第四話
丸太の倚子に座った
「米菓子をくれたのが忘れられない、と言ったのは、もちろん米菓子も美味しかったけど、
阿古麻呂が少し声をひそめて、
「ひぇっ?!」
あたしは今、何か酷い聞き間違いをしなかったろうか。
唾を飲み込んで、
古志加は阿古麻呂が見れない。うつむき、固まってしまう。
「……聞こえなかったら、何回でも。古志加、あなたは綺麗だ。一目見て、忘れることができないほど、綺麗だ。」
そんなことを言われたのは初めてだ。
(阿古麻呂、なんでそんなことを言うの?)
恥ずかしいけど、どんな顔して言ってるのか、確かめたい気持ちが
うつむいた顔をあげ、阿古麻呂の顔を見た。
口もとには優しい笑みをたたえているが、目は真剣に古志加を見つめている。
古志加は
うつむく。
「この
阿古麻呂は己の膝の上に木箱を置き、古志加に良く見えるようにした。
自然と古志加の目は木箱に吸い寄せられる。
(……まだ沢山入ってる! 十個以上あるよ……。)
「もちろん、普通の衛士見習い……、いや、衛士でも、簡単に手に入れられるものではない。
なぜオレが持ってるか、不思議じゃないですか?」
少し投げやりに阿古麻呂が言う。
「うん。」
とつられて古志加は言う。
「オレの家は金持ちで……。
ひどい
古志加は、話の意図がわからず、戸惑う。
阿古麻呂はちょっと笑って、
「はい、口を開けて。」
と口を開かせた。
古志加は素直に従う。
ころん、と次の
(甘い……!)
「ちょっと退屈かもしれないけど、オレのこと、知ってほしくて。……聴いて。」
と阿古麻呂はうつむき気味に笑う。
古志加は、ウンウンと頷く。
(なんせ塩壺十六個分……!)
「牢は、屋敷とは別棟だったけど、敷地内にあった。毎年……。昨日まで
オレはそれがすごく……嫌だった。」
そこで阿古麻呂は
すごく、辛そうに。
目の奥に、ぽっかりと空いた空洞のような、黒い影が見える気がした。
その黒い影は……。
「古志加?!」
阿古麻呂が困った声をだした。
しまった。
いつの間にか、顔を近づけ、近くで目の色を観察してしまった。
「ごめん。」
と顔を離し、丸太の倚子に座り直した。
ころん、と口のなかで、
甘い。
「衛士になったのは、剣が好きで、……正しいことに力をふるいたかったから。
家にいるならず者を率いて、
幼馴染の花麻呂と一緒に、国府の衛士か、
やっぱり、
阿古麻呂の顔に笑顔が戻った。
「いいな……。そんな幼馴染。」
古志加は心からそう言った。
ぱっと阿古麻呂がこっちを見た。
「古志加の話も聞きたい。古志加には、幼馴染、いないの?」
古志加は押し黙る。ややあって、
「いないよ。」
と阿古麻呂とは反対の方に顔を向けた。
「古志加、口を開けて。」
阿古麻呂が言うので、古志加はしぶしぶ阿古麻呂の方を向き、だがすぐ、口を素直に開けた。
ころんと、三つ目の
(三個め……!)
つい、口もとがほころび、笑ってしまう。そんな古志加に、
「いつも、古志加の話を聞こうとすると、古志加は逃げてしまう。
オレは、古志加のことも、知りたい。
お願い、その
と真剣な顔で阿古麻呂に言われた。
(えっ、食べたあとにそれを言うの、ずるくない……?)
とちょっと思ったが、古志加は顔を歪めながら、重い口を開く。
「クソ親父が、
……あたしの家は、
今から思えば、郷に降りていって、友達になって、遊んで、って言ったとしても、誰も相手にしてくれなかったろうね。
親父は嫌われてた。
あたしはいつも灰だらけ、土だらけで、擦り切れた衣の、汚い
古志加はころん、と
「他に何が聞きたいの?」
胸が冷え冷えとした気分になりながら、阿古麻呂に問う。
阿古麻呂が古志加をじっと見つめながら、右手を古志加の顔に近づけてきた。
そっと、古志加の頬に触れようとする。
古志加は、むっとした顔で、ひょいと身体を後ろに引く。
阿古麻呂は苦笑して、手を降ろした。
「では、花麻呂のことを。花麻呂のことを、古志加はどう思ってます?」
「うん、剣も思いきりが良いし、稽古も真面目。安心して組める衛士だよ。」
ちゃんと答えると、阿古麻呂の苦笑が深くなった。
「それは幼馴染として嬉しいですが……、そうではなく……、もっと
「うん、いいヤツだよ。あたし、命を助けられた。」
阿古麻呂が顎に手をかけて、ちょっと考えた。
「聞きたいのは……。例えば、花麻呂といて、口づけしたいとか、考えたりするか……ということです。」
ぐいっと阿古麻呂の顔が近づいた。
ふっと口もとから、
(なんてこと訊くんだ!)
古志加は顔を真っ赤にして、慌てて倚子を立った。
「は……、は……、花麻呂は
大きな声ではっきり否定し、
「もう終わり!
と両肘をかかえて、ぷいっとそっぽを向いた。
↓挿し絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330662467322112
* * *
(※注一)
公人(国司)が貸し出すのが、
利率。10割。
一割じゃないよ、十割だよ!
現代の町金融も真っ青の利率である。
種籾から米がたくさん実るから、この利率であった。
しかし、10割を超えた利率はダメよ、というお触れも出されていたりする。
つまりは10割以上の利率を貪ろうとする私人もいたという事で……。
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