第六話  掛け鈴 〜かけすず〜

 シャララ……、と鈴が鳴る。

 三虎は後ろ手で戸を閉めた。

 遊浮島うかれうきしまの、莫津左売なづさめの部屋?

 どことなく部屋が違うような気がする。

 遊浮島の部屋なら、当然、おみながいる。

 女は向こうをむいて座っている。

 髪でわかる。

 古志加こじか

 衛士の濃藍こきあい姿だ。


(なぜここに?)


 古志加が、すっと立ち、こちらを、「え?」という顔で見、


「うん、あたし、三虎、大好き。」


 と花がほころぶようにニッコリ笑って、こちらを見つめた。

 三虎は、ぐっと胸が詰まったようになる。


(お前、十六歳になって、ずいぶん顔が変わったなぁ!)


 顔のつくりは変わらないのに、女らしさが足されて、女は変わる。

 ずいぶん綺麗な顔で笑うようになった。


 古志加が、ふわっ、とこちらの胸に飛び込んできた。

 山吹色の女の衣で。


「三虎、三虎の部屋に行くから、今夜は一緒に寝て。あたし、そう言ったでしょう……?

 あたしを、すみれの花妻はなつまにして。」


 と潤んだ目で三虎を見上げた。


(……たしかに、そう聞いた。)


 と心のどこかで納得した。

 ここは遊浮島で、オレはすずを鳴らした。

 あの鈴が次に鳴らされるのは、男女だんじょ共寝ともねした後。

 そう決まっている。


(……なら、いいのかぁ。)


 古志加が帯をとき、肩から山吹色の衣をすべらせ、腹まであらわにし、顔を赤らめ、右手を女らしい仕草で己の耳上にあてた。

 恥ずかしそうに、こう言った。


「……ご褒美です。」




     *   *   *




「なんのだああ?!」


 叫びつつ、起きた。

 はあ、夢、ひどい夢を見た。


(乳房が……!)


 生々しかった。

 やっぱり昨日の昼間、見てしまったせいだ。

 おみなの裸など、月と蝋燭ろうそくの明かりのもとでしか見たことはない。

 う───、と唸りながら、三虎は自分の頭をガンガン叩いた。


(もう二十二歳なのに、オレは十五歳のわらはか!)


 まったく修行が足りない。


 本当に慕いあう男女が、離れて会えない時、魂は体を離れ、夢に現れるという。

 夢での逢瀬おうせ


 魂逢たまあい。


 それを繰り返せば、うつつでも二人の距離は縮まり、恋は成就すると言われている。

 魂逢たまあいは、男女共に同じ夢を見るというが。


「うわあああ。」


 と口からもらしながら、三虎は頭を布団に打ちつけた。



 今のは違う。

 オレと古志加は慕いあっていない。

 古志加の魂は体から離れていない。

 断じて違う。

 もし今の夢を古志加に見られていたら、オレは憤死する………!




    *   *   *




 濃藍こきあいの内衣一枚だけの花麻呂はなまろが──なにせ、上衣は古志加にかけてやったままだ──三虎と難隠人ななひと浄足きよたりと別れて、元の場所に戻ると、もう古志加の姿はそこになかった。


(可哀想になぁ。)


 オレに見られたのも嫌だったろうけど、恋うてるおのこに見られて、あの態度じゃ、泣くよなぁ……。

 前に見たって、いつだ?

 まあ、いいか……。

 眠い。




 衛士舎えじしゃに戻り、眠り、次の夜番の前に、ちゃんと古志加は衣を洗って返してくれた。

 古志加は目をあわせようとしない。


「なんだ、別に洗うまでしてくれなくっても良かったのに。」


 と言うと、古志加は苦悩するように頭をふり、


「あの時……、難隠人に馬糞、柄杓ひしゃくでひっかけられた。

 ちょっとついたかもしれないから。」


 と悔しそうな顔をした。

 

(ああ……納得。)


 大笑いしたら、


「ひどい!」


 と睨みつけられ、肩を平手で叩かれた。


「ああ、すまんすまん……。で、見るか?」


 とけっこう本気で古志加に聞いた。


「へ……?」


 と古志加は困惑する。


「ほら、お前の良いもの見ちゃったから……。」


 と手で自分の胸に山を作り、


「オレの良いものも見たいかなぁ、と……。」


 と手で腹下をパンと叩く。


「バカ! 見ない!」


 と古志加は真っ赤な顔で、反対の肩を叩いてきた。

 花麻呂は、ははは……、と笑い、古志加の頭をグリグリなでた。

 手が触れる瞬間、古志加がハッとしたように肩をすくめたのに気づいたが、


「じゃあ、気にするな古志加。

 裸は恋する相手に見せてこそだ。

 オレだって、いもがいる。妹が良い。」


 と明るく言った。古志加は肩から力を抜いて、


いもがいるの?」


 と訊いた。花麻呂は手を離し、照れくさそうに笑い、


「そうだ。……って、言い切っていいのかなあ。

 オレにとっては、たった一人の妹だけど、そのおみなの心のなかには、他のおのこも住んでる。」


 と告白した。


「あ……、い……、いもだよ! ちゃんと、花麻呂の心は通じてるよ、花麻呂、いいヤツ……。」


 と古志加は言ってくれた。

 その他のおのこって、お前の想い人だぜ。


「お前もいいヤツだなぁ! まあ、そういうことで、これまで通り、何も変わらない、古志加。な?」


 と花麻呂は古志加の背をバシッと叩いた。古志加が、


「ひゃっ……。」


 と言い、


「うん!」


 と頷き、元気良く笑った。けっこう けっこう。


(……ん?)


 胸のあたりが、今、何かヒヤリとした。

 恋とは切ないな、古志加。




    *   *   *




 夜番明け。


「前に見たって三虎が言ってたの、いつだ? 嫌なら言わなくていい。」


 とつい好奇心に負けて聞いてしまった。

 古志加は自分の十歳の頃から話してくれた。


「首を踏まれて、衣をとられちゃった。」


 と古志加が言うので、花麻呂は、


「げっ。」


 と言った。十一歳の童の首、踏むかあ……?


「お前、そんなことまでされても三虎の……。」


 と言いかけ、うっ、と口を手で押さえた。

 危ない。

 三虎のこと恋うてるの?!

 と言ってしまうところだった。


「お前、反吐はかれたり、馬糞かけられたり、忙しいヤツだなあ!」


 と言ってやると、


「もうっ!」


 と古志加が花麻呂の腕を叩いた。

 日佐留売ひさるめのところに連れていかれる時、卯団うのだんの皆が一緒についてきてくれた話しをした時は、古志加は嬉しそうに笑った。


「良い仲間だよなあ。」


 と花麻呂も言い、二人で笑いあった。


「皆を叱らないで、オレの親父はすぐに殴ってきたのに……。」


 古志加の話が途切れた。


 夜明けの薄闇に、三虎が立っている。








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