 》が僕の動きを封じる。



「くっ……!それでも、元は人の魂だった!この手、一つひとつに人々の想いがあったはずだ!」


「あぁ、あったとも。救いようもない程の《 怨念 》がな?儂の式神になった者たちは皆、己が怨みを晴らすために《 呪い 》に身を堕とすことを望んだものたちだ。儂はその想いを救い〈 願い 〉を叶えてやっているだけにすぎん」


「……自ら望んで…?」



自分を押さえつける手を視て僕は思わず身を震わせる。

伝わってくるのは〈 強い怨み辛み 〉人間が持ちうる全ての負の感情がその一本一本に篭っていた。


《 黒い手 》……。


父さんの話に出てきた〈 人ならざらるもの 〉。


僕は気を失っていて知らなかったが、僕とユウが倒れている間に苛めっ子らを撃退したらしい。


話を聞いた時は、無意識な僕に手を貸したのかと思っていたけど、実際はこの〈 呪い屋 〉の差し金だったのか。



「一人一人……“想い”を〈 呪い 〉に変えて……皆、その手を血に染めた」


「自分で呪いを受け入れ、相手に復讐したってのか?」



なら、こうして未だに成仏できずに《 呪い 》に縛られ続けるのは仕方のないことなのかもしれない。

因果応報というものか。


人を呪わば穴二つというように、どんなに辛くとも苦しくとも人を呪えば、自分も当然ながらその呪いに囚われてしまうのだ……。


ならば、この〈 黒い手 〉がモノとして使われのも、は当然の報いなのか……?


僕の中に言い得ぬ迷いが産まれる。


「ケンちゃん!違うよ!ソイツだよ!呪い屋ソイツが苦しんでいる人たちを拐かして、《 呪い 》に手を染めさせたんだよ!」


「ユウ?」



後ろで聞いていたユウが、それは違うと叫ぶ。



「私見たもん!さっき、男の人が呪いに巻き込まれて殺された!自業自得っていう人もいるかもしれないけど、それは違う。誤った方法と知りつつ、それを悪びれもなく勧める、それこそが“悪”だよ!誰だって苦しかったり辛かったりしたら、奇跡を信じて藁にもすがる。それを逆手に取って!自分の目的のために利用することこそ、絶対の悪だよ!」


「絶対の悪……」


「……ちっ。うるさい小バエだ」



ー シュッ!



顔を苛立ちに歪めて、呪い屋はユウに向けて印を結ぶ。

反応した黒い手の数本が、ユウに向けて伸ばされていった。



『 っ……! 』



ユウを庇うように前に出た《 古城さん 》が黒い手に捕まり、四肢を拘束されてしまった。


掴む手がギリギリと離れていても音が聞こえるほどに《 古城さん 》を締め上げる。



「「《 古城さん 》!」」


「オハヤシの守護霊か?中々、壊れんな。オハヤシの〈 霊力 〉の影響を受けて強くなったか?まぁ、動けぬように締め上げておけば問題ない。あとでゆっくりと、四肢を引きちぎってくれる」



呪い屋がまた印を結ぶと、二本の腕が僕から離れユウへと向かって伸びていった。

障害の無くなった腕は難なくユウを捕まえると、地面に引き倒し頭に手をかけた。



「きゃっ!?がっ!」


『 ーーっ!? 』


「まずは先に女だ。そのまま首をへし折ってやろう」



指を立て、印を結んで《 黒い手 》に力を送る呪い屋。

抵抗する二人の顔に苦悶の表情が浮かび始める。



「ぐっ!うぅ……!やめろおぉぉー!!」


「んんっ!?貴様、なぜ動ける!?」



ユウと古城さんの危機に、僕は全身に力を込めると押さえている黒い手を咄嗟に掴んだ“モノ”で打ち払った!


途端に、打たれた《 黒い手 》は霧散して消えてしまう。


また別の腕が僕を捕らえようと伸びてくるが、それも打ち払うと、また煙のように消えてしまった。



「黒い手が祓われた……?お前の持っているそれは……なんだ?」


「 はぁはぁ…… 」



僕は手に持ったモノへと目を向ける。

腰に刺して隠していた〈 西陣織の袋 〉だった。

中には〈 懐刀 〉が入っているらしい。


取り押さえられた拍子にベルトから抜け落ちたものを、がむしゃらに手にして振っていたらしい。



「(あぁ……コイツの存在、すっかり忘れてた)」



また後ろからするりと伸びてきた腕に、打ち下ろすとまた霧散する。



「くっ……!なんだ、その袋は!答えろ、オハヤシ!」


「……沈黙は金だ!バカヤロウ!」


「なっ!?」



答える義理はないと、僕は纏わり憑いてくる腕を次々に打ち払うと、やがて僕を押さえる手は無くなった。


あとは、二人を捕らえている黒い手だけが残される。


迷うことなく、僕はユウの首にかかった手を打ち払うと、ユウを庇ってくれた《 古城さん 》の枷を打ち払った。



「ごほっごほっ!」


「大丈夫?ユウ……」


「あ、ありがとう、ケンちゃん……」


「いや……感謝するのは僕の方だよ。ユウはいつも、僕に大切なことを気付かせてくれる。ありがとう、ユウ……」


「ケンちゃん……?」



ユウの頬を指先でなぞる。

苦しかったのか少し涙の痕ができていた。



「お前……。僕の大切な人を泣かしたな?」


「っ……!?」


ー ドドンッ!


何処からともなく、寺で聴いた太鼓の音が聞こえ始めた。


振り返りざまに怒りを込めて〈 呪い屋 〉に目を向けると、僕の怒気にたじろいだ〈 呪い屋 〉は一歩後ずさる。


響く太鼓の音は、まるで歌舞伎で耳にするお囃子のように、その場にいる者たちの心情を囃し立てる。


僕の怒りも、呪い屋の恐れも……何倍にも増幅されていく。


ー ドドンッ!ドンッ!ドンッドンッドンッ!



「僕の大切な人を傷付けた罪……万死に値する」


「ひっ!?」


「みんな……力を貸してくれ……。アイツを……〈 中にいるヤツ 〉を懲らしめてやりたいんだ」


「太鼓……!太鼓!やめろ!やめてくれぇー!頭が割れそうだ!」



頭に響く太鼓の音に、たまらず耳を塞ぐとついにはその場に尻もちをついて倒れ込んでしまった。


先程までの余裕は消え去り、苦痛に満ちた顔で僕へと救いを求めていた。



ー ドドンッ!ドドドドドドッ……!!

ー ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!



一歩一歩、近付く僕と共に足並みを合わせ、周りに沢山の足音が響き始める。


僕に協力してくれた《 たくさんの霊たち 》が僕の想いに応えて集まってくれたのだ。



「な、なんだ…?足音が…聞こえて…気配が……たくさんの気配が……」


『「 か え せ !か え せ !瀬田祐奈を か え せ!! 」』


「ひっ!?」



皆の心が重なり、大きな声となって〈 呪い屋 〉の頭に響く。



「神憑り……」



遠くで戦う灰塚の声が聞こえた気がした……。



「ひっ!ひぃっ!?な、か、身体が動かない……!?」



ずりずりと尻もちをついて逃げ惑っていたが、突然身体が動かなくなった〈 呪い屋 〉。



「逃がさない!ここで置いていけ!その身体!」


『『 返せ……!返せ……!返せ……! 』』


「ひっ!?ひいぃぃー!?」



たくさんの手が〈 呪い屋 〉の身体に纏わりつくと、地面に押し倒し身動ぎひとつもできなくなった。


ー ズズズズッ!



『「 かえせ!かえせ!かえせ! 」』


「 ひいぃぃー!? 」



たくさんの霊たちが〈 呪い屋 〉の眼前に現れ、鬼の形相で睨みつける。すっかりと、〈 呪い屋 〉は怯えきってしまった……。



「賢治!〈 懐刀 〉を取りだして、九字切り!それで祓えるわ!」


「んっ!」



これを好機と見た灰塚が声を張り上げる。


呪い屋術者 〉との意識の繋がりが揺らいでいるせいか、《 鋏鬼 》は地面に鋏を突き立て沈黙していた。


その声に首肯で答えると、袋から〈 懐刀 〉を取り出し……鞘を抜いた……。


切っ先を《 呪い屋 》の魂が宿る〈 瀬田祐奈の肉体 〉に向けてしかと〈 目標 〉を定めた。



「や、やめ……やめろ……!き、《 鋏鬼 》!キョウキ!来い!こいつらを止めろ!」


「無駄よ。式神の使役には莫大な集中力と気力が必要でしょ?そんなに狼狽した貴方じゃ、言うことは聞かないわ」


「ぐっ!?うぅ!?クソッ!」


「〈 呪い屋 〉!お前の〈 未練 〉!ここで晴らさせ……いや、祓わせてもらう!覚悟しろ!」



《 鋏鬼 》の名を呼ぶ〈 呪い屋 〉に場は一瞬、緊張が走ったが、灰塚の冷静な解説にすぐに落ち着きを取り戻した。

気持ちを入れ直し、〈 懐刀 〉を握りしめて天高く振り上げた!



「 臨……!兵……!闘……!者……! 」


ー シュッ……!シュッ……!シュッ……!シュッ……!


「ぐっ!?がっ!?がぁっ!?があぁっ!?」



『 離れろ! 』という気持ちを全力で込めて、〈 懐刀 〉を縦横縦と交互に切りながら呪文を唱える。

それに合わせて、肉体と魂の繋がりが断ち切られていくように、苦しみ藻掻くと《 呪い屋 》は胸を掻きむしって暴れ始める。


なんとか逃れようとするも、全身を《 霊たち 》に金縛りの如く押さえつけられ逃げる術はない。



「 皆……!陣……!烈……!在……! 」


「やめっ!ろオォー!グゥアアアァァー……!?」


ー シュッ……!シュッ……!シュッ……!シュッ……!


「前……!!!」


ー シュンッ……!

ー ドンッ!


呪文と共に最後の印を切ると、同時に太鼓の音が一際大きく響いた……!



「がっ……がっ!?ガッカカカカカ……!?」


ー シュルル……!


途端に大口を開けてガクガクと震え始めると〈 瀬田祐奈 〉の口から何か赤黒いモヤが吐き出されていく……。



『ウオォォ……!コノ……!怨ミ……!ハラサデ……オクベキカァ……!』



モヤは僅かにその場に留まり呪いの言葉を吐き捨てると、まるで霞のように消えて霧散していった。



「祓えた……のか?」


「えぇ……。祓えたけど、逃がしたわね。しまった。封じる方法まで、しっかりと準備しておくべきだったわ…」



先程まで対峙していた《 鋏鬼 》はどうやら、〈 呪い屋 〉を祓った瞬間には消えてしまったようだ。


〈 瀬田祐奈 〉の身体に手を置いて、状態を確認した灰塚は小さく息を吐くと僕を見上げる。



「賢治、何をしているの?早く《 瀬田さんの魂 》を肉体に戻さないと!このままでは死ぬわよ?」


「え!?えぇ!?あ、え!?」


「えぇ!?“私”はここで、身体はそこで……え!?ど、どうしたらいいの!?重なったらいい!?重なったらいいのかな!?」



自身の身体の横で頭を抱えて、混乱状態のユウがワタワタと騒ぐ。


重なっても、たぶん起き上がれば〈 霊体 〉だけが起き上がる。


『 幽体離脱~!』みたいな双子芸がまかり通ってしまうだろう。


不謹慎ながら、少し見てみたい気がした……。


〈 瀬田祐奈 〉の顔を見れば、顔色も白く、息も弱々しい。



「どうしよう!?死んじゃう!私、死んじゃうよ!」


「灰塚!どうしたらいいんだ!?どうしたら、ユウを元に戻せるんだ!?」


「……眠れる姫を起こす方法?そんなの決まってるでしょ?」



倒れたユウの髪を、その細い指で梳くと顔をはっきりと見せる。


小さく微笑むと僕たちに視線を移して一言……


『 王子様のキスよ 』


と少し声を落として真剣な声色ではっきりと解決策を提示してきた。



「「 …………えっ? 」」



予想だにしない言葉に、僕とユウは目を丸めると間の抜けた声をあげて互いの顔を見つめ合う……。



「え?き、キスするの……?ケンちゃんと?キス~~……!?」


「ユウとキス……キスか……。キスか~~……!」



二人で見つめ合うと自然と目線が互いの唇に向く。


互いの視線に気付き、気恥しさが増した僕らは思わず見悶えた。


しばらく、互いに百面相を繰り返していたが、ここまでやってきた理由を思い返すとそんなことは次第に些細なことに思えてきた。



「は、恥ずかしいけど、でも、うん。言ってられないよね。ね?ケンちゃん……」


「そう、だね。命には変えられない。ユウ……」



再び目が合うと、お互いの覚悟は完全に決まった。


深く頷き合うと、恥ずかしさを押し殺して灰塚へと向き直る。



「ふふ……冗談よ」


「「 ………… 」」



そんな僕らを見て、灰塚はにっこりと笑うと鞄から“ 鳥居”の描かれた札を取り出してユウの胸元に置いた。



「キスなんかしなくても、この札に瀬田さんが触れて強く戻りたいと願えば、身体に入れるわ。むしろ、キスをしても何も効果はないから時間の無駄よ」


「「…………」」


「どうしたの?急に黙り込んで。早くしないと、本当に死ぬわよ?」


「「 スーッ……!僕の(私の)覚悟を返してください!! 」」


「ふふ……!まぁ、二人の百面相が面白かったという点では、意味はあったのかもしれないわね」


『『 ーーーどっ!!(笑) 』』



灰塚と霊たちの笑い声と共に、僕たち二人の叫びは白み始めた空に遠く響いていた……。


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