26話 みーつけた

雄大な山々を正面に臨み、自然豊かで緑が多い運動公園。〈 スポーツの森、略してスポ森 〉と地元民から親しみを持って呼ばれる場所に今回の事件の渦中の人物〈 瀬田祐奈 〉はいた。


公園の真ん中にあるサッカーグラウンドの真ん中に立った、〈 自分とそっくりの顔の女の子 〉の背中を睨みつけ祐奈は拳を握りしめている。



「……あなた、なんであんな酷いことしたの?」


「 ………… 」



〈 そっくりな女の子 〉はグラウンドの真ん中から空を見上げていた。ただ、月光浴を楽しむように見上げた月を見上げてうっすらと笑みを浮かべて立っていた。



「あなた、何者なの?なんで、私と同じ顔をしてるの?」


「 ………… 」


「無視しないで答えてよ!」



公園から追いついてからというもの、何度も問いかけているが、一向に祐奈の問いに答える様子はなかった。


まるで声が聞こえていないのか、まるで姿が見えていないのか、祐奈の問いかけは虚しく空に溶けるばかりだ。



「くっ……!いい加減にこっちを……!」


ー バチッ!


「きゃっ!?」


「んー……?」



ずっと無視を決め込まれていたためか、苛立った祐奈は多少乱暴に肩を掴んで振り向かせようとする。


しかし、肩に触れた瞬間、バチリと二人の間に電気が走ると祐奈の手を弾き飛ばしてしまった。


静電気などという生易しいものではない。

もっと強い衝撃が二人の間に、祐奈の手に走った。



「何か儂に触れたか?」


「な、なにこれ……」


「ふん……?虫畜生ではないか。なら、『異形』が儂に触れよったか?やめておけ。儂の身体は〈 呪い 〉によって護られている。下手に触れれば、〈 タタリ 〉にあってしまうやもしれんぞ?」



クツクツと肩を震わせながら笑うと、ゆっくりと振り返り祐奈を見る。



「異形って……失礼な!私は人間だよ!……まぁ、今は死んでるけど!」


「…………ちっ。いつまでも姿が見えんのも、腹が立つなぁ。いい加減、姿を見せたらどうだ?ずっと側にくっついている気か?気配が分かるぶん、儂も注意を削がれて気分が悪いんだよ。疾く離れるか、儂に“祓われる”か選ぶがいいぞ?」


「無視してたんじゃなくて、視えてなかったんだ……。まぁ、みんながみんな、ケンちゃんみたいに視えるわけじゃないか……」


「おい!聞こえているんだろ?いつまで、出てこないのなら、少々手荒だが無理やり炙り出してやることもできるんだぞ?」


「出てくるも何も、目の前にいるんだけどなぁ…。どうしたらいいのもう……。会話にならなきゃ、追い掛けてきた意味ないじゃん…」



むしろ、この怒りに満ちた姿を見せて、どういうつもりか問い詰めたいのはこっちの方だというのに、その方法が分からずほとほと困り果てた祐奈は頭を抱えて深いため息を吐く。



「ちっ……気配が消えんな……。いいだろう。なら、炙り出してやる。儂の〈 呪力 〉をとくと味わうがいい」



胸元から鏡を取り出すと、祐奈に向けて突き出した。

驚いた祐奈の顔が鏡に反射して写っている。



「え?私のこと、視えなかったんじゃないの?」



姿が視えていないというのに、〈 呪い屋 〉の持つ手鏡は的確に祐奈の姿を捉えていた。



「ふむ……。驚いた息遣いだな?儂が持つ鏡が的確に貴様の姿を写したことが余程意外だったとみえる。姿は視えずとも、魑魅魍魎の気配は分かる。でなければ、〈 呪い屋 〉などやれはせんよ」



驚く祐奈の顔を想像し、満足気に頷くと鏡を両手に持ち替え〈 呪いの言葉を吐き出した 〉。



「〈 照魔鏡よ!我に憑きしモノの正体を照らし出して、あばきあげよ 〉」


「っ!?眩しい…!?」



〈 呪い屋 〉の言葉に呼応するように鏡は煌々と光を放つと二人を照らした。


眩さに目が眩んだ祐奈は光から目を逸らすと、慣れない目で憎らしげに睨みつける。



「な、なんなのもう……」


「みーつけた……。魑魅魍魎の類いかと思ったが……くくく……!なるほど、これは面白いものが出てきたな」


「なに?え?」



正常に戻りかけた目を声の方に向けると、〈 呪い屋の女の子 〉は面白いものを見つけたように不敵な笑みを浮かべて祐奈を見つめ返した。


そう。見つめ返した。


先程までいまいち合わなかった視線が今はバッチリと合うのだ。


たしかに、〈 呪い屋 〉は祐奈を一人の存在として認識していたのだ。


「み、見えてるの?」


「あぁ、見えているぞ?お前、〈 この身体の持ち主 〉だな?」


「この身体の持ち主……ってことは!やっぱり、その身体は私の身体だったんだね!?私、死んでなかったんだ!」



死んだと思っていた自分が、まさかまだ死んでいなかったいう吉報に祐奈は歓喜の声をあげた。


また、それを見ている〈 呪い屋 〉も同じく何度も頷いて喜びを噛み締めているようだった。



「ウンウン……。いやー……探した探したよ。これほど、苦労させられたのは何十年ぶりか。いくら、お前を探せども姿を表さぬから、ほとほと困り果てていたのだよ」


「私を探してたって……あ、そうか。あなた、私の姿が見えなかったんだよね?もしかして、身体を返そうとしてくれたの!?」


「ふふ……返す?これはおかしなことをいう。この身体は最早、儂のものだ。長年連れ添ったことで、この身体と儂の精神は強く結びついておる。今や、お前よりもこの身体は儂に馴染んでおるわ。今更戻ったところで、その魂とこの身体が結び付くことなどない。自分のものとして指一つ満足に動かせず、魂だけが宿る……まるで肉の牢獄と化すだけよ」


「そ、そんな……」



〈 呪い屋 〉は残酷な事実を含み笑いながら祐奈に告げると、印を結ぶように二本指を立て息を吐いた。



「かといって、安易に貴様を放置することもできんのだよ。〈 呪 〉は色々と複雑で繊細でな。やはり、産まれながらに結ばれた“魂と肉体”は磁石のように引き合い元のカタチに戻ろうとする。その度に、こちらは弊害が発生するんだ。やはり、〈 完全なる乗っ取り 〉のためには“真の魂”は消えてもらわんといかんのだよ」


「え!?ま、まさか…私を探してたのって!?」


「おうさ。儂がこの身体を完全に手に入れるために、“お前”に消えてもらうためよ!来やれ!我が式よ!」



ぐっ!と手に力を込めると、〈 呪い屋 〉の身体の中の気が一気に膨らむ。するとどうだ、ずるりと身体か何やら黒いモヤのような影が抜け出るとみるみるうちに形を帯びて〈 呪い屋 〉の隣に浮かぶではないか。


首も軽く切り落としそうな大きな裁ち鋏を両手で持ち、般若のように角の生えた色白の顔が、ギロリと目の前の祐奈を睨みつけていた。



「ひっ……!」


「《 鋏鬼きょうき 》。儂の使う鬼神で屈指の《 怨念 》の強い鬼女でな。呪った相手の命を切り捨てるまで執拗に追いかけてくれるとても便利な式だよ」


『 切る…切る…切る…切る… 』


「(凄い殺気だ。こうして、相対してるだけで足の力が抜けそうだよぉ……)」



純粋で明確な殺意をぶつけてくるに、《 鋏鬼きょうき 》と呼ばれた女に祐奈は思わず足が竦む。


とても、こちらの説得に応じる相手には見えない。


ただ『切り刻んで怨みを晴らす』という一念だけで、自分を見ていることに思わず身震いしてしまった。



「(ま、まずい……このままじゃ、消されちゃう……!に、逃げないと!逃げないと!)」


「逃げようとしても無駄だぞ?お前は“照魔鏡”の光を浴びてしまったんだ。“呪い”により、どこに隠れようが姿を消そうが、手に取るように儂には貴様の居場所が分かる」


「っ……!」



この場から離れようと、少し後退った瞬間〈 呪い屋 〉は含み笑いながら、鏡を見せてきた。



「(逃げてもダメって。かといって戦おうにも、相手はあんな大きなハサミ持ってるし……どうしよう…どうしよう…)」



周りを見回すが、グラウンドの真ん中にそんな都合のいい物が落ちているわけも無い!



「左様ならば、消えて戴くとしようか」


『 切る切るキルキル……!! 』


ー ジャキッ!ジャキッ!



「っ!」



祐奈の恐怖を掻き立てるように、鋏の具合を確かめる鬼神は弓なりに背中を反ると勢いよく祐奈へと襲いかかった!


祐奈の細い首に、目掛けて大バサミが迫る!

その刹那、踵を返して逃げようとした自身の足が絡まり、転けてしまった。



「ひっ!?」


ー ジャキッ!



祐奈の真上を、大バサミが通り過ぎる。



『 切る…切る…切る…! 』


「ほぅ?転けた拍子に運良く避けたか。まるで、三文芝居のような偶然だな。だが、それもまた恐怖を上塗りしただけに過ぎない。いくら逃げても、いくら助けを呼ぼうともお前は助からない。なぜならば、お前の声は誰にも届かないのだから!お前は〈 魂だけの存在 〉なのだ!お前の叫びは虚しく!空虚に!この星空の片隅で塵となって消え去るのだよ!」



満点の星空と月へ両手を広げて、まるで舞を踊るように回って見せるとニンマリと……本当なら可愛らしい笑みを浮かべるはずだった顔を醜悪な笑みに変えて、逃げ惑う祐奈を見下ろした。



「う、うぅ……」


『 切る…切る…切る… 』


ー ジャキッ!ジャキッ!



再び、祐奈の背後で大バサミの音が響く。



「助からない…声が届かない…私が…霊だから…?」



転けたのに痛みもない、血も出ていない足を見て涙が零れる。そうだ。自分は他の人から見えない。

いくらここに誰かが通りかかろうとも、その人に気付いてもらうことすらできない。


ならば、《 同じ霊 》ならどうかと思ったが、それも無駄なこと。


賢治と過ごしてきた中で知った《 霊たち 》の性質を。

基本的に《 霊たち 》は他の霊への関心がないらしい。


自身の〈 未練 〉と向き合うことで手一杯なのだ。


《 同種 》に興味はなく、自身の〈 未練 〉を晴らしてくれる〈 生きた人間 〉にしか関心が向かない。


そもそも、祐奈にはなぜか《 霊 》の姿が視えない。


《 生粋の死霊 》と《 なり損ないの生霊 》では、見ている景色が違うというのだろうか。


そんな視えない相手に助けを求めることなど到底不可能なのだ。


様々な手を思考して、この状況が覆すことができる人といえば、やはり一人しか思い浮かばなかった。


大切な幼なじみ〈 大林賢治 〉。

きっと、今の祐奈の声が届くのは彼だけなのだ。



「(助けて…助けて…!ケンちゃん…!)」



ー ズンッ!



「っ!?あ……」


『 切る…切る…切る…! 』



足腰が立たず、地面を這うよう逃げ惑っていた祐奈の背中に《 鋏鬼 》が股がると、地面に押さえ付ける。

そうして、ヒタリとその首を挟むように鋏の刃が当てられた。


この身に肉も無ければ骨もない。

念の塊のような身体だ。

紙を切るよりも容易く切られてしまうだろう。



「や、やだあぁー!離れて!離れてよ!」


『 切る切るキルキル殺殺……!! 』



獲物を捕え、歓喜に満ちた声が上から聞こえる。



「助けて!いや!いやぁぁぁぁー!ケンちゃーーん!」


『切る切るキルキル殺殺殺殺殺殺……!!』


ー ジャキッ!



祐奈の叫びが公園に木霊したのと、鋏の閉じられた音が響いたのはほぼ同時のことであった……。


ー ジャキッ!

ー ドサッ!


閉じられた鋏の音……。



「あ……」



痛みを想像し、思わず目を閉じた。

でも痛みは感じなかった。


そうか……自分はもはや死んでいる。

肉体のない私には痛覚は無ければ、痛みもない。

あるとすれば、〈 イメージからくる痛み 〉か。


ない腕が痛むような“幻肢痛”と似た感覚で、私の首は“切られた感覚”をこの魂で体験することになるのか。


まるで、呆気なく切り落とされた花の頭のように、私の頭は地面に落ちるのか……。


いや……?


そういえば、達人が斬った花は斬られたことを気付かず数日生きるとか。


これはなんだったか…賢治が呼んでいたサムライ漫画にそんな場面があったような……。


ならば、私も今はもう“切られている”のかもしれない。

切られいることに気付いていないだけなのかも……。


ならばもう、首は落ちる寸前……痛みも感じる暇もなかっただけなのかもしれない。



「( ………… )」



もうやがて来るかもしれない“イメージ痛みか衝撃”にしばらくの間、身構えていたが、一向にその感覚が訪れることはなかった。



「(…………あ、あれ?)」



やはり、肉体のない私に痛みなどないのかとゆっくりと目を開けると、目の前にはグラウンドに敷かれた芝生が見えた。


はっきりと、芝生が見える。

そして、恐怖から目を逸らすために目隠ししていた自身の手のひらも見えた。



「(首は……切れてない?)」



首に手を当ててみる。

ずるりと落ちることも無く、首はしっかりと繋がっていた。



「なんで………………えっ!?」



背後に立っているだろう《 鋏鬼 》へと振り返り、祐奈は言葉を失った。



「はぁはぁ!ま、間に合った……!」


『切……る切る…切る…切……る!』



顔を上げた先に〈 大林賢治 〉が、祐奈を守るように両手を広げて立っていたからだ……。



何があったのか、恐れから地面に伏せてしまった祐奈は知らなかった。


隙だらけになった首が《 鋏鬼 》によって、切り落とされそうになっていた刹那……駆けつけた賢治が、がむしゃらに体当たりをした事で《 鋏鬼 》が吹っ飛ばされたことを。


その弾みで鋏が閉じて、ジャキッ!と小気味よい音が響いたことを、祐奈は知らなかった。


しかし、賢治が祐奈の危機を救ったことは状況を見れば一目瞭然であった。


まさに間一髪。


駆けつけた賢治によって、祐奈の首は守られたのである。



「ケンちゃん!」


「はぁはぁ!ユウ、大丈夫?怪我はない?」


「う、うん」


「そっか。よかった」


『切る……!切る切るキルキル!』



立ち上がった祐奈を後ろ手に庇い、賢治は《 鋏鬼 》と対峙する。


起き上がった《 鋏鬼 》は二人を見ると、二三度ハサミの具合いを確かめて二人へと飛びかかった。



「《 鋏鬼(キョウキ) 》、待て」


『切る……』



かけられた声に、鋏の切っ先を二人に向けたまま《 鋏鬼 》はピタリと動きを止める。


声の方に目を向けると、〈 祐奈そっくりの女の子 〉がクツクツと笑いながら歩み寄って来た。


キュッと握られる服の袖。

祐奈の恐れが、震えが服を通して大林賢治に伝わった。


祐奈をここまで追い詰めたものは、間違いなく目の前の〈 そっくりな女の子 〉であることを、大林は初めて理解したのである。



「なるほど…父さんの言っていたヤツはお前のことか……」


「フフ……!誰かと思えば、オハヤシ……ではないか。こんな夜更けに、こんな人気のない場所で何をしている?子供はもう寝る時間だぞ?」



賢治の身を案ずるような言い回しをしているが、その目に浮かんだ色は全くの逆。


まるで、獲物を狙う蛇のような視線が賢治と、その後ろに隠れる祐奈へとねっとりと絡み付いていた。


思わず身震いする祐奈の手にそっと手を重ね、大丈夫だと言い聞かせると賢治はキッ!と鋭い眼光で〈 そっくりな女の子 〉を睨みつける。



「僕は前に名乗ったぞ?お前は何者だ?」


「儂か?儂は〈 呪い屋 〉だよ。呪い屋の〈 瀬田祐奈 〉だ」


「…………そうか。呪い屋。だから、そんなに禍々しい気配が全身に纏わり憑いているのか」


「ほう……禍々しい気配、とは?生憎と儂は鈍感でな?その《 蒼眼 》にどんなものが視えているか実に興味深いのだが、教えてくれまいか?」


「鈍感と無視は別物だよ〈 呪い屋 〉。それだけの《 怨念 》だ。こうして、相対してるだけで気分が悪くなるのに、当人であるその身になんの影響もないわけがないだろ」



永久の時を過ごし、姿かたちも忘れた“それ等”はドロドロとした《 怨念の沼 》のようなものになっていた。


《 異形 》と呼んでいた夜を跋扈する魑魅魍魎の類いよりももっと純度の高い《 怨念 》が溶け込んだヘドロのようなものが〈 呪い屋 〉の周りに纏わり憑いていた。



「くく……!ご心配痛み入るな。だが、〈 呪い屋 〉はこれくらい普通さ。大したことは無い。それで?お前はここに何しに来たんだい?まさか、儂の邪魔をしに来たわけじゃないだろう?」


「そんなの決まってる」



ぐっ!と握りしめた拳を〈 呪い屋 〉へ突き出し、口元に笑みを浮かべた大林賢治は堂々と宣った。



「僕の大切な幼なじみを助けに来たんだ」


「ケンちゃん…」


「ほう……?」



いつの間にか大きくなっていた背中。

祐奈はこれまでに感じたことがないほど、その背中に強い安堵を覚えるのだった。



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