第三話

 残された古志加こじか花麻呂はなまろは目をあわせる。

 古志加は下袴したばかまを胸に抱き、


「花麻呂、あたし、本当に……。」


 と花麻呂の腕のなかで、花麻呂を見上げる。


「ああ、いいよ。そこらへんの草むらで、着直すわけにもいかないだろ。このまま送っていくよ。女官部屋でいいか?」

「うん、でも……。」


 と古志加がまだ困ってる。

 腰まであるとき髪が、微風でふわんふわんと揺れ、恥じらった顔はとても愛らしい。


「一月に酒で寝こけたおまえを、こうやって運んだのも、オレだぜ?」


 と花麻呂は苦笑した。


「命令だからな。片腕でいいから、オレの首に巻きつけて、少し身体を上げてくれ。

 そっちのほうが楽だ。オレが。」


 と言うと、


「うん、お願い……。」


 と古志加が顔を伏せつつ、右腕を花麻呂の首にかけ、ぐいと身体を押しつけた。

 髪からはふわりと、春の日差しと、花の匂いがする。


(……良い!)


 花麻呂は歩きつつ、布多未ふたみのように内衣うちごろも一枚が良かったなあ、でもコイツ今、下袴したばかまも胸の当て布もしてねぇんだよなぁ。

 良い。とくに胸が。

 と思った。

 何より、古志加に信頼されてる。

 いくら卯団の仲間でも、誰にでもこの恰好で大人しく運ばれるわけではないだろう。

 その信頼が嬉しい。



 今朝は、いきなり気分が悪くなって、腹を抱えて、の根本に一人うずくまっていたのだが、今はもう、腹は痛くない。

 良かった。

 桑麻呂と酒虫は、ちょっとは気の毒だが、古志加を思えば、今回のことは……良かった。


 これでもう、卯団に、古志加をいやらしい目で見るおのこはいない。




    *   *   *




 荒弓あらゆみと古志加はほとんど背が同じだ。

 つまり阿古麻呂とも。

 古志加は荒弓にがばっと抱きつき、


「荒弓、荒弓、あたし、おみなで迷惑ですか?

 ここにいちゃ、迷惑……?」


 と泣きながら聞いた。


「そんなことはない。

 古志加、おまえはずっとここに居ていい。

 今回のことは何も気にするな。

 オレも布多未と同じことをしたさ。

 とにかく、おまえが無事で良かったよ。

 なあ皆?」


 と荒弓が言い、古志加と荒弓を取り囲んでいた卯団の皆も、


「そうさ!」

「ずっといてくれよ。」

「無事で良かったよ。」


 と口々に言う。


「ふぇぇぇん!」


 古志加はぼろぼろ泣きながら、皆に抱きつきはじめた。

 阿古麻呂も一瞬だけ、古志加をその腕に抱いた。


(……わ。)


 ふわりと、太陽の光に暖められた日なたのような穏やかな匂いと、スミレの花のような甘さがいりまじった匂いが鼻をかすめ、

 その身体は華奢きゃしゃではない。

 女にしては、よく鍛えられた筋肉の硬さと、男ではあり得ない肩幅の狭さと、細い腰。

 瞬時に胸の鼓動が跳ね上がる。

 でも一瞬で。

 古志加は離れる。


「……ふぅ。」


 皆がわぁわぁ言うなかで、阿古麻呂は頬に上がった熱を冷ますように、熱い息を吐き出した。

 古志加が無事で、本当に良かった。

 視線を感じた。

 花麻呂がこっちを見てる。

 半目で、口の動きだけで、


 ───だ、め。


 と言ってる。


 ───わかってるよ、


 と、こちらも口の動きでかえす。













 きんくま様から、ファンアートを頂戴しました。

 きんくま様、ありがとうございました。

 https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093073539318384

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