追放された英雄の辺境領主生活~静かに過ごしたいのに周りが放っておいてくれない~

第62話 師と弟子

目的の人物は、兵士達の稽古場にて指導をしていた。

相手はロラン達新兵で、次々と打ち負かしていく。

特にロランは、集中的にやられているようだ。

「そんな腰の入ってない攻撃では妖魔は倒せない！」

「くそっ！」

木剣を打ち込んだロランを、ナイルが弾き返す。

そして腹を打ち据えられて、ロランが地面に転がっていく。

「どうした？ 先輩の一番になるんじゃなかったのか？」

「ま、まだまだァァァァ！」

「その意気だ！」

俺はそれを懐かしそうに見つめる。

すると、いつの間にか隣にガルフがいた。

「お主としたことが隙だらけじゃな」

「ああ、少しぼけっとしてしまった……懐かしいと」

「ふんっ、ワシもじゃわい。相手はナイルではなかったが、お主はあのようにして兵士の鍛錬をしていたな」

「ああ、そうだ。お前がいた頃から、いなくなった後も……ああして、兵士達が死なないように鍛えてきた」

きっと、俺を恨んでいる者もいるだろう。

何故、そんなことをするのかと。

人によっては戦場に出ることなく、戦いが終わった者もいる。

それに鍛えてもらったとはいえ、ボロボロにされて悪感情を抱かないこともなくはない。

「それが、無駄ではなかったということじゃ。ワシから見れば、あれは昔のお主にそっくりじゃからな。人族は寿命が短く、すぐに忘れる。だが、こうして引き継がれるモノもあることをワシは知っている」

「ガルフ……そうだな、人の生は短い。愚かだし、すぐに都合のいいことは忘れる。だが、そうじゃないモノもある」

「彼奴は、間違いなくお主の弟子であり継ぐ者じゃよ。容姿や性格は全く違うのに、不思議なものだが」

「そうか……お前が言うなら間違いなさそうだ」

後は、ナイルの本気を見せてもらうだけだ。

すると、ようやくナイルが俺に気づく。

「あっ！ 先輩！ きてたんですね！」

「ああ、邪魔してすまない」

「いえいえ。ところで、稽古に来たのですか？ 流石に、こいつらは限界かなと」

そんな中、ロランだけが立ち上がる。

「お、俺はまだやれます！」

「無茶だって」

そんな姿を見てると、なんだか可笑しくなる。

「ははっ！」

「先輩？」

「いや、すまん。懐かしいと思ってな……お前も、俺が打ち負かすたびにああやって立ち上がってきたものだ」

「そ、それは……そうですけど」

そう言い、少し気まずそうにする。

後輩の前で、昔の話はされたくないか。

ふむ、あんまりからかうのはよしておこう。

「ロラン、お前のやる気は嬉しく思う。だが、無茶をしても身の入った稽古にはならん。限界を見極めることも、戦場では大事になる」

「教官……はっ！ わかりました！」

「おい、態度が違いすぎだろ」

「まだ貴方には負けてませんから」

そう言い、ナイルとロランが火花を散らす。

俺とナイルとの関係とは違うが、こちらはこちらで良いのかもしれない。

やり方や、引き継ぎ方は千差万別だろう。

……そして、俺には俺のやり方がある。

「ナイル、少し良いか？」

「先輩？ ……ロラン、下がってくれ」

何かを感じ取ったナイルが真剣な表情になる。

ロランも渋々ながら従い、俺達から距離を取った。

「それで、先輩何か——っ〜！？」

落ちていた木剣を拾い、ナイルに斬りかかる。

咄嗟にも関わらず、ナイルは俺の一撃を木剣で受け止めた。

「ほう、受け止めたか」

「い、いきなり何をするんですか！」

「御託はいい——次々行くぞ」

鍔迫り合いの状態から、ナイルを突き飛ばす。

そして、上段から木剣を打ち込んでいく。

「くっ！？」

「どうした！？ 反撃はしないのか！」

「り、理由は！？ 何故、こんなことを！？」

「自分で考えろ！」

そう言い、横薙ぎに強烈な一撃を食らわせる。

ナイルは防御しきれずに、地面を転がっていく。

「ぐぁぁぁ！？」

「こんなものか……お前には期待していたのだが」

「く、くそぉぉぉぉ！ やってやりますよ！」

ナイルの目つきが変わり、俺に思い切り打ち込んでくる。

今度は俺が防御に回る番だ。

「ほう……」

「ァァァァァ！」

……気迫のこもったいい打ち込みだ。

激情に飲まれつつも、きちんと基本の剣を守っている。

それを確認した俺は、最後に少しだけ肩に隙を作る。

「そこっ！」

「くぅ……」

ナイルはそれを見逃さずに木剣を打ち込んだ。

肩を強打され、俺は思わず膝をつく。

「せ、先輩！ す、すみません！」

「いや、謝るのは俺の方だ。これは、敢えて受けたから構わん。今のお前の本気が見たかっだのだ」

「だ、だから、らしくないことを……どうしてです？」

「お前は優秀だし、優しい男だ。俺とは違い、空気も読めるし気配りもできる。はっきり言って、俺なんかより良い指揮官になれるだろう。だが、お前は……俺を崇め過ぎている」

ナイルの俺への思いは崇拝に近い。

もちろん、軍の機能としては間違ってはないかもしれない。

だが、もう軍ではない。

だから、ナイルも一人立ちして欲しかった。

「……だから、俺を挑発して攻撃をさせたのですか」

「ああ、お前には俺を越えようという気概を持って欲しい。そこだけは、ロランの方が上だな」

「そ、それは……ですが、俺は貴方の背中を守りたいのです」

「ああ、わかっている。だが、何も背中でなくても良いだろう。これからは、俺の隣に立ってくれ。時に並び、時に背中合わせになるために」

もう、追いかける時期は終わりだ。

上官として、師として……ナイルを卒業させなくてはいけない。

「先輩……そうか、それなら横も背中も守れる」

「そうだ。そして、俺もお前を守ろう。つまり、俺とお前は対等の戦士だ」

「っ……！ お、俺が……先輩と？ そんなわけはありません！ まだまだ未熟で……」

悔しいからか、ナイルの目から涙が零れおちる。

「今はそれで良い。これからは、そうなればいいだけだ……本題に入ろう」

「……本題ですか？」

「ああ、そうだ」

俺はゆっくりとナイルに近づき、その肩に手を置く。

「ナイル、お前を討伐隊の隊長に任命する。これからは、お前に俺の役目を担って欲しい。もちろん、俺自身も戦うが」

「俺が先輩のように……できるでしょうか？」

「ああ、お前ならやれると信じている」

「ハハ……そう言われちゃ、やるしかないじゃないですか」

「どうだ？ 引き受けてくれるか？」

「……はっ！ 不肖ナイル！ 討伐隊隊長の任を拝命いたします！」

そう言い、しっかりした姿勢で敬礼をする。

俺はそれを満足気に見つめ、こくりと頷くのだった。