第二話  花麻呂、咆哮摶撃

 咆哮摶撃ほうこうはくげき……たけりほえ、襲いかかること。



     *   *   *




 花麻呂はなまろは覚悟を決めた。

 迷わない。

 人にむけ矢を放つのは初めてだが、賊どもは、上毛野君かみつけののきみの屋敷に夜押し入ってくる暗愚あんぐを犯した時点で、命運は尽きている。


 人の顔がやぐらの登り口から見えた、と思ったら、額の中央に矢を打ち込んだ。

 ビュウ、矢が命中し、おのこは下に落ちるかと思ったが、ガクリとうなだれた男は四肢を動かさぬまま梯子はしごを上がってきた。

 下に続く賊が盾にして、先頭の男を持ち上げて登ってきている。

 花麻呂は己の頭から膝まである弓を捨て、剣を抜いた。

 やぐらの床に立った大柄な賊は、を横に放り投げる。

 花麻呂は竿壮鹿さをしか(若く雄々おおしい鹿)の如く敏捷びんしょうに床を蹴り出し、賊めがけて一直線に駆け、電光石火、上段から斬り掛かった。

 賊は薄笑いを浮かべ、剣で受け止めた。

 二、三撃、真正面に睨み合いつつ、烈しく剣をかわし、


(見くびるなよ……!)


 賊が突きこんできたところを半身でかわし、


「おお……!」


 左肩から心臓しんのぞうまで一気にさばき下ろした。

 賊は鮮血を撒き散らし倒れる。


(二人目。)


 次に梯子から上がってきた細身のおのこは、見た目に反して剣圧が重い。


「や……!」


 花麻呂は口から声をもらし、高速で切り結び、じり、じり、と後ろに押し込まれる。

 賊が右の上段で剣を下ろす、と構えたら賊が途中でさっとたいを開いた。


(あっ!)


 上段のかわりに右の下段から鋭い剣が風を切ってせまる。 

 なんとか受け、ギィン、剣が火花を散らし、受けきれず、ズイッと剣がそのまま花麻呂の右腕を撫で切った。


「け……。」


 賊が笑い声をもらし、素早く剣を閃かせ、瞬時、動きを止めてしまった花麻呂の左腕もざっくり切った。


 賊も花麻呂もお互いに綿襖めんおう(綿を厚くした衣。よろいがわりの防御に優れたもの。)を着ているわけだが、ひとたまりもない。


 その隙に、いつのまにか後ろにまわりこんでいた四人目の賊に背後から斬りかかられ、左太ももを深く持っていかれた。


「がっ……!」


 うめき声がもれる。鍔迫つばぜり合いをしながら位置を入れ替え、背を守る。


「花麻呂!!」


 血を見た古志加こじかが悲鳴をあげる。


「鳴らせ!!」


 花麻呂は喝破かっぱし、声だけで古志加を従わせる。顔を見る余裕は無い。


「けけ……。」


 目の前の細身の男が嬉しそうに声をもらす。


(野郎!!)


 花麻呂は歯を剥き、眼光をギラっと放ち、目の前の賊に勢いよく斬り掛かった。


「う、お、お、お、お……!!」


 眼前で受け止められ、睨み合い、力は拮抗し、いや花麻呂がぐっと押し、目でさっと後ろをとらえた花麻呂は、再度斬りかかろうとしてきた後ろのおのこに、


「はっ!」


 鋭い左足の後ろ蹴りを放った。

 花麻呂の左足から血が濃藍こきあい衣を濡らし、蹴りを腹にくらった賊は後ろにふっ飛んだ。

 眼の前のおのこは、剣をはじき、右から剣を薙いできた。その腕を、


「……やっ!」


 花麻呂は外にはじき、懐に入り、おのこの右肩をつかみ、一気に剣を下腹にさしこんだ。


「ひぅっ……!」


 おのこは口から細い悲鳴を、目には絶望の光りを宿し、それを至近から花麻呂は睨みながら、


(このおのこを再び立たせるわけにはいかない。この男と二対一、三対一になったら、オレは死ぬ。)


 剣に力を込め、ぐっと差し入れ、左に真一文字に剣をはらい、男の肩を掴んでいた手で、とん、と男の肩を押した。

 男は仰向けに倒れた。

 すぐさま花麻呂は後ろを向き、

 一歩、

 二歩、

 起き上がろうとしている後ろのおのこの腹を三歩めで踏んだ。


「おお……!」


 狙うは首の下、正中線。

 走った勢いのまま、血濡れた剣を振り下ろし、絶命させる。

 手加減はできない。


(四人目。)


 肩で息をし、花麻呂は見た。

 五人目の賊が鐘を鳴らす古志加に向かうのを。


(させるかよ!)


 下で倒れている賊の剣を拾い、


「ふっ!」


 五人目の賊に投擲。剣は賊の腕をかすめ、賊はこちらを向いた。


「てめえの相手はこっちだあ……!」


 風のように賊にむかって走り、右上から振りかぶり、


(させるかよ。古志加には傷一つつけさせねえ。おみなだからな。傷つけたら、卯団長うのだんちょうに会わせる顔がねえ!)


 剣を交差させ、すぐさま、首を掻っ切った。


(五人目。)


「ごほっ、ごほっ。」


 口を手布で巻いて隠してるとはいえ、咳がでる。

 あたりは煙がもうもうと立ち込め、焔がバチバチと柱を、天井を燃やしている。

 目が刺すように痛い。喉もヒリヒリとする。

 ガンガンガン、ガンガンガン、鐘が大音量で響く。生きてる音。

 火色(緋色)に、あたりは照らされている。

 灼熱。

 炎熱。

 ゆらあ、と熱波が額を撫でる。

 花麻呂は、一回剣を振って血糊を床に飛ばす。

 ビシャ、音がし、己の吐く息が熱い。身体中が燃え立つように熱い。血潮ちしおが煮え立ち、ドロリと時間が赤熱せきねつに溶ける。

 


 いつまでつか。

 どうする。いつまで……。

 どれくらい闘った。

 あと何人。

 オレはここで死ぬのか。傷から血がドクドク流れるのを感じながら、倒れるわけにはいかない、と思う。

 オレが倒れたら、今、誰が古志加を守る。


「は、花麻呂……。」


 鐘を鳴らしながら、古志加が泣きそうな細い声をもらす。


「るせえ! 鳴らせ!」


 ヒリつく喉で、今度は古志加を見て怒鳴る。


(踏ん張れ、古志加。オレ達の使命を果たせ。)


 六人目が梯子はしごを登ってきた。


「来いやぁ!」


 腕から血を垂らし、剣をかまえ、花麻呂は震天駭地しんてんがいち咆哮ほうこうをあげた。









 

   *    *   *



 震天駭地しんてんがいち……天を震わせ、地を動かす。勢いや音が激しく大きいこと。




 ↓挿し絵です。

 https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330663567924412



 かごのぼっち様からファンアートを頂戴しました。

 かごのぼっち様、ありがとうございました。


https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093074074307977



     

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