第47話 久しぶりの二人きり✖お月見的な✖ありがとう。


「それではわたくし達は天界へ戻りますね。一平さん、焼肉をごちそうさまでした。あんなにも楽しく夕食を食べたのは久しぶりだったような気がします。また、焼肉パーティーやりましょうね。今度はわたくしもお肉を焼かせていただきますわ」


 すっかり酔いの冷めたアイシアが、いつも通りの御淑やかさで辞去を口にする。

 肉を焼くのは大いに構わないが、アルコールはどうにかしてほしい。別人格のアイシアはやたらと俺にまとわりついてくるので、どうにも調子が狂う。しかもちょっとエッチ属性が付与されるので、俺のムスコがざわめていしょうがない。


 なんて理由でアルコールを断ってなどと言えるはずもなく、俺は――、


「おう、俺一人だと焼くのが大変だからそのときは頼むな」

 

 と返すに留めた。


「ふん、地上の人間が天界の女神のために奉仕するのは当然の役目なのです。拙者は手伝わないのです。食って食って食いまくるだけなのです!」

「別にいいが、食べた肉分の金は払えよ。あと家で過ごすならショートタイム一〇〇分で三五〇〇円、休憩三時間で六〇〇〇円、宿泊なら九〇〇〇円になるからよろしく」


「ほわっ!? な、なんで、拙者だけ金取られるのですっ!? さ、差別なのですっ! 女神差別なのですっ!」


「地上の人間が云々とか差別したのそっちだろ。つーかこの家にいる限り、立場は俺のほうが上だ。そこんとこ、弁えてもらおうか」


「くっ! ぐぬぬぬぬぬ……っ!」


 悔しそうに歯ぎしりをするアスリコット。

 猪突猛進だからなのか、いざ、正論で言い返されるとうまく対応できないようだ。あんまりいじめるのも可哀そうだから、「嘘に決まってんだろ。金なんか取らねーよ」と言ってやる。

 

 するとアスリコットがコロっと表情を変えた。


「ぬははっ! 当たり前なのです。山田一平に払う金などびた一文ないのどぇすっ!」

 

 来んなっ。お前もう二度と来んなっ。


『いっぺーさん。アフェクション波でおはなしできるように、これからもいっぺーさんちにきてもいいですか?』


 ウィンウィンがおずおずとノートを見せてくる。


「あったり前だろ。俺も早くウィンウィンと会話でやりとりしたいから、いっぱい来てくれよな」


『やったぁ\(@^0^@)/。たくさんきますねっ』


「おう。ウィンウィン、それとアイシアはいつでも来てくれよな」


「拙者はっ!?」


 こうして三女神は天界へと戻っていった。



 ◇



「なんかこう、急に静かになると寂しいよね」


 天聖陣で三女神が天界に戻るのを、手を振って見送っていたファイナがつぶやく。


「三女神に四聖獣がいてあれだけ騒がしかったもんな。それが全部いなくなれば静かにもなるだろ」


「だよね。家が広いからなおさらそう思っちゃうかも。でも……」


「でも?」


 横を向いていたファイナが、俺と対面するように体の向きを変える。


「やっと一平と二人きりになれたーって思ってる自分もいる」


 ホッと一息つけるような、あるいは安らぎを得たようなそんなファイナの面様。

 普段、見ることのない新たな表情に俺の心臓が早鐘を打つ。

 

「そ、そうか。よくよく考えたら、同居を始めた最初の日以外は誰かしら一緒にいたもんな。確かにこの時間はやっと二人きりになれたって感じだな」


「うん。……ねぇ、一平さえよかったら一緒に、お……」


 ファイナがもじもじしながら、何か俺に頼もうとしている。

 

 一緒に、お……? 

 ――え? まさか、《一緒にお風呂に入ろう》》とか誘おうとしているのか……っ? まあ、二人っきりで同居しているし、別にありえないシチュエーションでもないよな。むしろ十代男女の同居四日目なら、とっくにやっておかなきゃいけなかったムフフなイベントだろ。

 

 俺とファイナが体を洗いっこしている映像が脳裏をよぎる。もちろん大事なところには都合よく泡がついていたり、湯気で見えなくっているが、ファイナの形のいい胸とお尻は――って、おいバカ俺っ。そんな妄想フラグ立てちゃったら、


「お月見しない? 縁側で。今日、すごいまんまるなんだよ? お月様」


 ほら見ろ、お約束を踏襲しちゃったじゃんっ。

 妄想通りにしたかったら妄想フラグ立てちゃダメなんだってっ。お前は漫画やゲームやラノベで一体何を学んできたんだよっ!?


「どうかしたの? 一平。なんかすごい悔しがってるけど」


「いや、いいんだ。どうせ、神雷の裁き食らってただろうし」


「??」


「それで、お月見だっけか」


「うん。すごいまんまる。えっと、ああいうのなんていうんだっけ……臨月?」


 お腹はまんまるだけれどもっ。


「ちげーよ。それは赤ちゃんが生まれる予定日までの一カ月を指す言葉だよ。満月だよ、満月」


「あ、そうだっけ」


「それとお月見ってのは一年に一回、最も明るくて丸い満月を見る行事のことを言うんだ。だから今からするのは、単に〝縁側で満月を見る〟だな」


「へぇ、そうなんだ」


 本能寺の変の真実を知っていたり学校の勉強がそこそこ得意で、地球に関する知識は豊富なファイナ。のはずなのに、知ってて当たり前のところで無知を披露したりもする。

 なんとなく安心する俺。地球、しかも日本における常識の部分では負けたくないという、変なプライドゆえだった。

 

 こうして俺は縁側で茶をすすりながら、ファイナと一緒に満月を見る。

 ただそれだけのこと。だけど俺はそこに幸せを感じる。

 だから俺は――

  

「お茶、ちょっと冷ましてくれたんだ」


「ああ、ファイナは猫舌だからな」


「ありがと。ちょうどいい温度かも」


「なら良かった」


「ねえ」


「なに?」


「異世界行く気ある?」


「ない。全然、ない」


「うん、分かった」


「ああ、そうだ」


「なに?」


「ありがとな、俺と同居してくれて」


「……うん」


 本当にありがとうな。俺を物語の主人公にしてくれて。


 例えここでその物語が終わったとしても、後悔はない。

 俺にとってこれはハッピーエンドであり、あるいは壮大なラブコメのプロローグでもあるのだから――……。



「私の名前はファイナローゼよ。イフリートを従いし烈火れっかの魔法を操る麗炎れいえんの女神、ファイナローゼ。これからずっとよろしくね、一平」


「ああ、これから末永くよろしくな、ファイナローゼ」



 第一部・完

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勇者なんだけど異世界転移を断ったら美少女女神に押しかけ同居されました。 真賀田デニム @yotuharu

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