第三話 茜の衣の舞姫
三虎が、大川さまと
日は落ち、
大広間には皆がいる。
父の
従兄弟の
広瀬さま、
皆かわりなく、元気そうで何よりだ。
いや……。
難隠人さまは背が伸び、顔つきが記憶の中より凛々しい。
九歳。
二年近く、
童の成長は早い。それは、変わるはずだ。
今年の五月、まだ
教養があり、漢語に秀で、容姿端麗な大川さまは、見る者を圧倒する。
それは日本だけでなく、おそらく、唐でも。
遣唐使に相応しい。
奈良に呼び戻されたのは、大川さまが遣唐使に選ばれる布石だったのだ……。
奈良に呼び戻された大川さまは、
新しい役職に慣れたかどうか、という六月、遣唐使に選ばれ、十一月の今、上野国に帰国できたのは、
死にに行くのではない。
だが、
大川さまは、
「私はずっと、広い世界を見てみたいと思っていたのだよ。
私の母方は
秋津島より広く文化の
と穏やかに笑って言った。
(なら、オレはそれで良い。
もし、海が荒れ、海神が人身御供を欲するなら、迷わずオレが海へ飛び込み、海を鎮めよう。
大川さまの命を少しでも永らえる為ならば、オレは何でもする……。)
チリリ……。
鈴が鳴った。
物思いから三虎は覚めた。
トン、トン。トッ、トトン。
太鼓の音もする。
見れば、赤い顔でニコニコと鈴を鳴らしているのは浄足。
いささか緊張した真面目な顔で太鼓を打つのは難隠人さまだ。
いつの間にか二人は、自分の膳の前から大広間の入り口の側に移動し、鈴と太鼓を鳴らしている。
チリリ……。
トン、トン。トッ、トトン。
皆の目も二人の童に吸い寄せられる。
三虎の斜め前に座る大川さまも、二人を見る。
チリリ……。
トン、トン。トッ、トトン。
入り口から、茜色の衣の
(なんだ……?)
七夕や、
だが、
広瀬さまがそこまで遊行女を喜ばないからだ。
父や兄が剣舞を余興でやったり、唄が得意な家人が唄うくらいはあるが……。
(遊行女を呼んだのか。)
着こなしかたが遊行女だ。
胸元をぐっと開けて着ている。
衣がきらびやかで、明るい茜の、色が濃い。
首には大きな赤い
チリリリリリ………。
太鼓が
「
山高く、水清く、
(あっ!)
古志加だ。
薄く化粧を施し、髪を高く結い、
あれは貴重な
大きな意志の強い瞳が、赤い
唇は赤く、耳には
顔は……、
(もう
その思いが三虎の胸を締め付ける。
チリリ……。
トン、トン。トタタタ……。
鈴と太鼓の音にあわせ、
※
と古志加は
舞い始める。
ゆるやかに足を踏み出し。
くるりとまわり。
目線を指の先に。
指先までしなやかに動き。
口もとに
そのしっとりとした身のこなしは、三虎の良く知る衛士のものではない。
や
古志加が艶のある笑みでこちらを見た。
三虎は、はっ、と息を呑んだ。
三虎の斜め前には大川さまがいる。
大川さまの口元は緩み、頬はほんのり赤みがさし、珍しく
とくに、顔を。
その大川さまの目の色が。
(明らかにいつもと違う……!)
もしや、と
三虎の腹がぐらぐらと怒りで煮え立ち、握りしめた拳が震えた。
三虎はここが宴席であることも忘れ、ぱっと立ち上がり、無言でカツカツと舞の途中の古志加へ歩み寄った。
驚きと怯えの色を見せた古志加を、まなじりを釣り上げて睨みつける。腕を掴み、
「痛ッ!」
と小さい声でうめいた古志加を、ざわめく大広間から乱暴に連れ出した。
後にはあっけにとられた皆と、顔を見合わせた二人の
* * *
「い、痛い、痛い……。」
と小声で訴える古志加を無視して、大広間から充分距離をとる所まで、腕を掴み、
ここまで来れば人目はない、という所で、
「あっ!」
古志加は転び、
「ひどい……。何を怒ってるの……?」
「このバカ! そんなことさせる為に、
おまえは
ごてごてと着飾りやがって。
おまえがいくら着飾ったって
いくら唄ったって牛が機嫌良くだみ声をあげてるようなものだ。
あの舞は
「うわああん! ひどい!」
と古志加は大声で叫び、ぽろぽろと涙を零し、わああ、と泣き声をあげながら
茜色の
「ふん!」
もちろん三虎は追わない。
(
近くの柱を怒りのまま拳でたたく。
(あの首飾りと
衣も、今日の舞も、姉上の仕込み。
こういう事はやめるよう、後で良く言わねば。
布多未のにやけ顔が腹立たしい。
いや、それより……。
大川さまが先ほど見せた、あの魅入られたような顔が気になる。)
───
大川さまの古志加を見る目が、どこか変わった、と思っていた。
あからさまなものではない。
古志加を呼びつけたり、何か興味を示す素振りは、全くない。
普段の会話に、古志加の話がのぼる事もない。
表情も変えないのだが……。
目が違う。
古志加を見る時の目に、何とは言えない、普段と違う違和感を、三虎はずっと感じていた。
そして、さっきの表情は。
あからさまに……、古志加に
(大川さま、古志加にいったい、何を見てるんです……?)
「あ……! クソ……!」
胸がもやもやとする。
心の奥の。
あさましい。
醜い。
一方的で勝手な嫉妬が。
くちなわ(蛇)がとぐろを巻くように
(十一月中には
こんな思いに苦しめられたくはない。
オレと大川さまにとって、残された貴重な時間なのに。
オレは、オレが情けない……。)
* * *
※参考……古代歌謡集 日本古典文学大系 岩波書店
↓挿し絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330662484113433
↓かごのぼっち様からファンアートを頂戴しました。
かごのぼっち様、ありがとうございました。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093074487024310
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