第4話 殺

携帯のアラームが音と共に振動し始める。外は太陽が上がりきり、リビングからは水三を呼ぶ声が聞こえる。「んっ、あれぇもうこんな時間か」灰鷹となったトノリが嘴で布団を剥ぎとる。「わかった起きるって」体を軽く捻り固まった全身を解していく。「とっ、んじゃ昼飯でもいくか」母親から皿を受け取りテーブルに並べ出す。「頂きます」席につきフォークを手に取った所でトノリと目が合う。「お前は生麺な。ほら」味付けのされてないパスタを1本つかみ大きく空いた口の中に入れる。「母さん、テレビいい?」「いいよ」テレビを付けると平穏で退屈だから生まれたと言わんばかりのくだらない討論番組が流れていた。「またやってるわねぇ、増税増税って」トノリはテレビに興味が無い様子、真剣に見ていた水三の手の甲を嘴でつつきながら食事の催促をしだす。「本当は1人でも食べられるだろ」悪態をつきながらパスタを運んであげる水三。「ムゥ」どこから出たのか謎の返事をするトノリ、嘴でパスタを放りあげ、大きく開けた口の中に入れていく。「まぁ凄いわね、私今の仕事辞めてこの子と稼いでくるわ」トノリにベタ惚れの母親をよそにテレビを眺めていた。『ここで速報です、昨日14時頃に起きた○×交差点の────』現場写真を見て思わず立ち上がる水三。「すまん、母さん」トノリを抱えて自室に向かう。「どういう事だ?あの場所って出てきたあとも特に何もしてなかったけど」「あぁ、何も無いさ。だってあの事故は起きるべくして起きた物で、別世界に連れられたせいでみんな記憶が曖昧だからさ」その笑みは悪魔的だった。「言ったろ?死にかけたら思い出し始めるって。ようはベビーカーの子供も別世界に誘われたのさ」膝から崩れ落ちる水三。「あぁ、でも君は悪くない。あれは母親が携帯電話機に夢中でベビーカーのロックを掛けずに坂に置いたからねぇ」その言葉は暗示のように脳に掛る。「っと、そうだな。よーし飯の続き食うか」先程までの悲壮感、喪失感が嘘のように消えた水三はトノリを抱えてリビングに戻った。


朝、アラームが鳴り響く。布団を飛ばすように跳ね起きて慌てて支度を始める水三。「やばいよ、もう8時だ」荷物を適当に詰めて、着替えながらリビングへ向かう。「今日早出か、トノリは?いや、それより急がないと」机の上にはラップが乗せられた料理が置いてあった。「とりあえず駆け込んで」ご飯を食べながらネクタイを整えていく。財布から家の鍵を取りだし施錠。慌てて自転車に乗りこぎ始める。「うぉぉぉ!!」ペダルが空回りする程の速度で自転車は坂を下っていく。いつもなら見かける他校の生徒すら行き交うことの無い時間帯。「流石に2回連チャンはやべぇー、為来子も行ってるもんな」学校手前の大通りまで出ると学校の門付近にたくさんの先生が集まっていた。「え、俺やらかした?」信号の変わり目と同時に発進し門を抜ける。すぐに自転車を止めて確認に行く水三。「北野先生おはよー、なんかあったんですか?」「おはようございますだろ。あぁ、それがな……いや。早く教室いけ」剣幕に押され、教室に向かう水三。教室に入ると同時にチャイムがなった。「間に合ったー、って先生居らんのか」教室は無法地帯と言わんばかりに騒がしかった。インタスのライブを撮って盛り上がる女子、くだらない下ネタで盛り上がる男子。水三は自分の席に着き、隣の生徒に状況を聞いた。「おー戸埜間知らんのけ?三組の鶫梛つぐみやし さんが突然襲われて救急車に運ばれたんだわ。んで朝から先生と警察含めて実況見分みたいなことしてるらしい」「それで朝から北野がピリついてたのか」謎の納得をする水三。「やべぇよな、マジでこんな事件起こるんだって」ザワザワしている理由と、みんながいつもに増して楽しそうにふざけているのは現実逃避なんだなと1人考察を進める水三。「んじゃ一限目は自習か。帰れーとはならんよな」「おっす鳧野井かものい 、無理だろーそれは」鳧野井と呼ばれた男は親しげに水三の首に手を回す。「ほら、お前も来いよ。人足りんかったからな」「え、おい?!あぁアレやんのか」引っ張られながらスマホを開く。「いやー、鶺鴒矢せきれいや の一人勝ちなのが許せんからな。水三を俺らんとこ入れりゃ勝てるわ」3対2で戦ってたようで、絶賛鳧野井が抜けたせいで1対3になっていた。「うぅ、鳧野井君、戸埜間君!勝てないよー」目尻に涙を浮かべ抱き着いてくる男子の頭を撫でながら水三はゲームルームの番号を入力する。「よし、鶸鳴ひわな !鳧野井!あいつらぶっ倒すぞ!」広いショッピングモールにホログラムと共に3人の兵士が現れる。「鶸鳴は右から近接メインで、鳧野井はスナってくれればいいから」作戦を告げると、相手側はニヤニヤしてこちらを見る。「水三ぃ、作戦聞こえてんぞー」「いや、あれも作戦だ。気を抜くな」鶸鳴が開始直ぐに狙撃された。スマホを机に置き「ふぇぇ」と絶叫している。「鷺熾さおり みっけ、キルっ」鳧野井が鶸鳴を倒した狙撃手を射抜く。「うがぁー、やられた……鶺鴒矢と鶹柱みみずら 頼んだっ!」鷺熾もまたスマホを置き、鶸鳴の所に遊びに行った。ゲーム内では激しい撃ち合いが続いていた。「掠った、左奥に砂」赤ピンが刺される。「鳧野井!スキルで一気に押すぞ!」隠れるのを辞め、物陰から飛び出る。相手もそれに乗っかり照準を合わせて来る。「鶹柱は任せる、俺は奥の鶺鴒矢を倒しに行く」水三のアバターが急加速する。「全開、フルブースト」両手に銃を携え鶺鴒矢の前に立つ。「毎回テンプレートみたいな進みだな。だが今日の俺は違うっ!」鶺鴒矢も刀を構えこちらを見る。「サーチ」地面の何箇所かが赤く煌めく。「見抜いたって踏むかもしれねぇぜ」刀が襲ってくる。避けながら銃を放つがエイムが定まらない。「やっば、ガバかました」何かを投げ付けリロードする水三。「弱体効かぬはサムライよ」一瞬爆ぜた音と煙が出たその何かに囚われずそのまま突撃してくる鶺鴒矢。「まぁ知ってた」アサルトに切りかえ置エイム状態で構えてた水三。「貰っと」鶺鴒矢のアバターが粒子化し消えた。「やっぱつえーな水三」「鳧野井もバケモンだった」ちょうど向こうも決着が着いたようだった。「もう1戦やるか」鷺熾が立ち上がりはしゃいだタイミングで教室のドアが開けられた。「お前ら帰る支度しろ。学年一斉通信で保護者にも通知はあるから最大昼間では先生や警察が通学路にいる。それまでに帰るか迎えをどうにかしろ」鷺熾が怒られている間にみんな荷物をしまい各々帰る支度を整え教室を後にした。


上り坂を手押しで進んでいく。先生の指示でみんな一斉下校となったが親が休みなんて都合の良いことは無い。「はぁ……帰れってもなぁ」ボヤきながら進む水三。「仕方ないけどほんと怖い所じゃないよ。遅刻魔で助かった!」隣で為来子がニハハハと笑い声をあげる。その目は少し澱んでいた。「まぁ怖いわな。でも警官がほらな?あそことかも居るし安全だわ」怖い程に赤いサイレンが明るい朝の道を照らす。「家帰ったら何しようかな……私の家って今お父さんは出張だし、お母さんもいま1番忙しい時期って帰ってこないからみーちゃんとなーちゃんとひーくんと私だけだよぉ。でもお姉ちゃんだから頑張る」意気込みを語るが震えている声。まるで誰かが助けの手を差し伸べるのを待つような。「ま、まぁ困ったら為来子達をってお前の親からうちの母親が頼まれたって言われてるしアレなら来るか?」「え?!いいの?」自転車がガタンと倒れ地面に通学カバンが転がる。「おいおい危ないって。ほら」自転車を起こしながら荷物を手渡す水三。「美葉留みはる ちゃん達を迎えに行こうか」中学校に向かうと沢山の保護者と警察が揉めたり下校したりしていた。「えっと、3人とも同じクラスだったよね?」自転車を中学校の校庭に止めて、体育館へ向かう。「久々だな。俺は一人っ子だし来る機会ないもんな」キョロキョロと見渡しながら進んでいく水三。「あんまキョロるとロリコンだと思われるぞ」為来子にしては大人びた声に悪寒を感じ身構える水三。「久々に会う先生にその態度は何だ。戸埜間」モデル体型と言えば確かにいいスタイルだがそれを台無しにするボサボサの髪に射殺すような鋭い目。「あ、相変わらずお元気なようで雛殺ひつ 先生……」「なんだ先生の教育が懐かしくなって中学にきたか?お、鳶縄も居るのか。あー、ステージよりの方だ……ちぇ、教え子狙ったりと思ったがもう夫婦か」壁を殴って消えてく先生。「変わらないねー、あの先生。それより早く行こ」為来子が近付くと直ぐに3人とも駆け寄ってきた。「ねーちゃんか。まぁ母さん忙しいもんな」「うん、だから今日は水三お兄ちゃんの家に泊まるんだよ。1回家に戻って準備してから向かうよ」3人がこちらを向く。「久しぶりだね波奈なみな ちゃんに美波瑠みはる ちゃんに一三史ひさし 君」人の良さそうな笑顔を向ける。波奈は為来子の後ろに隠れ美波瑠は笑顔で会釈し一三史は威嚇をしてきた。「元気がいいな……よーし俺一人でも見きれないから見回りが居るうちに帰るぞー」

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