第5話 イタリアで

「理想的な死に方、ですか? あ、寿命はどれくらいがいいとか、もしも地球が終わるならとかでもいい? 噂に聞いてたよりだいぶ幅が広がってますけど。まぁ、君が良いなら。そうだね。イタリアで死にたいかな。前々からいいなと思っていたんだよ。人生の最期だけじゃなくて、できるだけ早く向こうに住みたいかな。......あぁ、君も留学の話を聞いたんだね。そうそう、学費が安いんだよ。うちの大学より遥かにね。寮が用意されてるから、衣食住の心配はよっぽど無いかな。英語は結構得意な方だし、今イタリア語も勉強しているよ。知識は持っているに越したことはないだろう? 足りないよりかは持て余す方がいい。日本から飛行機で片道十二時間くらい。僕はこれと言ったアレルギーもないしね。多分、すぐに慣れるよ。文化の違いは多少あるだろうし、今僕にお金がかかっているけれど、留学が終わっても、人生の残り半分くらいは向こうで生きたいな。......おや、君もイタリア語を取っていたんだね。そう、あの先生は愉快で楽しい人だよね。あの人から話を聞けば聞く程、僕はイタリアのことが好きになるよ。京都みたいに、丸ごと全部が歴史的価値のあるものばかりで、でもきっと京都で感じるような興奮とはまた別のものを感じるんだろうな。今から楽しみで仕方ないよ。ああ、ごめん。これじゃあ君の質問が霞んでしまうね。......別に僕は、埋葬でも火葬でも構わないんだけど。機能しなくなった自分の身体の処理の仕方については、あんまり興味はないかな。僕の中で重要なのは、イタリアで死んで、イタリアに墓を作ることだから。知っているかな。イタリアのお墓には、生前その人が情熱を捧げたものについて刻まれているんだ。......お墓参りって、楽しくないだろう。嬉しそうにするのもどうかという話だけど、誰かが大事にしたものが、自分の死んだ後もちゃんと残るのって素敵だと思わないか。ほら、人が最初に忘れるのは声って言うだろう? その後がなんだったか......覚えていないけれど、その人の香りとか顔とかが全部朧げになっていく。でもそれって仕方のないことで、死んだ人を忘れたくないっていう気持ちはわかるけど、そこにばかり目を向けなくてもいいんじゃないかと思うんだ。その人の存在は、多分その人の名前を覚えていられたら十分で、あとはその人の人生を、残された人は覚えておくべきなんじゃないか。だって、容姿や声って、その人を判別するものではあるけど、その人の人生を形作るものではないから。僕も、僕の容姿とか、僕の声とかを覚えていてもらうよりも、僕の名前と、僕の人生を、誰かに知っていてほしいんだ。だから、僕の答えは『イタリアで人生を終えたい』だ。......これでよかったかな。時間は? 大体いい感じ? よかった。ふふ、最初はすごいことを聞いてくるなと思ったけど、こうやって改めて自分のやりたいことが話せたのは楽しかったよ。良い機会だった。それじゃあ、ありがとうございました」

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シェルター 鯉川夏代 @natsu_ko

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