最終話・戦いの果てに得たもの
さとると
みつる達を探しに行った際に世話になった海運会社の社長が船の操縦を担当している。彼は
「てゆーか社長、これあの時の帰りに使った船よね? アリ君返しに来たの?」
「ああ見えて律儀なヤツだからな、一週間以内に返しに来たぞ。今はどこにいるか分からんが……」
そう言いながら、社長は遠くを見ていた。
日本を攻撃した国との混血である日系人達は、今や迫害の対象となっている。故に堂々と表を歩けない。彼の国の日系人専用に確保されたシェルターも、一般市民によるシェルター探しが盛り上がっている現状では逆に危ない。現在は場所を移し、ひっそりと隠れ棲んでいるという。アリは昔からそういった人達を守るために働いている。
波を受けて跳ねる船体にしがみつきながら、さとるは青い顔で口元を押さえた。乗船前に酔い止めを飲んでいるが、薬が効くまでの間は苦しむことになる。
「船弱いのに、なんでまた志願しちゃったの」
「……身分証が出来るまで暇だし、探したいものがあるから」
「ふぅん、まあいいけど」
呆れ顔で問う三ノ瀬に弱々しい声で答える。
さとる達が再び無人島にやってきた理由、それは
島の至る所に置きっ放しになっている武器の発見と破壊も重要な目的である。無人島とはいえ、時折釣り人が立ち寄る場所だ。もし銃火器が見つかれば大騒ぎになるだろうし、悪用される恐れもある。
無人島に到着後、まずは手分けをして住宅街を捜索していく。役場跡地付近に転がる敵兵の遺体は近くの空き地に集めて油を掛けて燃やしていく。こういった仕事は同行した作業員達が請け負ってくれた。
武器や弾薬などは重くて持ち運べないため、この場で処分するしかない。一箇所に集めてから、これまた発見した手榴弾を爆発させて破壊した。
住宅街での作業を終え、次は山頂を目指す。今回は車がないので徒歩での移動となる。山道を歩いて登っていく途中、斜面に引っ掛かっている軽自動車を見つけた。当時、敵が進路妨害のために道のど真ん中に置き、右江田が車で斜面に押し退けたものだ。
山頂付近の木々は爆風で葉や細い枝が全て吹き飛んでいる。木造の廃校舎は焼け落ち、僅かに骨組みを残すのみ。
校庭の中央には地対艦ミサイルを搭載していた軍用トラックがあった。
その軍用トラックを囲むように車が三台置かれている。さとるが乗っていた軽自動車と、多奈辺のセダン、そして、一番大きな車が安賀田のSUV車だ。どの車もフレームだけを残し、窓ガラスやタイヤ、座席やエンジンは全て焼け落ちている。
SUV車の運転席付近にほぼ炭化した遺体があった。右江田が作業員達の手を借りて車から降ろし、持参した
安賀田の遺体を前に、さとるが膝をついた。何かを確かめるように触れた後、今度は車に戻って内部や足元を確認している。地面に這い蹲るようにして、彼はようやく目当てのものを探し当てた。
無人島から帰った後、さとるは真っ先にちえこの部屋へと訪れた。
「ちえこさん、手ェ出して」
「まあ、これは……」
手のひらに乗せられた小さなものを見て、ちえこはハッと息を飲んだ。艶のない金属製の輪が指輪であることに気付き、震える指で摘み上げる。
「……あ、ああ……」
それは、安賀田が身につけていた結婚指輪だった。表面は傷だらけでやや歪んでいるが、内側に彫られた刻印だけはしっかりと判別出来る形で残っていた。
『C to M』
刻印を確認して、ちえこはボロボロと泣き出した。彼女の指に嵌められている指輪にも『M to C』と同様の刻印がある。金や銀なら爆発炎上時に溶けていたかもしれないが、地金がプラチナ製だったおかげでほぼ原型を留めていた。刻印の横に嵌めてあった宝石は熱で割れ落ちてしまっている。嵌めていた安賀田の指が炭化して落ち、車の下に転がっていたものをさとるが見つけ出した。彼は最初から結婚指輪を探すために無人島に出向いたのだ。
「さとる君、ありがとう……!」
泣き笑いの表情で指輪を胸に掻き抱き、ちえこはさとるにお礼の言葉を繰り返した。
「だから無人島行きを志願したのね〜」
「名字貰ったし、何か恩返ししたくて」
部屋を出たところで三ノ瀬から声を掛けられ、さとるは歩きながらそう答えた。
炭化した安賀田の遺体は検死後改めて火葬され、遺骨にしてちえこに渡すことになっている。骨だけでなく、何か思い出の品を見つけてあげたいと考えてのことだ。
「でも、それだけじゃない。あの時、オレは安賀田さんが山頂に残って何をするか分かってて、黙って先に山を降りたんだ。全部安賀田さんに押し付けて。だから、ホントはちえこさんに謝らなきゃいけないと思って」
さとるは当時、安賀田に対してそこまで思い入れがなかった。頼りになる大人だとは思っていたが、ゆきえの安全ばかり気に掛けて他のことを疎かにしていた。
シェルターに戻り、遺族であるちえこと話をして、安賀田にも帰りを待つ家族が居たのだと知った。優しい彼女はさとるが何を言おうと笑って許してくれるだろう。だからこそ謝罪の言葉だけで済まさず、自分の手で指輪を探し出した。
「安賀田さんがそうするって決めたのよ。さとる君が責任感じることないわ。てゆーか、むしろ責任があるのは私達のほう! 協力者から二人も犠牲を出しちゃったんだもの」
励ましでもフォローでもない。これが本音だ。
右江田だけでなく、三ノ瀬も安賀田と多奈辺の死を悲しみ、ずっと後悔し続けている。みつる達を探しに同行したのも、無人島に再び訪れたのも、全ては罪滅ぼしのため。
「三ノ瀬さんも責任とか感じるんだ」
「私をなんだと思ってるの!?」
極限の状況下で、それぞれが自分のやるべきことを真剣に考え実行した。後から悔やめるのは生きているからこそ。
新しい身分証を元に働き口を見つけ、ある程度仕事が軌道に乗った頃、さとるは職場の近くにアパートを借りた。みつると二人で暮らすためだ。
「寂しくなるわねぇ」
「同じ市内だし、また遊びに来ます」
「そう、楽しみに待ってるわ」
挨拶に行くと、ちえこは寂しそうに笑った。
安賀田の形見の指輪と遺骨を手にして以降、ちえこは少しずつ元気を取り戻していた。新しい薬が身体に合ったようで副作用も少なく、起きていられる時間が長くなった。同じ施設内にいる親のない子ども達に絵本を読み聞かせたり、一緒に歌を歌ったり。すっかり保母さんのようになっている。
みつるは市内の中学に転校し、新しい友達が出来た。念願の兄との二人暮らしがよほど嬉しいのか家事も進んでやっている。
協力者と保護対象者には謝礼金とは別に学費免除などの特典が付く。みつるはお金の心配をすることなく希望の進路を選択出来る。大学進学を視野に入れ、今から真面目に勉強に取り組んでいる。
「さとる君も大学に行ってはどうですか」
「いいよ今更。大体、オレそんなに勉強好きじゃないし。あ、でも資格は取りたいかな。もっと稼げるようになりたい」
「そうそう、そういうのでもいいんですよ」
「みつる、江之木さん達もうすぐ着くって」
「分かった、お茶用意しとくね」
地元に近い
さとる達が遊びに行けない代わりに江之木達が来るようになった。今でも頻繁に連絡を取り合い、数ヶ月に一度は直接会う付き合いをしている。
「この前
「へぇ、復興は順調みたいですね」
「いつまでも瓦礫の山にしとくわけにゃいかねェからな。まだ空き地も目立つが、デカい駅ビルを中心に、だいぶ小綺麗な街並みになってる」
馬喜多市の現状を聞き、さとるは素直に復興を喜んだ。もう二度と足を踏み入れることのない地だが生まれ育った街だ。それなりに愛着がある。
「塾は無くなったままなんだよね」
「なんか寂しいね」
りくとがみつると仲良くなった学習塾は駅前から撤退し、少し離れた地域に移転した。『とうご先生』との思い出の場所が無くなり、りくとは気落ちしている。
壊れたものは元通りに直らない。
記憶の中の風景は二度と戻らない。
失ったものは多いが得たものもある。
「もうオレ達みたいなのが増えないといいですね」
「ホントにな」
一部で検討されていた『民間人を安価な戦力として投入する法案』は明るみに出たと同時に世間から猛反発を受けて完全に立ち消えた。さとる達は『保護政策推進計画』の成功例として、再び何かあれば戦場に駆り出されるはずだった。しかし、それも全て白紙となった。
戦争の爪痕を綺麗に修復して、何事もなかったかのように日々が過ぎていく。関わった人々の心に二度と消えない傷と、ほんの少しの希望を残して。
『特攻列島』 完
特攻列島 みやこのじょう @miyakonojyo
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