お母さん今日は新種のウイルスになったの

 たかしへ。


 毎日手洗いうがいをして健康には気を使っていますか。

 ご時世がご時世だから、感染予防対策はしっかりなさい。

 いつも家の中にいるから感染経路がない、なんて油断しきってるんじゃないでしょうね?

 ウイルスなんて目に見えないんだから、どういう経路であなたの元までやってくるかわからないわ。

 あなたが思っているよりも数倍・数十倍も厄介なのよ、たかし。


 ところでたかしはブームや流行、トレンドといったものには詳しい方でしょうか。

 お母さんも若い頃はミーハーな女の子だった時期があるので、世間の流行には敏感な方です。

 お母さんの頃だと、ポケットサイズの育成系ゲーム機とか、ポケベルなんかね。

 でもね、お母さんもいつだって若々しくてキラキラ輝いていたいの。

 若い人たちに負けないように、世間の流行には乗り遅れないようにしたいんです。

 だからお母さん頑張ったわ。

 お母さん今日は新種のウイルスになったの。

 ただのウイルスじゃないの、新種よ新種。

 ウイルスは変異しやすいとかいうけれど、そういったレベルじゃないのよ。

 だってただ流行に乗るだけじゃ新鮮味というか、オリジナリティがないでしょう?

 お母さんいつでもいつまでも輝いていたいのよ。


 名称は仮にお母さんウイルスとしておくわね。

 感染した際の症状をたかしにだけ伝えます。

 誰かに漏らしたらたかしの秘密をご近所さんにバラしますよ。


 まずお母さんウイルスは感染から発症までの潜伏期間が約1日です。

 お母さんはウイルスだけれども鬼じゃありませんからね、1日くらいは余生を楽しむ猶予を与えます。

 その限られた1日を無自覚無症状のままに好きに使いなさい。


 潜伏期間を終えたらお母さんウイルスのターンです。

 楽に死ねるとは思わないでくださいね。

 まず初期症状として、38度以上の高熱が出ます。

 それに伴い強い倦怠感、筋肉の疲労感、吐き気、頭痛などが生じます。

 それが約10時間程度続いた後、激しい関節痛と眩暈、体毛の異常成長などの症状がみられます。

 体毛と言えば、たかしの部屋はいつ掃除をしてもたくさん縮れ毛が落ちていますね。

 上記の症状が更に半日ほど続くと筋肉の硬直や痙攣が発生し、更に体のあちこちで血栓が生じるようになります。

 医療漫画をいくつか読んだことのあるたかしなら感づくと思いますが、これが心臓や脳の付近で発生したらそのまま死に至る事もあるでしょう。

 もしそれすらも乗り越えて更に約6時間が経過すると、幻覚症状が出始めます。

 また、骨が己の筋肉の圧力に負ける程に脆くなり、体のあちこちで粉砕骨折が生じます。

 そして最後にすべての体細胞が生まれ変わり、お母さんになります。

 こうして生まれたお母さんは、人類を全てお母さんにするために感染拡大へ向けての行動を開始します。


 気になるその感染経路ですが、王道を行く飛沫感染で行こうと思います。

 お母さんもあまり奇を衒ったことをし過ぎると駄目だと思うから、ここは少し謙虚かつ強かに行こうと思います。

 奇を衒うと言えば、たかしが「王道じゃ受けない」と言って書いていた小説がありましたね。

 おかあさん読ませてもらいました。

 でもお母さんね、もう日本人がファンタジーの世界に行くという設定自体が食傷気味だと思います。

 結局たかしも王道から外れる事ができない、視野の狭い井の中の蛙だったわけですね。

 でもたかし、お母さんはそれ自体を否定するつもりはありません。

 実際王道が愛されているのは、それが王道だからという事の証明でもあるのよ。

 受けない・つまらないのは、たかしが作品の中で手抜きをしているからです。

 設定に矛盾はありませんでしたか?

 描写を端折って読者を置いてけぼりにしていませんか?

 詳細な記述をサボったせいでイメージがぼやけてはいませんか?

 本題に入る前の話が冗長になりすぎてテンポが遅くなりすぎていませんか?

 敵キャラを主人公や主要な仲間たち同様魅力的で強そうに描けていますか?

 主人公の存在が異物になっていて一番不要なキャラになっていたりはしませんか?

 ご都合主義的な展開を勢いに任せて繰り広げてはいませんか?

 読者が納得できるだけの説明を十分な文字数を使って行えていますか?

 インスタントなのに深すぎる関係性を楽に構築しようとしていませんか?

 全体の作りが浅いわりにいろいろ大袈裟なハリボテのような作品になっていたりはしませんか?

 そもそも詳細な情報を読者に届ける為の豊富な語彙力や知性を感じる言い回しはありますか?

 たかしは封印したい黒歴史にしているつもりですが、お母さんはすべてお見通しです。

 バラした際の人質はこれですよ。


 たかしは義務教育を受けているから、ウイルスとワクチンについての基礎的な知識は勿論あるわよね。

 ざっくり説明すると、ワクチンとはウイルスの持つ毒性を人体に影響がないレベルにまで弱めたものです。

 それを人体に摂取させ、体が持つ免疫能力に抗体を作らせることで初めて意味を持ちます。

 当然だけれど、お母さんウイルスはまだできたばかりの新種ですから、それに対抗できるワクチンは生産されていません。

 お母さんウイルスに対抗できるワクチンを作るためには、まずお母さんウイルスとはいったいどういった構造をしているのかを解析する必要があります。

 これはとても時間がかかる作業です。

 お母さんウイルスの解析が先か、お母さんが全世界を埋めるのが先か、人類との勝負という事になりますね。


 いつも通り、夕食の時間までには帰ってきます。

 今日の夕飯はたかしが好きなカツカレーお好み焼きうどん定食です。

 たくさんおかわりできるよう、お米は5合炊くわね。


 たかしの事が大好きなお母さんより。

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たかしへ お母さんより 子供戦車 @ChildChariot

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