真夜中の運び屋~このコンビ、ダメな意味で有名人!?~

浦科 希穂

真夜中の運び屋~このコンビ、ダメな意味で有名人!?~

「あの〈異端児コンビ〉に遭遇しても絶対に目を合わせるな。奴らに関わるとろくなことがない」


 いつしかそれがこの業界の暗黙のルールとなり、そして、俺たちに貼られた警告文になった。


 俺たち〈異端児コンビ〉と言えば、この運び屋業界ではちょっとした有名人だ。

 まあ、俺たちと言うよりは特にうちのボスが、だが。

 ボスと言ってもこの業界の本当のボスってわけじゃない、俺が勝手にそう呼んでいるだけだ。


 ボスと出会ったのは、まだ俺が洟垂はなたれ小僧の頃で、当時の俺は所謂いわゆるいじめられっ子ってやつだった。

 他とは少しばかり違った容姿を持って生まれてきたせいで、仲間からはよく笑い者にされていた。

 子供というのは恐ろしいもので、面白ければ何でもありだと思ってる節がある。

 自分たちが楽しければそれでいいなんて、奴らからしてみればせいぜい遊びの延長だろうが、そこに、相手がどんな思いをしてどんな風に傷ついているかなんて、考える余地もないらしい。

 とんでもねえ程の観察力と想像力の欠如だ。

 そして、そんな時大人は決まってこう言う。――自分がされて嫌なことは相手にもするな、ってな。

 でも、コレちょっと違う。だってそうだろう? されて嫌なことなんてそいつだけのものだ。何が嫌で何が好きかなんて千差万別。

 だから、知ろうとしなきゃいけないわけだ。相手がどんな奴で、どんなことが嫌いで、どんなことが好きなのか、それをきちんと観察して知った上で、そっから想像するんだよ。

 ああ、こいつはこうしたら嫌がるなとか、こうしたら喜ぶなって。

 それが出来ねえ奴程、こうして簡単に人を見下して笑い者にするんだ。

 そんでもって、そんな奴に限って大人になった時ケロッと忘れてやがる。これほど卑怯なもんはねえよ。

 こっちは一生覚えてんぞ。お前の顔もお前の笑い声も、お前の一挙手一投足全部な。

 しかしまあ、当時の俺も俺で、どんなに酷い目にあわされようが泣くことしか出来ない野郎だったってわけさ。


 あの日も、俺は当然のようにいじめられていた。

 いじめっ子数人に囲まれながら、つつかれて笑われて馬鹿にされて、それでも何も出来ずに泣きべそをかいてる時だった。

 それは突然起こった。

 からかっていた奴の一人が俺の目の前から突然姿を消した。そんな訳ないと思うだろ? でも本当に消えたんだ、一瞬で。

 唖然と消えた空間を見つめていると、取り巻きの奴らも次から次へと姿を消していく。

 俺は何が起こったか分からず、パニックにおちいって言葉も出せずにただ震えていた。

 そしたら、次の瞬間、消えた奴らが全員空から降ってきた。

 俺は叫んだね。だってそうだろ、さっきまで笑ってた奴らが鈍い音を立てて地面に激突してくるんだぞ。あれほどの恐怖映像はそうそうねえよ。

 で、そこに現れたのがボスだった。

「おお! こんな所に居たのかね、随分と探し回ったぞ相棒君。さあ行こう!」

 相棒? さあ行こう? ちょっと何言ってるか分からない。


 聞くが、突然現れたおっさんに奇妙なことを言われながら手を差し出されたとして、果たしてその手を取る奴なんているか?

 答えはノーだろ。

 固まっている俺を見て、おっさんは「んん?」と首をかしげて言った。

「分からんか、では言葉を変えよう。君を助けに来た」

 ますます分からんわ。

「マ、ママに知らない人には付いていくなって言われてるから……」

 何とかそれだけ言ってその場を去ろうとしたが、おっさんはニヤリと笑って言った。

「君も空を飛んでみるかね?」

「……」

 こいつ大人げねえ。子供相手に堂々と脅してきやがった。

 なあ? こんなの諦めるしかなくないか? こちとら、いじめられて泣きべそかいてた子供だぞ。

 だから、結果的にはとんでもなく怪しいおっさんのその手を取る羽目になった。だって、空飛びたくなかったもん……まあ、後々空飛んだけどな俺。いや、その話はまた今度にしよう。

 そうして、その日から俺をいじめる奴はぱったりといなくなった。そりゃそうだ、後ろに奇妙なおっさんが四六時中張り付いてたんだからな。自分で言うのもなんだが、絶対に怖えよ。

 でも、ちょっと嬉しかった。いじめが無くなったっていうのもそうだが、誰かが隣――後ろだけど――にいるってことがこんなにも心強いとは思ってもみなかったから。


 そんなことがあったもんだから、ボスは俺にとって大恩人ってわけだ。

 まあ、あの時はこうして自分が運び屋になるなんて微塵も思ってなかったけどな。

 あれから15年、破天荒なボスに振り回されながらも、俺は何とかこの仕事を続けている。

 因みに、運び屋と言ってもそんじょそこらの配達員とはわけが違う。

 俺たちは誰にも気付かれることなく、指定の場所に指定のブツを運ぶことだけに特化した運び屋集団だ。

 勿論、表社会には決して顔を出さない。所謂いわゆる裏社会の運び屋ってわけ。

 おきては簡単、絶対に人に見られるな。ただこれだけ。

 だから、この取引は人々が寝静まった真夜中にしか行われない。

 俺たち〈異端児コンビ〉はこの任務を完璧にこなせるエリート集団の中でもトップクラスの成績をおさめている。

 ボスは破天荒だが、やる時はやる男だ。あ、いや、やるじじいだ。

 そうして、今宵も手元のリストを全てクリアしていった。

「さて、次が最後じゃ。リューストンアベニュー56番地に行ってくれ」

「……?」

 俺は眉をひそめた。

 任務はさっきのが最後だったはずだ。この俺がリストを見逃すわけがねえ。

「ボス、そこはリストに載ってねえぞ」

「なあに、くれくれと五月蠅いんでな、黙らせにいくんだよ」

「……」

 出たよ。ボスの気まぐれ、思い付き、名前は何だっていいが、この人は本当に好き勝手に生きている。

 それで毎回上に怒られるんだが、ボスはそんなこと全く気にしちゃいない様子だ。

 そればかりか、挙句の果てには「顧客ファーストなんて、わしあがめられちゃう」なんて、火に油を注ぐだけ注いで逃走するらしい。

 丁度こないだも、あいつをどうにかしろと上に泣きつかれたが、いや、俺がどうにか出来るわけねえだろ。とりあえず苦笑いして俺も逃げといた。

 だから、まあ、こんなことは今に始まったことじゃない。俺はただボスに従うまでだ。

「で? 今回のブツは?」

 辺りを見回すがブツらしきものは何処にも見当たらない。

「心臓一つ」

「は?」

 俺は耳を疑った。なんだって?

「……それ、上に許可取ってますか?」

 驚き過ぎてつい敬語が出てしまった。いや、驚きもするだろう。ブツが臓物なんて聞いたことねえよ。そんでもって誰の心臓だよ。いや、聞きたくねえよ。

「取ってたらリストに載っとるわい」

 ボスは当たり前のことのように言って笑った。

 笑ってる場合かよ。前代未聞だぞ。耳奥でお上様の怒鳴り声が聞こえた気がした。

「はあ、俺は知らねえからな」

 俺は呆れながらも、ボスに言われた場所へと足を向けた。


 リューストンアベニュー56番地

 でかくもなく、小さくもない、どこにでもありそうな普通の一軒家だった。

 電気は消えている。窓からそっと中を覗くと中年の夫婦が仲良く並んでベッドで寝ていた。

 穏やかそうなその寝顔からは、とても臓物を欲しがりそうな人物には見えなかった。

 ますます混乱する俺をよそに、ボスは「さてさて」と手をこすり合わせると、胸ポケットから小さな光を取り出した。

 俺がその光景に目を奪われていると、ボスはずんぐりとした指でその光をピンと弾いた。

 すると、それは窓めがけて一直線に飛んで、寝ている女の腹に吸い込まれるようにして消えていった。

「さあ、これでようやく静かになるぞ! 帰って一杯やるとしようじゃないか、ホームズ君」

「……」

 それを言うなら、ワトソン君な。あと声がでけえ。

 天然なのかボケなのか分からないその発言を無視しながら、俺はさっさとボスを乗せて、逃げるようにしてその場から出発した。


 帰り道、ボスはしばらくご機嫌な様子で鼻歌を歌っていたが、何かを思い出したように突然口を開いた。

「そうだ! あの子はわしに似て心優しい子になるぞ! それも飛び切り美人のな!」

「……」

 自分で言ってりゃ世話ねえよ。あと、あんたに似たら大変だ、絶対に似ないことを祈る。

「しょうがねえから、今年は俺も一緒に怒られてやるよ」

「ふぉっふぉっふぉ」

 満足そうに笑うボスを見て、なんだが俺まで嬉しくなった。まあ、そんなことは絶対に言ってやらねえけどな。

 最後に、俺は少しだけ後ろを振り返って微笑んだ。


 ったく、大切に育てろよ。――メリークリスマス。

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