第三話

「……!」


 やぐらの鐘が、鳴っている!


 三虎は眠りからぱっ、と覚醒した。

 間違いない、人の寝静まった夜のなか、敵襲を知らせるやぐらの鐘が鳴っている。

 寝床を飛び降り、はなだ色の夜着のまま、剣帯をし、剣をき、矢の入ったゆきを背負い、弓を持ち、一気に部屋の妻戸つまとを開いた。


「おお!」


 東門から火の手があがっている。

 東門の櫓から鐘が鳴り、あたりには薄く煙の匂いが立ち込め、


「敵襲!」

「ぎゃあ!」


 という切迫した声と、

 ドドド……、

 と馬が駆け、地を揺らしているのを感じた。

 あちこちから細い火の手があがっている。

 賊があちこちに火矢を放ったようだ。


「……大川さま!」


 三虎は叫び、大川さまの部屋へ走り出す。





 五人の衛士に守られ……、だが十人ほどの賊に大川さまの部屋が襲われている。

 白絹の夜着の大川さまがほこを持ち、応戦している。無傷。

 部屋を出るところで、ちょうど賊に襲われたようだ。

 三虎は弓に矢をつがえ、ビン、と放った。

 流れるように次々と五本、速射した。

 矢を放つなら、矢で仕留める。

 一人二本打ち込む。

 賊の二人が倒れ、

 三人目が気がつき、

 振り向きざま矢を剣で叩き落された。

 三虎はぽいと弓を捨て、

 走り出し、

 剣を抜き、

 賊の一人に斬りかかる。

 一撃で胴を薙ぎ、打ち倒し、

 大川さまを守る衛士の左隣に加勢する。


「大川さま!」

「三虎か!」


 衛士たちを庭に置き、大川さまは一段高い簀子すのこ(廊下)から鉾をふるう。

 冷静な顔で狙いすまし、衛士の間から、ピュウ、と鉾を突き込み、賊を牽制けんせいする。

 賊がいっせいに三虎の主をめがけ火矢を放った。

 長身の大川さまは巧みに鉾を回し、あたらない。

 だが大川さまのまわりに火矢が刺さり、あたりをさぁっと火が明るく照らす。

 続け、矢が上毛野君かみつけののきみの跡継ぎを狙う。

 英姿颯爽えいしさっそう、大川さまは大きく鉾をふるい、当たらない。

 だがその隙を狙う賊が、衛士の守りの壁を破った。

 鉾を己の前で旋回する大川さまの左手から、賊が大きく剣を振りかぶるのが、他の賊と応戦する三虎の目のはじに見えた。

 さらにその後ろから飛ぶ矢も。


(クソっ!)


 三虎はどんと目の前の敵に足蹴りをくらわせ、


「大川さま!」


 はっ、と左手の賊に気がつき、こちらを振り向いた大川さまに、


(間に合え!)


 抱きついた。

 右肩、肩甲骨にざくりと剣が刺さるのを感じ、ゆきにガチンと剣が刺さった音がし、カカッと靭に矢が当たった感触がした。

 血が噴き出し、


「あ。」


 と短い声が己からもれた。


「三虎あ!」


 大川さまが悲鳴をあげる。


(大川さま、ご無事で……。)


 そこで意識が途切れた。





    *   *   *





 おみなが泣いている。

 オレはこの泣き声を知っている……。



 目を開けると、


「わあん、三虎ぁ……。」


 と全身、すすだらけ、ところどころ血のはねた古志加が、少し離れたところで簡易な倚子に座り、ぽろぽろと涙をこぼしている。

 まだ朝日は昇らず、蝋燭ろうそくが室内を照らす。

 医務室。

 卯団うのだんの大勢が、大川さまが、三虎を見下ろしている。

 寝台にうつ伏せに寝かされた三虎は、ため息をつき、


「古志加、うるさい。」


 と言った。

 古志加が、ひっく、と息を呑み、静かになる。


「大川さま、ご無事で……。」

「ああ、無事だ。」


 と大川さまが青い顔で言う。


「三虎……。死ぬな。」


 顔を苦しげに歪め、泣きそうな声で大川さまが言う。

 オレはあなたの代わりに死ぬなら本望です。

 むしろ死にそびれました……。

 と思うが、


「はい。」


 大川さまにそう言われては、他の返事はない。


「傷は深いが、これくらいじゃあ死にませんて。」


 明るく笑うのは布多未ふたみだ。

 くそっ……。かなり痛いんだが。

 右肩から背中をざっくり斬られた。

 ゆきがあって良かった。

 全身熱い。

 頭がぼんやりする。


「状況は?」


 と訊くと、


「かなり悪い。」


 布多未が言う。


「宝物庫がやられた。古志加が、東門が内側から破られたと言ってる。手際が良すぎだ。

 それに……、鎌売かまめ日佐留売ひさるめさらわれた。」

「何だっ……! てててて!」


 思わず起き上がろうとして、右肩中心にれるような痛みが全身を襲った。


「うぐ……。」


 耐えかねて、うめき声がでる。


「ひぃ。」


 と古志加が悲鳴をあげた。

 脂汗をかきながら見ると、古志加が左手で口もとをおさえている。

 右手を寝台に寝かされた誰かとつないでいる。

 ……花麻呂か。

 意識はないようだ。

 頭に布がまかれ、血がにじんでいる。


「日佐留売が……。」


 と古志加が低い声でつぶやいている。大川さまが、


難隠人ななひとは無事だぞ。浄足きよたりも。

 今回の賊は、せんな。

 私も部屋を出てすぐ、襲われた。

 私の部屋を知っていたようだ。」


 といぶかしみながら言った。


「どっちにしろ、よくも正面きって、上毛野君かみつけののきみの屋敷に、攻め入ってこれたもんだなぁ……。

 血祭りだ。」


 と布多未が目をギラギラさせた。

 外が騒がしくなった。

 薩人さつひとの声がした。


「賊の根拠こんきょ(根城)がわかりました。」


 引き上げる賊のあとをつけたのだろう。


「良し。」


 寝台に寝かされていない者は皆、それぞれに動き始めた。


「行くぞ。」


 荒弓が卯団うのだんに声をかける。

 そこで三虎は、はっとした。


「古志加は行かせるな。」


 脂汗を垂らしながら、荒弓に言う。

 荒弓が、


「えっ。」


 と戸惑い、


「あたし、怪我してません! 行けます!」


 と古志加が大声を出した。


「うるせぇ、行くな。」


 古志加が立ち、そばに来た。

 こちらを覗き込み、


「あたし、三虎をこんな目にあわせたヤツを、許さない。日佐留売を必ず取り返す。」


 興奮してる。

 目から強い光を放ちながら、

 揺るぎなく古志加が言う。


「ダメだ、残れ!」


(言うことをきけ!)


 苦々しげににらみつけると、

 古志加が目を見開き、


「……聞こえない。」


 と言って、ぱっと身をひるがえし、妻戸つまとへ行ってしまった。

 布多未がからからと笑い、


「連れてく。広瀬さまも親父も、今日は勢多郡せたのこおりだ。オレが衛士団の長。」


 と出て行ってしまった。


「ば、ばか野郎……!」


 左手をついて起き上がろうとしてしまい、またひどい痛みに襲われた。

 全身が白く焼け溶けてしまいそうだ。


「ば……、」


 悪態をつきながら意識が遠のく。






 行かせるな。

 行くな。

 オレがいないところで。

 死なせるな……。












 ↓加須 千花の挿し絵、其の一。

 https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330664104569557


 ↓加須 千花の挿し絵、其の二。

 https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330664105509945



 かごのぼっち様よりファンアートを頂戴しました。

 なんと二枚!

 かごのぼっち様、ありがとうございました。


 ↓かごのぼっち様の挿し絵、其の一。

 https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093074063212897


 ↓かごのぼっち様の挿し絵、其の二。

 https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093074064033600

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