第四話
夕餉の準備をしていると、
使いについて、
「良く来たな。」
もう食事が並べられた広い部屋で、
二人の
四人とも、布多未に顔が良く似てる。
「あら、その恰好……。」
と妻であろう
「ああ、そうよね。
あたしは
とふっくらした頬の女が言う。
笑うと
気の強そうな顔つきの美女だった。
きっと、
「あの、今日はお招きありがとうございます。でも、なんで、あたしなんかを……。」
と、もじもじしながら古志加が言うと、
「泣かせちまったからな。オレの
「もうっ、そういう意味ではなくてよ……。」
と
「いいんだ。おまえが言うなら、オレはそれを守る。
おまえはオレの
と布多未が目を細めて、ほれぼれするような笑顔で鏡売を見る。
(あっ、笑うと、ちょっと三虎と似てる……!
お兄さんだもんね……。)
古志加はすすめられた倚子に座り、自分用に用意された膳を見る。
お酢、白米、ふかした
山鳥と山菜の汁物、川魚の煮物。
まず、お酢に口をつけた。
酸っぱい。
口の中がしゅんと引き締まる気がして、その後白米を食べると、これがまた美味しい。
古志加がニコニコしていると、
「古志加をなんで泣かせることになったの?」
と鏡売がきく。
「こいつが、
「まあ……。古志加、この人を許してね。この人、あほうだから、考えたことをぽんぽん口にしちゃうの。
でも、悪い人じゃないのよ。とっても心は清いの。」
(あ……、なんか今……、さらっと
すごい仲の良さだ。
「じゃあ、恋うてる人がまだいなくて、布多未に言われて傷ついて……ってことね? 許してね……。」
遠慮がちに、でもズバっと鏡売が切り込む。
「あん? こいつ三虎に恋してるぜ。オレの弟。」
「ぎゃっ!!」
古志加は悲鳴をあげ、ふかした
「大丈夫?!」
鏡売が声をかけ、控えていた
古志加は喉をおさえ、咳き込みながら、
「な、な、なぜ……。」
と訊くと、
「姉上がそう言ってた。応援してほしい。あと、黙ってろ、と。
……今言っちまったなあ! あっはっは……!」
布多未は豪快に笑う。
ここに布多未の家族と、働き
「そういうの、も、も……。」
古志加が真っ赤な顔で、抗議しようともごもご言ってると、
「聞け古志加。
恋うてる
女は女。男は男。
オレは鏡売が女に生まれてくれて本当に良かったと思ってる。
いや、昔からそう思っていたわけではなく、古志加の言葉をきいてそう思った。
オレが失ってはいけない
そう堂々と言った布多未は、また目を細めて鏡売を見た。
慣れっこなのだろう。
鏡売は落ち着いて、でも心から嬉しそうに笑って、布多未を見た。
ああ、すごく、良い顔だ。
布多未と見つめ合う鏡売の、輝くような微笑みに古志加は見入った。
布多未の
この人は幸せだ。
こんなにも、愛されて。
「で、ちょっと思ったわけ。
こいつ、本当に慕いあってる妹と
だからほら、見せてあげようと。……これ。」
と布多未が己と妹を指さした。
「ひぃ……。」
あまりの
のけぞりすぎて天井が見えた。
(あれ……?)
考えてみると、
……
仲の良い男女と知り合う機会ってなかった。
はっとした顔で、
「あたし、たしかに、本当の仲の良い
からからと布多未は笑い、
「そうだろぉ、古志加、本当の妹と
そうすれば、オレの言ったこと、よくわかるぜ……。あとな。」
布多未はそこでいったん口を閉じ、
ゆるやかに、優しく、古志加に笑った。
三虎にちょっと似てる。
古志加は鼓動がはねる。
「失ってはいけない妹は、この世にたった一人。
これは、父上の教えだ。
三虎のなかにも生きてるぜ。
オレも三虎も、父上を見て育ったんだから。」
と静かに言った。
* * *
膳を全て平らげ、お礼を言い、一人、上毛野君の屋敷に戻る。
今日は一日でいろいろなことがあった。
だが今、胸の中をしめる思いは。
(鏡売、とても幸せそうな笑顔をしていた。)
心のすみずみ、身体のすみずみまで、布多未の愛に満たされているのだろう。
母刀自は。
あのような顔をすることはなかった。
それを思うと胸が痛む。
天にかかる満月を見上げ、鏡売の笑顔を月の面影に重ねる。
……
三虎に愛されて、あのような笑顔を浮かべるのだろうか。
胸を貫かれるような痛みが走った。
「ふ……。」
顔をしかめ、苦しい息をはく。
あたしもいつか、あのように幸せに笑ってみたい。
月に照り映えるような笑顔を浮かべ、
耳には紅珊瑚の耳飾りを。
そんな自分を、夜空に浮かぶ満月に重ねて思い描こうとし、
「………。」
できなかった。
満月は雲間に隠れた。
……失ってはいけない妹は、
この世にたった一人。
三虎の中にも生きてるぜ。
その言葉が、古志加のなかで、いつまでもくるくる、風に舞う桜の花びらのように、舞い続けている。
あたしはただ、
少しでも、
三虎のことが知れて、嬉しい。
* * *
女官部屋に戻ったら、皆に取り囲まれた。
「可哀想に。」
「大変な目にあったわね。」
「
と口々に古志加を慰め、その後は、
「……で、どうなの? 内衣一枚で、
布多未に抱き上げられたんでしょ?」
と女官の皆がフンと鼻息を荒くする。
やはり噂になってるよね……。
「え……? ど、どうとは……?」
戸惑い、顔を赤くし、古志加は訊く。
「胸は……? どんな感じなの?」
「え……? 分厚い……。よく鍛えられてる。」
きゃああ、と皆が盛り上がる。
そのノリについていけず、古志加はまごつく。
「腕は?!」
「え……? え……? 太い。力が強い。」
また、きゃああ、と皆が盛り上がる。
布多未のことをさんざん聞かれたあとは、花麻呂のことを聞かれた。
* * *
古志加は考える。
布多未の
「本当に慕いあってる妹と
だ。
女官部屋で、本当に慕いあってる妹と愛子夫の話をしたら、皆キャーキャー言って盛り上がったけど、
「我こそは、本当の妹と愛子夫って人、いる?」
ときいたら、皆静かに顔を伏せた。
「布多未……。あのアホ。」
と頭を抱えたあと、
「そうね、あたしと
ただ、あたしがとても幸せそうに笑ってるかは、あたしにはわからないわ……。」
と視線をさまよわせ、
「古志加、この話はこれきりにしてほしいんだけど……。あたしの
と情けなさそうに笑った。
「日佐留売、ごめん……!」
と古志加は慌てて日佐留売に抱きついた。
日佐留売の、そんな顔は見たくなかった。
ずけずけ人の心に踏み込んで、きいて良い話ではなかった。
かくして、「本当に慕いあってる妹と愛子夫探し」は、
↓手描きの挿し絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330659483251280
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