第4話

國村くんは私の心配とは裏腹にすぐにクラスに馴染んだ。静かだけど、近寄りがたいわけではなくて、柔らかい雰囲気を持っていたからだろう。


「湊おはよー!!」

中本が元気に挨拶しながら席に着く。

「翔太おはよう」

「ねね、昨日のモニタリング見た?めっちゃ面白かったよなー」

「うん、面白かったね」

私は2人が話している横で、にやにやしてしまった。國村くんがクラスに馴染んでいくことがとても嬉しかった。

「村山は?見た?」

突然話しかけられて、思わずびくっとなった。

声の主は中本だった。

「見てない、モニタリングあんまり見ない」

「えー面白いのにー、な!」

「まあ人それぞれ好みってあるし」

そう言った國村くんと目があってすぐそらした。最近まっすぐに目を合わせられない。


転校したての國村くんの世話役は私だった。席が隣なのもあるけど、学級委員だったからだと思う。校内案内や体力テストのペアなどたくさんのことを任されていた。そんな私たちのことを男子はとにかくからかってくる。

「お二人さんお似合いだねー!」

「付き合ってんのか!」

あーうるさいなあ。同い年の男子は苦手だ。私には10歳上の兄がいて、兄の友達がよく家に来ていた。優しくて、揶揄う様子もなく、可愛い可愛いと言ってくれる兄の友達たちが私には大人っぽく見えて、とても憧れていた。それと反対にうちのクラスの男子ときたら…

「あんまりからかわないでよ、そんなんだから、上体起こしできないんじゃない?」

「う、うるせえ!」

「ははっ、冗談だよ。それより今日の給食さ…」

それとなく話を逸らしてくれた。この頃にはもう私は完全に國村くんのことが好きだった。もともとかわいい感じの人が好きだった自覚はあったけど、この柔らかい雰囲気とか交わし方が兄の友達のように大人っぽく感じられて、だんだん好きになっていった。


でも好きになった1番のきっかけは登下校中のある出来事だった。

世話役の私は途中まで國村くんと通学路が同じで、一緒に帰りなさいと先生から言われていた。もう3年生なのにそんなの必要ないだろという言葉は飲み込んだ。先生に逆らうのは気が引けたし、一緒に帰る口実ができたのは嬉しかった。

「学校は慣れた?」

「もう2週間も経つしね、名前も覚えてきたよ。」

その言葉を聞いて私は少し試してみたくなった。

「私の名前わかる?」

「村山」

そうじゃない。そうじゃなくて!

「違うよー下の名前だよ。名字はいつも呼んでるでしょ?別に知らないなら教えてあげても…」

「円佳」

足が止まる。そう、それを言って欲しかった。けど思ったよりも破壊力がある。少しうつむきながら振り返る。

「まどか、でしょ?知ってるよもちろん。」

顔を上げると真剣な表情で私を見る國村くんがいた。

「なんだ!知ってたのか、呼んでくれないから知らないのかと思ってたよ」

顔が赤くなるのを感じて、急いで前を向き直した。

「村山だって僕のこと名字でしか呼ばないじゃん。」

「ははっ確かに!でもちゃんと知ってるよー、みなとくん、でしょ?」

「…」

返事がないので、また立ち止まって振り返った。

そこには目を大きくして立ち止まる國村くんがいた。

「どうしたの」

「別に」

國村くんはいつもの表情に戻りながら、意外な提案をしてきた。

「これからはさ、名前で呼ぶ?僕がまどかって呼んで、村山も、その、、」

「湊くんって?」

「くんはやめろよ」

「でも名字でもくん付けなのに」

「まあ任せるわ、とにかく来週から!忘れんなよ!!」

そう言って私を追い越して、走って帰って行ってしまった。その背中を見送りながら、私はしゃがみ込んだ。

「國村くんも私のこと好きな可能性0じゃないよね」

こんなことを思って気がついた。國村くんもって、"も"って!

私國村くんが好きなんだ…

初恋だった。

気持ちに気がついたらまたドキドキしてきた。家に帰って夜ご飯を食べてもまだドキドキが続いてた。その夜は夢に國村くんが出てきて、緊張して、何だかうまく眠れなかった。


次の日の朝、気分上々で私は席についた。

「おはよー」

「おはよー」

誰かが教室に入ってきたらしい。この声の主は…

「國村くんおはよう」

「あれ、湊って呼んでくれないの?」

緊張しすぎて呼ばなかったのに、いたずらっ子みたいに笑うから、余計に緊張してしまう。

「み、湊くん…おはよう」

「はい、まどかちゃんおはよ〜」

「馬鹿にしてるでしょ」

「ごめんごめん、そんなに緊張するとは思わなくて」

「そりゃあするよー、だって」

だって好きなんだもん。

「だって、何?」

「何でもない」

「えーなんだよ、」

「何でもないってば」

「まどかちゃーん、どうしたのー」

「もう!からかわないでよー」

その時どんって大きな音がした。振り返ると中本が立っていた。

「中本ランドセル落としてるよ?」

私が声をかけても、中本は動かない。國村くんがランドセルを拾おうとして手を伸ばした瞬間、

バシッ。

中本が腕を掴んで、國村くんを引き寄せる。何か耳打ちしているけど、聞こえない。そのまま手を離してどこかへ行ってしまった。

「どうしたの?」

「なんでもないよ」

本当に何もなかったように、ランドセルを中本の机に置いて、國村くんは他の男子のところに行った。少し違和感があったけど、この言葉を私は信じてしまった。2人の関係が複雑なことになってるなんて思ってもみなかった。

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7664 吉澤凪 @mnlxyzz

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