第2話 鳥
ピッピピーピッ───スマホのアラームを気だるそうに停止させる水三、その様子を眺める灰鷹。「おはよ…朝早いんだなお前も」食卓に着きパンを千切る水三、その欠片を丸めて灰鷹の口に運ぶと美味しそうに喉を鳴らす。「なんか仲良しねぇ、まるで兄弟みたいな」ふるふると首を振る灰鷹。「今日は休みだしどっか出かけてくるよ」「何時頃に帰るの?」「そうだね、20時頃になるかも」朝ご飯を食べ終え歯磨きをしていると灰鷹が飛んできた。「家ん中で飛ぶなよー」歯磨きを終え、荷物を纏める。「後は財布とスマホを入れてっと」母親に行ってくると告げ水三は家を出た。自転車のカゴにリュックを置こうとすると灰鷹が乗ってきた。「なんだお前も行きたいのか?仕方ないな」リュックを背負ったまま自転車に乗った。「よーし行くぞー」勢いよく進んでいく。「名前ないと呼びにくいな。なんかない?言い忘れてたけど僕は水三って呼んでくれればいいよ」カゴで丸くなる灰鷹に話しかける水三、反応は当然帰ってこない。しばらく走らせ公園の裏手に自転車を停めた。「よーし行くか」階段を昇っていく。灰鷹は水三の方に乗っかり楽しそうに揺れている。「お前は飛べるんだから飛べよなぁ」公園の中にある神社に着いた。「あぁ、お前の安全祈願みたいなものだよ、うちの家はここで一年に一回お祈りするんだ」賽銭箱に五円玉を入れて軽く頭を下げる。「嬉しそうだな」自転車に戻りまたこぎ始める。だがスグに灰鷹が、飛び降り公園の方へ消えていった。「は?!」慌てて自転車を停めて走りだす。木々の隙間を縫うように進んでいくと公園の生態系には合わない羽が大量に散らばっていた。「あんたは、夢で見たような気が」黒い泥のような物が張り付いた肉体、髪の毛は灰色。「あぁ実に数時間ぶりだ。なぜ突然消えたか不思議だろう?」泥が纏わり漆黒のドレスに変わっていく。「トノリ、こことは違う世界の住人さ」あまりの怪奇光景に言葉を上手く紡げない水三、その様子を察したのかトノリがすっと眼前まで近付いた。「白昼夢でも無くこれは現実だ」そこまで言うとそのまま落ち葉の中へ倒れ込むトノリと名乗る女性。「あ、え?大丈夫ですかー」「腹が減った───」
急いで抱えて近くのファミレスに入った。「とりあえず水、注文方法は分かるの?」机にコップを置く前に二つとも奪い飲み干すトノリ。「私の記憶ではメニュー表が渡されて決まるまでシェフが待っていたぞ」シェフを探し始めるトノリ、どこか浮世離れした言動に水三は諦めた。「このタブレットに料理が表示されてるから食べたいのを言って。そうしたら注文は僕がやるから」ボタンを押して次々と切りかえていく。「そこの丼」「親子丼ね、僕は唐揚げ定食でいいかな」タブレットが無機質な音声で『注文完了です。ドリンクバーを注文の方はあちらからお取りください』と告げる。「えっと、トノリさんは何か飲みたいものありますか?」ボサボサの髪の毛を手ぐしで治そうとしていたトノリは飲めればいいと答えまた髪を解し始める。
「はい、それとお店であんまり髪の毛触らない方が良いですよ。飲食店なので」オレンジジュースを二つ机に置く。「そうか、毛繕いはダメか」納得が出来たのか手を止めコップに注がれたオレンジジュースを飲み乾す。「それで、こことは違う世界の人ってのはどういう訳?」本題を切り出す水三、ヒラヒラとペーパーを取りだし説明し出すトノリ。「水三は信じるかい?別の世界があるって聞いたら」「信じますよ。だって無いって確たる証拠が無いんですから」その言葉に待ってましたと言わんばかりに目を輝かせるトノリ。「今いる世界をこのペーパーとする。丸めて円柱にしよう、その隣も。隣接するいくつかの世界があってその間は小さい様で不可能な程遠い時空がある」丸めてもスグに戻る紙にイラつきを覚えたのか2枚重ねて穴を開けた。「だが、特定の条件を満たせば繋がるのさ。わかった?」その後、紙をばらばらにして楽しそうにこちらを向いた。「うん、分からない」「そうだね、アソコに入るのは無理だろ?強引に入ろうとすればリスキーだ」厨房を指さすトノリ。「確かにそうだね」「それが別世界という物だ。身近に感じながら入れない場所、入るなら条件が科せれる物」目の前にある水三のオレンジジュースも飲み干すとニヤリと口角を上げる。「それでもそんな世界があるなら見てみたいと思わないかい?」「いや、別にそういうのは」そそくさとオカワリをつぎに行く水三。
「いたただきます」手を合わせ軽く祈る水三とは変わりトノリは手掴みでそのまま食べようとしていた。「箸で食べろ」食器の入った容器をゆびさす。「この棒切れでどう食べろと?」箸を三本取り出してそれぞれ指の間に挟んでいくトノリ。「おぉ、鳥の爪」「スプーンとかもあるから、ほら」スプーンを手に取りすくい始める。「なるほどー、こうやって食べるのか」周りを見渡し小さい子供がスプーンを握りながら食べていたのを真似し出すトノリ。「まぁそれでいいよ」水三は深く考えていた。あの消えた記憶の手掛かりが別世界にあるかも知れないと。「な、なぁ。突然消えた人が別世界に迷い込んでたとかはあるのか?もし消えたら周りの人はそれを認知するのか?」その問いかけにトノリはめをかがやかせる、同じ趣味を見つけたオタクのごとく立ち上がりに再びニヤリと口角を吊り上げる。「その質問の矛盾こそが証明さ。消えた人を知っているのに向こうへ行った事を認知出来ない。あ、矛盾は違うのかい?君の部屋で読んだ本に書いてあったのだが」水三は親に言われたことをなぞる様に言葉にしていく。「昔の記憶が曖昧で分からないことだらけなんだが、親の声で確かにあの子が持って行ったから大丈夫みたいな言葉を聞かされた」多分何度も聞かされたと補足を入れる。「確定だね、その子は別世界に行った。しかも君が記憶を取り戻し始めるということは危険じゃないのかい?」まるで蠱惑的、だがその言葉を言うしかないと思った水三は席を立ち上がる。「トノリはその世界の人なんだよね?なら言って確かめよう」昼時で満席に近い状態だったのもあり無数の目に睨まれるような感覚を覚え席に着く。「心意気は良いけど私もそんな簡単には行けないんだな」残念な思いをさせた感を出すように俯くトノリ。「ならどうすれば良いの?もしかして満月の夜にとか?」「ご名答。あ、ごめん嘘だった。簡単に説明すると最も境界の近い世界を探し代価を払うしかないから、その代価と行きたい世界の確たる証拠が無い限りは下手に動いてボンッ!なんて嫌だろ?」手で爆破を表現するトノリ。水三も納得の行く理由に頷く他無かった。
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