第24話自発9

「同時に、もし高須の異母妹だったとして、今は行方がはっきりしない紫苑ちゃんの母親に、出生の秘密について確認しないとならない場面が出て来るはず。確か南米に駆け落ち相手と居るんだったか?」

「チリかアルゼンチンに居るという話を、母親の親族から紫苑ちゃんの継父が聞いたとか何とか」

竹下の突然の問いだったが吉村は即答した。一方で、

「ただ、犯罪被疑者ならともかく、ただのガイシャの親族を海外で探すとなると、外務省も協力してくれますかねえ? 連中はエリート意識が高いんで、警察の余計な頼みを受け入れてくれるかどうか微妙です。何だかんだ言って、依頼を拒否する口実を作りそうな」

と懐疑的な見方も示した。

「それはそれであり得ないことじゃないと俺も思うが……」

一拍置く形だったが、

「そうなるとですよ、ここはあの人の力を借りたい所です」

そう言いながら、竹下が西田の様子を窺うが如く、ゆっくりと視線を合わせてきた。

「あの人ってのは、安村さんか?」

「西田さん、その通りです。ここは力のある人に頼まないと、吉村の言う通り、外務省を動かせない恐れがありますから」


 安村は、2002年に西田と吉村が勤務していた北見方面本部の方面本部長として、2人の事件捜査に大変尽力してくれた恩人だった。年齢自体は西田より4つも下だが、東大出のエリート警察官僚として順調に出世し、現在は警察庁の官房長の地位にあった。その安村の力があれば、確かに外務省も積極的に動いてくれるはずだ。過去には外務省に出向して海外の大使館に勤務していたこともある。大枠では同じ警察官とは言え、地位的には月とスッポンの超エリートだが、西田や吉村との関係も深く、しっかり頼めば問題ないという確信もまた西田や吉村にはあった。一方の竹下は、西田と吉村が安村と絡んでいる頃には、既に警察を退職し新聞記者をしていたので直接安村を知っている訳ではない。しかし、2人から安村の人となりについてはよく聞いていて、確実に助けてくれると考えて提案してきたのだろう。


「わかった。取り敢えず頼んでみることにするよ。義理堅い人だし、多分動いてくれるんじゃないかと思う。ただ、事前に大きな期待はすんなよ」

西田は、刑事時代安村に協力してもらったと同時に、彼に「実働部隊」として、政治家も絡んだ大きな事件の解決をプレゼントしたことも踏まえた見解を述べた。実際、安村が出世路線に乗るに当たり、西田と吉村の功績が全く影響していないというのは、客観的にも無理があるはずだ。

「お願いします。紫苑ちゃんと血縁関係があった場合、どうしても母親と高須家の関係を詳しく知る必要があると思うんで」

竹下は小さく頭を下げた。


「とにかく、このヤマは明らかに当初の想定とは違う方向に動き出した、それだけは確実です。後は、これ以上の犠牲者を出さないこと。ここだけは何とかしたい」

自らに言い聞かせるかの如く、呟く様に吐き出した吉村の言葉に、

「ああ……。これまで高須に良い様にやられてきたからな。今度こそ」

現役の刑事デカではないが、西田は自らも直接捜査に当たっているかの様に決意をあらわにしていた。竹下は2人の様に闘志を剥き出しにすることはなかったが、一介のジャーナリストというよりは、遙か昔に卒業したはずの刑事時代の顔を見せていた。


※※※※※※※


 科捜研のDNAデータの照合は3日で出た。竹下の懸念、否、予想通り高須と紫苑ちゃんは異母兄妹で間違いないという結論だった。一方でそうだとするなら、事前に危惧していたように、高須が紫苑を殺害したとして逮捕された段階で別の問題が発生しかねなかった。


 つまり、双方の実父である高須義隆は、その当時の高須に掛けられた紫苑殺害容疑の目的が、実は他の遺産相続人を消す為だったと言う疑念を持ちかねないという問題である。だが、この疑問はすぐ後で解消されることとなった。


 更に3日後、外務省を通じ、紫苑の実母の所在と紫苑に関する新たな情報がもたらされた。実母は、同じ南米とは言え、親族間で噂されていたチリでもアルゼンチンでもなく、ボリビアの世界的景勝地として知られるウユニ塩湖最寄りのウユニ市に居住していた。駆け落ち相手と共に、日本料理店を営んでいたとのことだった。そして、地球の裏側の、細かい日本の情報が入りづらい場所だったこともあり、やはり紫苑の死については全く関知しておらず、不慮の死を聞いて母は大変ショックを受けていたという。いくら不義理により、実の娘を血縁関係のない継父の元に置いて出て行ったとは言え、さすがに死んだと知れば何とも思わないということは人の親として「ない」のだろう。同時に、紫苑の実父が高須義隆であったことも認めた。ススキノで高級クラブのホステスをしていたころ、義隆の愛人になった結果、紫苑を身ごもったという。


 しかし、それ自体は大したことではなかった。問題の核心部分は、義隆に妊娠を告げた所、子供は望んでいない義隆からは慰謝料を払うから堕ろすように指示されたことだった。また、以前は認知しないことを条件に、自分の子を妊娠した女性に産み育てる選択肢を与えていたということも義隆から聞いていた。つまりこのパターンが、飯田景子や久田美智子なのだろう。そして堕胎を選ばなかった女性には、一度にまとめてそれなりの養育費を払う代わりに、それ以降は一切援助なしで関係も完全に断ち切るか、就職するまで毎月決まった養育費を払うまで選ばせていたらしい。この前者に該当するのが飯田景子であり、後者に該当するのが久田美智子だという推測が出来た。


 だが、義隆自体が高齢になったこともあり、「隠し子は最初から居ないに越したことはない」という結論に達したと当時言われたそうだ。ただ、紫苑の母はそれに納得しなかったことで揉めた。一方、義隆から事態の収拾を任された息子の高須(義雄)からは、意外なことに「折角授かった命だから、産みたかったら産んでも構わない」と言われ、「慰謝料」として義隆から提示されていた手切れ金の1500万も、養育費代わりとしてそのまま高須によって渡されたという。更に、高須本人から「義隆には、あなたが堕胎に同意したと報告しておく」とまで言われたらしい。その後、秘密裏に紫苑を出産してから1年程経ち、昔居たクラブでボーイをしていた紫苑の義理の父と恋仲になって再婚。紫苑は義父・三島茂の養子になったということだった。


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