第十章 歌垣で会えたなら
第一話
衛士は、毎日、
衛士見習いの
石畳の道をむこうから、二人の女官が
そのうちの、背の高い女官が、こちらを見て、ふっと笑った。
(!)
阿古麻呂の
(
女官の髪型──左右の頭の上で
だが、
(本当に?)
すれ違い、振り向き、つい、ふわりと舞った
「わっ!」
びっくりした古志加が、大きい目をさらに見開いて、こちらを振り向く。
本当に古志加だ。
化粧っ気がない。でも、大きく輝く目、すっと通った
衛士の
「ごめん、つい……。」
危うく、転ばせてしまうところだった。
「
と古志加が笑顔で、背の低い女官に言う。
先に行ってしまった他の衛士を目で気にしつつ、
「あはは、鼻がいいなぁ……。」
と古志加は笑いながら、盆を片手で持って、木の箱の
中には、米菓子。
「今回だけだよ、阿古麻呂。」
棒状に固められた米菓子を一つ、ひょいとつまみあげ、無駄のない動きで阿古麻呂の口に運んだ。
間抜けに開いた阿古麻呂の唇に、ほんの少し、古志加の指が触れた。
「じゃあね!」
きらきらといたずらっぽい微笑みを残して、古志加はさっと身をひるがえし、素早く、だが優雅に、先を行く女官と合流した。
全てが鮮やかすぎて、かえって白昼の幻のようだった。
口には、上等な米菓子の甘さが広がる。
阿古麻呂も慌てて、
花麻呂、本当に?
本当に、ダメなのか……?
* * *
三虎はいない。
七月。
七夕の宴。
去年は、花麻呂に、
「頼む。代わってくれ。お願いだ……!」
と必死に頼み込まれ、
かえって、良かった。
三虎はもう、舞台の上にはあがらなかったが、やはりあの
今年は、花麻呂と組んで、
遊行女の舞が始まる。
遊べ 遊べや
三十人の美女がいっせいに舞い踊る。
古志加は無表情に、ぼんやりとその
と、隣の花麻呂から、なにかふわりとした熱気を感じた。
花麻呂を見ると、一心に舞台上の誰かを幸せそうに見つめている。
口もとがほころび、目は熱っぽく潤んでいる。
(あ……、この顔、
でも、花麻呂の
じゃあ、本当に慕いあってる妹と
少なくとも、鏡売と
それとも、妹の心に、誰か他の男が住んでても、関係無いのかな?
と古志加が花麻呂の顔を見て首をひねっていると、美しい声がきこえてきた。
古志加は、はっと息をつめ、舞台は見ず、耳だけを澄ませた。
絶えぬものから さ寝らくは
玉蔓 や 玉蔓
年の渡りに ただ一夜
かささぎ橋の ただ一夜のみ
古志加は瞳を揺らして、その唄をきいた。
歌詞が、古志加の胸のなかに、すっと入りこんできた。
誰が唄っているかではなく、その意味が。
美しく豊かに
一年に、たった一夜のみ……。
それって、どんなにか辛いだろう。
辛いよね……?
三虎に半年会ってないだけで、こんなに、辛いのに……。
「ごめん、ちょっと……。」
それだけ、やっとの思いで口にし、ちょうど警邏のあいまで舞を鑑賞できた何人かのかたまりをすり抜け、その場を離れた。
人気のない方へ。
木立の方へ。
充分離れて、
「うわあ……。」
と声を出して、古志加は泣き出した。
あの声に、あの唄に、
心を揺らされてしまった。
悲しさが、
恋しさが、
寂しさが、
心から溢れ出し、古志加を揺らし、
涙を止めることができない。
(会いたい。会いたい。)
一年にたった一夜。
そんなの、辛い。
でも、絶えることなく心は結ばれているなら、羨ましい。
あたしは、恋うても、恋うても、
………あたしからだけ。
ああ、会いたいよ。
それだけでいいよ。
三虎。
「ああ………。」
と声をあげ、泣きむせぶ。
と、後ろで、パキリと、小枝を誰かが踏み折った音がした。
古志加は驚き、肩をびくりと揺らし、声をひっこめた。
鋭く振り返る。
「あ……。」
戸惑って立つ人影が声をもらした。
阿古麻呂だ。
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