第二話

 おのこ二人が、裸で、首を斬られて死んでいる。

 脱ぎ捨てられた衣もあたりにある。


 桑麻呂くわまろと、酒虫さかむしだ。


 酒虫さかむしは、今年の一月、入ってきたばかりの、卯団うのだんの新入りだった。

 たしか歳は二十歳……。


「おまえ、狙われてたぞ。」


 と布多未ふたみが冷静に言う。

 古志加こじかは顔を引きつらせながら、


桑麻呂くわまろの顎を十日前、組稽古中に、はずしました。恨まれていたかもしれません……。」


 とゴクリと唾を飲み込み、


「何も殺さなくても……。」


 と消え入りそうな声でつぶやいた。

 布多未が斬ったのだ。

 衛士になるということは、あまりにひどいことをやらかした者は、それぞれの団の大志たいしに斬られるということだ。

 とは言え、本当に見知った顔が、斬られて死んでるのを見るのは初めてだ。


「あほうか!

 古志加、おのこが裸になるってことは、おまえ、酷い目にあって、殺されていたかもしれないんだぞ?!

 そんなヤツは上毛野衛士団かみつけののえじだんにはいらん。

 一回やるヤツは、繰り返すからな。」


 布多未に叱り飛ばされ、古志加はカタカタと震えだした。

 この位置なら、湯殿の古志加はよく見えただろう。

 あたしは見られていた。

 ついさっき、髪を乾かす最中に寝てしまったあたしを起こしたのが、布多未ではなく、桑麻呂と酒虫だったら、あたしは今頃、どんな目にあっていただろう……?


 ものすごい不快感と、恐怖と、怒りが込み上げ、頭が真っ白になった。


「あたしがおみなだから……!

 女になんて生まれなければ良かった。」


 そうすれば、ここまでの屈辱を感じずにすんだはずだ。

 震えながら、涙目で憎々しげに吐き捨てると、


「えっ、おまえ、そんな事考えてたのぉ?!」


 と布多未が頓狂とんきょうな声をあげた。

 この血の匂いのする凄惨な場所には似つかわしくない、明るい声だ。

 そして古志加の顔を覗き込み、


「そりゃあ、本当の愛子夫いとこせに、まだ会ったことがないからだぜ?」


 とあっけらかんと言った。

 その言葉は古志加を深く傷つけた。


「ワ──ッ! ワ──ッ!

 ワ──ホ──イ!!」


 いつの間にか、古志加の衣を持ってきた花麻呂が、大声をだして布多未にむかって首をふるが、

 もう遅い。


「わああああん!!」


 古志加はなりふり構わず、

 顔をおおって大声で泣き出した。




 ……知ってる。

 あたしは、三虎のいもでも、

 吾妹子あぎもこですらない。

 でも、あたしにとっては、

 たった一人の、たった一人の、

 恋いしい人。

 三虎。

 三虎だけが、あたしの恋いしい人だ。

 他には何もいらない。

 こんなに、心から恋うてるのに、

 まだ会ったことがないなんて、ひどい。

 もう会ってる!




 古志加はわらはのように泣き続け、花麻呂はびしりと布多未を指差し、


「古志加を泣かせたのは、あなたです。」


 とハッキリ宣言した。


「あれっ?! えっ、そうなのぉ……?

 おみな泣かせちゃった?」


 と布多未が動揺した声をだし、


「そうですよ。まったく。ほら、古志加。衣とかのくつ(革のくつ)。」


 と花麻呂が濃藍こきあい衣を古志加に渡そうとする。

 古志加は泣きながら受け取ろうとするが、なぜか布多未がすっと身を引いたので、受け取りそこねた。


「誰が渡せと言った。

 おまえ、濃藍こきあい衣きちっと着て、襲われかけました、と言っても説得力ないだろ!

 これから刑司けいのつかさに申し開きに行くが、オレは髪の毛一筋ぶんも疑われたくない。

 このとき髪に内衣うちごろも一枚だからいいんだろ?!

 古志加、刑司けいのつかさについたら、もっと哀れっぽく泣け。」


 と布多未が命令するので、


(あ……、あんまりだ!)


 と涙がひっこんだ。




    *   *   *




 刑司けいのつかさについたら、内衣うちごろも一枚になるという約束のもと、道を歩く最中は、上衣うわごろもをかけてもらえた。

 とはいえ、とき髪で、布多未に抱かれながら移動したので、充分恥ずかしかった。

 すれ違った女官が皆、口を大きく開け、立ち止まり、布多未が去ったあと、どよめいていた……。


「歩けます。」


 と言ったら、


「あほだな。

 辛い目にあったおみなは、腰が抜けちまうもんだ。

 黙っておのこに甘えていれば良い。」


 と布多未がしゃあしゃあと言うので、むしろ古志加は、


(ひぇ……!)


 と目をむいてかたまってしまった。

 ここまでおみな扱いされたのは初めてだ。

 どうしたらいいかわからず、思わず後をついてくる花麻呂に目で助けを求めると、


「ああ……、うん。」


 と困り顔で笑いながら、目をそらされた。


(ひぇぇ……。)


 古志加は息をのむ。




   *   *   *




 道すがら、花麻呂が経緯いきさつを話してくれた。

 桑麻呂くわまろに夜番を代わってほしいと頼まれ、夜番をかわったこと。

 夜番あけ、両手で抱えきれないほどの木の枝を抱えた、桑麻呂と酒虫さかむしを見かけ、不審に思い、あとをつけたこと。

 二人が、おみなの湯殿の入り口に沢山の木の枝をつみ、おみなが入ってこれないようにしたこと。

 そのまま、女の湯殿の竹垣たけがきの、隠されたほころびから、二人が湯殿の竹垣のなかに消えたこと。

 そこで花麻呂は荒弓あらゆみを呼びにその場を離れたが、近くにいた布多未をたまたま、捕まえられたこと。


「その後の布多未がもう、すげえのなんの。

 素っ裸になってた桑麻呂くわまろ酒虫さかむしに、一言の弁解べんかいも許さず、

 はあい 斬首ざんしゅ

 はあい 斬首、

 って、すぱぁんと斬っちまった。

 迷いのない剣が、……しびれたぜ!」


 と花麻呂が興奮気味に話してくれた。

 ふうん……、ちょっと見たかった。

 いや、裸の男は見たくない。


「強いんですね……。まだ礼を言ってませんでした。ありがとうございました。」


 と己を抱き上げる布多未に言うと、


「おう。」


 と布多未はにっこり笑い、


「あ、古志加おまえ、今宵の夕餉ゆうげはうちに来い。

 泣かせちまったからな。

 うちのいもに会ってけ。」


 と古志加を見下ろし、片目をつむった。


「へ。」


 と古志加はまばたきをした。

 布多未は、難隠人ななひとの武芸の師だ。

 難隠人付きの女官でもある古志加は、親しく言葉をかわす機会はこれまでにあったが、さすがにいもの顔は知らない。


「お、ついたぞ。花麻呂、上衣うわごろもをとれ。

 古志加。───泣け。」


 務司まつりごとのつかさの門のところで、


「ふえ──ん。」


 と古志加は泣き真似をした。

 見事なまでの下手くそさ、であった。

 これはこれで、すれ違う務司まつりごとのつかさの役人が、皆、一様いちようにぎょっとした顔を、古志加にむけていた……。

 後ろに従う花麻呂は、顔を真っ赤にしてうつむいた。



 申し開きが終わり、やっとかのくつを履き、上衣を着、帯をしめられた。

 でも下袴したばかまをここで着るわけにもいかないので、


(下がす──す──する!)


 落ち着かない。

 さあ歩いて帰ろうとしたら、


「古志加。」


 と布多未にまた抱き上げられてしまった。


「本当にもう、平気です。」


 と首をふる古志加は、布多未の腕から、花麻呂の腕にうつしかえられてしまった。


「辛い目にあったおみなには優しくしろ。

 このまま抱いて送っていけ。」


 と布多未は踵をかえす。


「ああ、何かききたいことがあれば、オレはこの後、父上と一緒に広瀬さまの護衛だ。荒弓によろしくな。たたら濃き日をや(良き日を)。」


 と軽く手を振り、颯爽と布多未は立ち去った。











↓古志加、筋肉美を証明する挿絵(露出度が高いので、そういう絵があまり好きではない方は、ご覧いただかなくてかまいません。)

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330664133235983

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