第七話 掛け鈴 〜かけすず〜
シャララ……、と鈴が鳴る。
三虎は後ろ手で戸を閉めた。
どことなく部屋が違うような気がする。
遊浮島の部屋なら、当然、
女は向こうをむいて座っている。
髪でわかる。
衛士の
(なぜここに?)
古志加が、すっと立ち、振り向いた。
「えっ?」
と一つに結んだ髪の毛を揺らして驚いたあと、
「うん、あたし、三虎、大好き。」
花がほころぶようにニッコリ笑って、こちらを見つめた。
三虎は、ぐっと胸が詰まったようになる。
(お前、十六歳になって、ずいぶん顔が変わったなぁ!)
顔のつくりは変わらないのに、女らしさが足されて、女は変わる。
ずいぶん綺麗な顔で笑うようになった。
古志加が、ふわっ、とこちらの胸に飛び込んできた。
山吹色の女の衣で。
「三虎、三虎の部屋に行くから、今夜は一緒に寝て。あたし、そう言ったでしょう……?
あたしを、すみれの
と潤んだ目で三虎を見上げた。
(……たしかに、そう聞いた。)
と心のどこかで納得した。
ここは
あの鈴が次に鳴らされるのは、
そう決まっている。
(……なら、いいのかぁ。)
古志加が帯をとき、肩から山吹色の衣をすべらせ、腹まで
恥ずかしそうに、こう言った。
「……ご褒美です。」
* * *
「なんのだああ?!」
叫びつつ、起きた。
はあ、夢、ひどい夢を見た。
(乳房が……!)
生々しかった。
やっぱり昨日の昼間、見てしまったせいだ。
う───、と唸りながら、三虎は自分の頭をガンガン叩いた。
(もう二十二歳なのに、オレは十五歳の
まったく修行が足りない。
本当に慕いあう男女が、離れて会えない時、魂は体を離れ、夢に現れるという。
夢での
それを繰り返せば、
「うわあああ。」
三虎は叫び声をもらしながら、頭を布団に何度も打ちつけた。
(今のは違う。
オレと古志加は慕いあっていない。
古志加の魂は体から離れていない。
断じて違う。
もし今の夢を古志加に見られていたら、オレは憤死する………!)
* * *
(可哀想になぁ。
オレに見られたのも嫌だったろうけど、恋うてる
前に見たって、いつだ?
まあ、いいか……。眠い。)
古志加は目をあわせようとしない。
「なんだ、別に洗うまでしてくれなくっても良かったのに。」
と言うと、古志加は苦悩するように頭をふり、
「あの時……、難隠人さまに馬糞、
ちょっとついたかもしれないから。」
と悔しそうな顔をした。
(ああ……納得。)
大笑いしたら、
「ひどい!」
と睨みつけられ、肩を平手で叩かれた。
「ああ、すまんすまん……。で、見るか?」
花麻呂はけっこう本気で古志加に
「へ……?」
古志加は困惑する。
「ほら、お前の良いもの見ちゃったから……。」
花麻呂は両手で胸におおきな山を作り、
「オレの良いものも見たいかなぁ、と……。」
と右手で腹下をパンと叩く。
「バカ! 見ない!」
古志加は真っ赤な顔で、反対の肩を叩いてきた。
花麻呂は、ははは……、と笑い、古志加の頭をグリグリなでた。
手が触れる瞬間、古志加がハッとしたように肩をすくめたのに気づいたが、
「じゃあ、気にするな古志加。
裸は恋する相手に見せてこそだ。
オレだって恋する
と明るく言った。古志加は肩から力を抜いた。
「恋する
「そうだ。」
古志加は、興味が抑えられない、という顔をした。
「
「んー……。」
花麻呂は、軽く苦笑する。
「オレにとっては、たった一人の、恋いしい
だから、
「あ……、う、うまくいくよ!
ちゃんと、花麻呂の心は通じるよ。
だって、花麻呂、いいヤツ……。」
と古志加は言ってくれた。
その他の
「お前もいいヤツだなぁ! まあ、そういうことで、これまで通り、何も変わらない、古志加。な?」
花麻呂は古志加の背をバシッと叩いた。古志加は、
「ひゃっ……。」
と驚いたあと、
「うん!」
と頷き、元気良く笑った。けっこう けっこう。
(……ん?)
胸のあたりが、今、何かヒヤリとした。
恋とは切ないな、古志加。
* * *
夜番明け。
「前に見たって三虎が言ってたの、いつだ? 嫌なら言わなくていい。」
花麻呂はつい、好奇心に負けて訊いてしまった。
古志加は自分の十歳の頃から話してくれた。
「首を踏まれて、衣をとられちゃった。」
と古志加が言うので、花麻呂は、
「げっ。」
と言った。十一歳の
「お前、そんなことまでされても三虎の……。」
と言いかけ、うっ、と口を手で押さえた。
危ない。
三虎のこと恋うてるの?!
と言ってしまうところだった。
「お前、反吐はかれたり、馬糞かけられたり、忙しいヤツだなあ!」
「もうっ!」
古志加が花麻呂の腕を叩いた。
「良い仲間だよなあ。」
と花麻呂も言い、二人で笑いあった。
「皆を叱らないで、オレの親父はすぐに殴ってきたのに……。」
古志加の話が途切れた。
夜明けの薄闇に、三虎が立っている。
↓挿絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093084300163146
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