心のひだ魂の深く、其の六

 薩人さつひと古志加こじかの寝顔を覗きこんでいると、うう、と古志加がうなった。

 その後すぐに、


「きゃああああ! いや────っ!」


 と大きく叫んで、もがきだした。


「あっ……、落ち着け!」


 と薩人が古志加の両肩を抑えようとするが、


(こいつ、肩怪我してるんだった!)


 右? 左? どっちだっけ?

 と手が躊躇ちゅうちょしてしまった。


「わッ……!」


 そのすきに、ふすま(掛け布団)の下から、右の拳が素早く飛んできた。

 見きれず、鼻にくらってしまう。勢いに後ろによろけ、


「古志加!」


 よろけた隙間を三虎が身体をねじこんできた。


「いや───っ! いや───っ!」


 と恐ろしい叫び声をあげ、涙を流し暴れる古志加に覆いかぶさり、古志加の右肩を左手で押さえ、耳元で、


「古志加! それはうつつではない! 三虎と呼べ!」


 と大きな声をだした。

 暴れる古志加の力は強い。

 なまじ衛士として鍛えてるぶん、拳に重さがある。


ぅ。」


 古志加の振り回す腕が、怪我した右肩に当たったのだろう。

 短く三虎がうめくが、


「薩人、足を!」


 と鋭く言い、慌てて薩人は古志加の足を押さえにかかる。


「古志加、三虎と呼べ! オレはここだ!」


 必死に三虎は呼びかける。

 古志加は泣き、叫び、もがき続けている。

 悪夢が深い。


「古志加、オレはお前の強いところが好きだ!」


 三虎が大声で言い切った。

 ひっ、と古志加の身体に緊張が走り、もがくのをやめた。


「ああああ……!」


 と叫びながら目を開けた。

 悪夢から醒めた。

 薩人も、はぁ、と力を抜き、足から手を離す。


「大丈夫だ古志加。これはうつつ

 さっきまでのは夢。

 オレはここにいる。三虎と呼べ。」


 古志加は、ううう、と細い声をまだ口からもらし、震えている。

 涙をあとからあとから流し、苦しそうに顔を歪め、まだ目線が定かではない。

 三虎は左手で古志加の手をとり、古志加をじっと見つめながら、上半身を助け起こした。


「三虎と呼べ。」


 静かにそう言う。


「あ……、み……、三虎……。」


 古志加はガチガチと歯を鳴らし、名をつぶやく。


「ああ、ここにいる。もっと呼べ。」


 三虎は寝床に腰掛け、両腕を使って、古志加を抱きすくめる。

 隙間のないように。

 魂が揺らいで、体から逃げ出してしまわないように。


「三虎……。」


 抱きすくめられながら、涙を流しながら、古志加は名を呼ぶ。


「ああ、ここにいる。だから安心しろ。もっと呼べ。」

「三虎。」


 さっきより、はっきりした声がでた。


「ああ、ここにいる。もっと呼べ。」

「三虎。三虎ぁ……。わあああん!」


 泣き声をあげ、古志加が三虎にしがみついた。

 わああん、わああん、と泣き続け、

 三虎はしっかりと古志加を抱きしめ続けた。




 それを見ていた薩人は、


(可哀想に古志加。)


 と思うのと同時に、


(なんて言葉使いやがる。

 これでなんで、いも愛子夫いとこせじゃねぇの?)


 と思ってしまった。

 泣きじゃくる古志加を抱きしめる三虎に、


「今の魂呼たまよびの言葉……。」


 とついボソボソ声をかけてしまう。

 三虎は、


「あ?」


 と不機嫌そうにこちらを見た。


「おまえだって同じだろ。」


 と一言乱暴に言い、また古志加に顔を向ける。


「ああ、まあ……。」


 と薩人はモゴモゴ言い、肩をすくめた。


 好き、と恋う、は違う。

 好きは、豆菓子が好き、仲間が好き、幅広く使う。

 恋う、は、男女の仲で使う。


 そりゃあ、そうだけどさ……。

 必死に恋うてるおのこからそう言われれば、古志加の魂の深くに、届くだろうけどさ。

 それだけ言われてさ。

 でも恋うてない、ってさ……。

 真綿で首をしめる、ってヤツだぜ。

 オレもう、なんだがいろいろ、見てらんねぇぜ。




     *   *   *




 古志加が泣き止んで、三虎は体を離し、しげしげと古志加を見た。


(……これはひどいな! これを一晩中か……。)


 福益売ふくますめ魂呼たまよびに自信をなくすわけだ。

 むしろ、良く今朝、目を覚まさせられたな、とねぎらうべきだろう。

 七年前のわらはの時よりひどい。

 あの頃も夢に絶叫し、もがき、力無く腕をふりあげる事もあったが、三虎が声をかけ、抱きしめ、背中を優しくたたいてやれば、じきに落ち着いた。



「よう、古志加。」


 と明るく声をかけた薩人の方を、古志加はゆっくり振り向いた。


「………。」


 反応が鈍く、表情がふわふわしている。

 さっき、三虎が部屋を離れる前、会話を重ねたあとは、けっこう表情が生き生きとしていたのに。

 とらえどころのない、うらぶれしかかった表情に戻ってしまった……。

 その古志加が、はっ、と息をのんだ。


「薩人、血……!」

「ああ……。」


 見ると、薩人の鼻から、たらっと血が流れだしていた。

 薩人は、こんなのなんでもない、というように笑い、鼻をつまんだ。


「あたしが、やったんだ……。」


 古志加がつぶやき、こちらを見て、悲しそうにした。

 三虎は自分が無意識に、痛む右肩に左手をあてていたのに気がついて、手を離した。

 ひ、と細い声をあげて、古志加が静かに泣き出した。

 薩人が細長い顔に優しい笑みを浮かべ、


「ああ、泣くなよ古志加。へっちゃら!

 元気だせよ。早くもとに戻れ。

 また卯団うのだんで話をしようぜ。

 じゃあな! たたら濃き日をや(良き日を)。」


 と言い、去ろうとした。


「待って。」


 古志加が寝床から立ち上がり、さっと三虎の横を通り抜け、ふわっと薩人の胸に飛び込んだ。

 薩人が目を丸くする。


「ごめんね、薩人……。」


 そう言って、しばらく薩人のことを抱きしめていた。




 薩人は宇万良うまらの練り香油を置いて行った。

 わざとだ。

 自分で厨子棚ずしたなから探しますよ、ということだろう。






 その後、お湯を持ってきた女官に、夕餉を二人分、この部屋に運ぶように言い、古志加に薬湯をいれてやった。

 その後夕餉を二人で食しても、古志加の反応は鈍いままだった。









 いぬの刻。(夜7〜9時)


 三虎は、ふっ、と蝋燭ろうそくを吹き消し、


「ほら。」


 と約束通り、古志加のとなりに寝てやる。


「ん……。」


 と古志加は小さくつぶやき、三虎に身を擦り寄せ、三虎のはなだ色の夜着の胸のあたりを指でつまんだ。

 本当に……。

 あの頃の、わらは古流波こるはのようだ。


「大丈夫。オレが朝までついてる。

 すこしでも怖い夢を見たら、すぐオレの名を呼べ。

 オレが必ず、引き上げる。」





    *   *   *




 恋いしい人の夜着を指でつまみつつ、すこし古志加は震えてしまう。


「あたし、怖い。眠るのが。夢見るのが。

 見たくない。見たくないのに……。」


 そうつぶやくと、


「バカだな。オレがついてるって言ったろ。わらはは早く寝ろ。」


 と、ひょいと三虎が動いて。

 額に。

 軽く口づけされた。


(あ……!)


 胸が熱く震え、お腹のあたりが、温かい嬉しさでさわさわとし、むしろ、涙がこみあげてしまう。

 頬を熱くし、目を閉じ、静かに泣きながら、


「うん。」


 とさらに三虎に身体を擦り寄せ。

 ……抱きしめる。


(今まで、ありがとう。)









 これで、もういい。

 母刀自ははとじ

 怖い夢はもう見たくないの。

 怖い夢のなかで暴れて、あたしのくるみの人を傷つけたくない……。

 もしできるなら。

 怖い夢を見る前に、あたしを迎えに来て。

 するりと手をとって、あたしの魂を素早く体から黄泉に連れ去って。

 お願い母刀自。

 お願い……。












 かごのぼっち様よりファンアートを頂戴しました。

 かごのぼっち様、ありがとうございました。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093077138864727

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