第十二章 火色の血
第一話
ことん、と肩に
(オイオイ器用かよ……!)
頭を隣に立つ花麻呂の肩にもたせかけて。
「ふ……。」
と大きな寝息を肩でたてる。
(オイオイオイ……。)
とちょっと古志加のほうを向くと、花麻呂の頬に、古志加のくるくるに巻き、結いきれない髪の毛先がつんつんとあたる。
オレが悪い
はぁ、と花麻呂は白いため息をつく。
古志加の髪からは、十二月の夜気にのり、春の陽射しと風に揺れるすみれの花の香りがする。
同じ
莫津左売は、全身からほのかな白梅の香りがする。
花麻呂は、じっと動かないまま、夜空を見上げた。
空には雲がかかり、月が見えない。
───次の
莫津左売は、押しも押されぬ、人気の
あれだけなよやかで美しいのだから、当たり前だ。
別に銭を払って、次に会える
(あと、十夜。)
花麻呂にとっては……、長い。
でも、これで良いのだ。
オレは銭を貯める必要がある。
銭を貯め、オレが莫津左売を
まだ、銭を貯められるのは先だ。
オレの妹となり、妻となってほしい、と莫津左売に言えるのも、まだ先だ。
そして、三虎が奈良から帰ってきてから、
三日前に
「なんでだよ、ちゃんと九日めじゃねぇか!」
と
「はん!
さあ、あんたは二日後、また来ておくれ!」
と遊浮島を守るならず者の大男に、九番の男はつまみ出されていた。
花麻呂が十番の
「あんたも、二日ずらして、また来ておくれ。」
と浮刀自にすげなく言われ、
「はい……。」
と肩を落とし、花麻呂は素直にその日は帰ったのだった。
三虎は、
胸が、
この身が、
焼けるように痛む。
(わかっていたこと、わかっていたことだ……。)
もともと、莫津左売は、三虎の
それを、オレが、恋してしまったのだから。
どのような嬉しい顔で、莫津左売が三虎を迎えるかなど。
想像したって、何をどうしようもない。
ただオレが苦しいだけだ。
美しい莫津左売。
「オレのこと……、すこしは恋いしいと思ってくれる?」
と、つい、甘えて言ってしまって。
「ええ、もちろん……。花麻呂。」
と白梅がほころぶように
あの笑顔だけを、オレは、胸に
* * *
「うっ。」
背がぞくぞくする。
(来た来た来たあ……!)
これを放っておくと、腹が冷えて、腹を壊して、本当に酷い目に遭う。
慌てて、肩にもたれる古志加を見る。
花麻呂が震えたので、震えが伝わり、
「ん……。」
と古志加が声をもらすが、何事もない。
(そんなはずはない。)
今まで二回、この胸の冷えがあり、それは決まって、古志加の命が危ない時だった。
そう、花麻呂は理解している。
(では、何が……?)
「古志加、起きろ!」
と、倒れないように古志加の腰に手を回した上で、古志加の額を強めにピシャリと叩いた。
はにゃはにゃ言って起きた古志加に、
「警戒。」
と告げ、そばに置いてあった弓を手にとる。
四方を鋭く警戒し、
(必ず、この虫の知らせは、何かある。)
と異変がないか目を走らせる。
月明かりがなく、
───と。
一つ、と見えたものは、あっという間に、十、二十と増え、
「伏せろ!」
自分の弓を持った古志加の頭をつかみ、しゃがませる。
ピュウ、
と二人を狙って飛んできた。
カカカッ、
と
「敵襲!」
古志加が叫び、櫓の鐘に飛びつき、力いっぱいガンガン打ち鳴らし始めた。
「伏せろ!」
花麻呂は今度は声だけで古志加に告げ、己も伏せる。
次は、さっきより量の多い火矢が飛んできた。
柱に、櫓の壁に突き刺さり、炎がなめはじめ、夜を照らす。
(虫の知らせ、すげえ!)
と花麻呂は
「敵襲!」
と叫んだ。
炎に照らされ、こちらは丸見え。対して、こちらからは賊が良く見えない。
(何人だ? 何人いる……?)
屋敷内がざわつきはじめ、東門の櫓の鐘は鳴り続け、櫓のすぐ下、東門を守る衛士が……、
「うわ!」
「げえ!」
と悲鳴が聞こえてきた。
続き、ギシギシと門が開く音が聞こえてきた。
信じられず、花麻呂は、
「
とうめいた。
その数ざっと五十。
花麻呂は弓矢を上から打ち込んだが、駆け去る人馬に当たったかは
もどかしく紐を解き、その人の背より大きいなめし革を花麻呂はつかみ、櫓の床に刺さった火矢をいくつかたたき消した。
ついで、櫓の四方に置かれた水桶の一つをつかみ、櫓の中央で鐘をつく古志加の頭からかけた。
カビくさい水の匂いがし、驚いた古志加が、
「花麻呂!」
と声をあげた。
「鳴らせ!
炎にまかれる間際まで、オレたちは鐘をつくぞ。
煙を吸い込むな。流れ矢に注意しろ!」
古志加は手布を懐から出しつつ、
「うん!」
と大声で返事をした。
花麻呂は走り、もう一つの水桶を古志加のそばに置いた。
全ての火矢を消せたわけではない。
ゆっくり炎は櫓を燃やしはじめている。
パチパチと木が
賊が登ってくる。
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