第十一話 伎楽、其の二
陽は落ち、
オレは一人で、人波のなかに埋もれそうになりながら立っていた。
両手には、顔の半分くらいある大きな握り飯を持っている。
右には、塩握り。
左には、菜づ菜握り。
右、左、次々に頬張り、贅沢に胸を踊らせていると、
白、赤、青、栗色。
色とりどりの仮面をつけ、鮮やかな衣装に身を包んだ人々が舞台まで練り歩き、舞台の階段を登って行く。
皆、動きがゆっくりで、鼻がつきでた白い仮面の
白い仮面の
赤い怒った仮面の
(楽しいなぁ!)
オレはワクワクしながら、夢中で見入って、あっという間に握り飯を食べ終わってしまった。
こんなに見てるだけで楽しいのに、なんで親父は来るのを嫌がったんだろう?
本当、理解できないや。
白い仮面の
きっと、美しい
困ってるだけなのかな。
あの、赤い仮面の
でも、赤い仮面は、すごく怒ってる。
目は釣り上がり、歯はくいしばっている。
どうなんだろう?
「ねぇ、母刀自。」
どう思う?
とオレは笑顔で振り返って、母刀自に聞こうとして、
母刀自はいない。
オレは一人。
「あっ……。」
何をやってるんだ、オレは。
母刀自をちゃんと、土に埋めてやったじゃないか。
オレは一人。
そんなことを話す相手すらいない。
「あ……。」
寂しい。
胸のなかが、ザラザラして。
重く、冷たい。
誰か。
オレは周りをキョロキョロと見廻す。
身なりの良い沢山の人が、皆
でも、誰も、オレと一緒に見てくれない……。
オレは、くるりと身を
もう、ご馳走も、
無理やり人の流れに逆らおうとしたので、知らない
「
庭のはじにすっこんでな!」
きっと、
ひっ、と身が
「ご、ごめんなさい。」
と震え、泣きそうになりながら、必死に足を動かし、その場を逃げ出す。
来るんじゃなかった。
楽しもうなんて、何を期待していたのだろう。
オレなんか庭のはじに、大人しくすっこんでれば良かった。
なんて場違い……。
あえぎ、人波から離れ、
ここなら、人の邪魔にならない。
オレは座り込み、小さくなる。
でも、今、あそこは人がいない。
冷たい夜の静けさの中で、あそこが見知らぬ、恐ろしい場所にもし見えてしまったら。
そしたらもう、オレは行くところがない。怖い。
誰か……。
誰かオレと一緒にいて。
(
オレは小さくなり、下を向き、己の膝を抱き、しくしく泣く。
「おい。」
「三虎?!」
はっ、と顔をあげると、
二人で組んで、
オレは、声をかけてくれた
「
オレ……。一緒にいて!
一緒に、見廻りに連れて行って!」
「えっ? そんなこと言われても、お
ひたすら困ったように、
「三虎……、三虎はどこなの?」
今すぐ、三虎に、抱きしめてほしい。
初めて会った時のように。
「それこそ……、なあ?」
「あそこだよ。それこそ、あんなところに連れてけねぇぜ。今はな。」
と
もう、
遠目ではあるが、わかる。
一人の
手に細い棒を持ち、仮面は怖い。
人ではないものを
音楽も華やかで、動きが洗練され、綺麗だ。
「今、
と
舞台より低いが、広場より一段高い場所が作られていて、そこには倚子と机が用意され、
「
オレはじっと、その遠い席を見つめた。
遠い……。
(遠いなぁ……。)
三虎は、
本当によく、あの雪道を二人が通りかかったものだ。
三虎はあまりにも遠い。
寂しさとはまた別の悲しさが込み上げてきた。
やっぱり目を涙でぬらしながら、オレは少し落ち着いた。
握りしめた
「あそこに連れてけ、なんて言わないよ。だけど、一人でいたくない気分なんだ。
そう、うつむきつつ言うと、
「なら、
と優しい笑顔でオレの手をひいてくれた。
道すがら、なぜ泣いてるか聞かれ、ぶつかった
* * *
祭りの中心から少し離れたところに、
泣きながらその
「オイオイ、どうした?」
と詰所にいた
「一人で泣いてるところを見つけました。どうやら、ぶつかった
と報告する。
「おお、泣くな
と荒弓が大きい身体で、ぼふっと抱きしめてくれた。
あったかい。
嬉しい。
涙が出る……。
荒弓はすぐ身体を離し、
「祭りで母刀自を思い出したか。配慮が足りんかったな。」
と、すまなそうに言った。
気遣いをありがたい、と思うのに、オレは、ふっ、と笑ってしまった。
「祭りで母刀自を思い出す? 一回も、母刀自と祭りに行った思い出がないのに?」
オレは、ふふふ、と泣きながら笑い、荒弓も、皆も、
ああ……、やってしまった。
オレは今、自分で自分を
それでも顔を歪めながら、
「オレ、祭りに行ったの、今日が初めてなんだ。
クソ親父が祭り嫌いだった。
今年、初めて、母刀自と、祭りに、行けるはず…で……。」
言葉は最後まで言えず、
「わああん!!」
とオレは大声で泣き出してしまった。
あとは泣いて泣いて、皆に頭を撫でられ、代わる代わる抱きしめてもらったり、色々声をかけてもらったが、良く覚えてない。
泣きつかれて、眠りに落ちる寸前、
「迷惑かけて、ごめんなさい。」
と、なんとか謝罪の言葉を口にし、泥沼に引きずりこまれるように眠りに落ちた。
* * *
明け方まで宴は続くのだが、全員がそれにつき合わなくても良い。
「ふああ……。く。」
三虎は生あくびを噛み殺しながら、
「お?」
詰所の隅っこに、
「なんで
と荒弓にきくと、何があったか話してくれた。
「父親が祭り嫌いで、今まで
と言うのを聞いて、思わず、
「えっ?」
と驚いてしまった。
祭りを楽しみとせず、何を楽しみに生きてきたのだろう?
そんな
変わった父親だ……。
「まさか、それは考えつかなかったな。」
だから、祭りに行けると知って、あんな不安そうな顔していたのか。
「ええ、本当に。一人でたまには仕事を忘れ、ゆっくり祭りを楽しめば良い、と送りだしましたが、一人にしないほうが良かったかもしれません。」
荒弓の顔には哀れみがある。
「母刀自を亡くして間もない
「そうだな。」
三虎はため息をつき、眠る
「ん。」
と
「このまま運ぶ。先に寝る。あとは任せた。」
「お任せください。」
頼もしく
東の
夜明けまで、あともう少しだ。
「ふあぁ……。」
またしてもあくびがでる。
腕のなかの古流波が、目を閉じたまま、
「母刀自……。」
とつぶやいて涙を流す。
(寝る前も泣き通しだったんだろ?)
「あんま泣くなよ。」
と小さく声をかけるが、
(母刀自を亡くして間もない
無理な話か。
母刀自が生きていれば、初めて今年、一緒に
哀れだ。
───三虎は一緒に祭りに行ってくれるの?
遠慮がちに
古流波の本心だというのがわかる。
(でもオレは
できない。)
眠り、静かに泣く
「すまないな。」
ため息とともに、そう告げる。
きんくま様からファンアートをちょうだいしました。
きんくま様、ありがとうございました。
「──十一月になったら、
実りの祭りに行きましょうね。」
と、古志加に告げる母刀自は、このような顔をしていたことでしょう。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093077833925571
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