第八話  花麻呂、どういうつもりだ。

 卯はじめの刻。(朝5時)


 三虎は安心した。

 昨日の夜、古志加こじか夜番よるばんだった。

 魂逢たまあいは、同じ時間に同じ夢を男女が見る。

 つまり、昨日の夢は魂逢いではない。

 良かった、憤死しないですむ……!




 三虎は夜番帰りの衛士たちが通る道に立っていた。

 朝早く、珍しい時間なので、驚かれつつ、卯団うのだんの衛士に挨拶をされる。


「ご苦労だったな。」


 とねぎらいつつ、古志加を待つ。

 古志加は、皆の最後に、皆と距離をとって、花麻呂はなまろと話をしながら、のんびり歩いてくる。


(……花麻呂か。)


 昨日、花麻呂に言われた。


 ──まるで、古志加が自分の所有物みたいな言い草だ。


 オレが拾ってきたんだ。

 気にかけてるだけだ。

 衛士になったのは、本人が決めたことだ。

 所有物なんて心外だ。



 ──三虎こそ、古志加をおみなとして見てるんじゃないんですか?


 見てない。

 即答できる。

 でも変な夢なら見てしまった……!



 花麻呂。

 どういうつもりだ。

 お前こそ、古志加をおみなとして見てるんじゃないのか。

 白昼、胸の白さを見てしまったお前も、夢は見なかったのか。

 

 胸中に苦々しさを感じながら、花麻呂と古志加を見る。



 よく話し込んでる。

 ちょっと意外だ。

 なんとなく、古志加は花麻呂に対して、もっとぎこちない態度になるのでは、と思っていたが、今、古志加のほうから気軽に花麻呂の腕を叩いた。

 花麻呂は明るく笑っている。


(へぇ……。)


 ぎこちなさの片鱗へんりんもない。

 話しがはずみ、二人で目線を交わし、にこにこ笑いあっている。

 穏やかに話す古志加の声が聞こえてきた。


「オレの親父はすぐ殴ってきたのに……。」


 古志加がこちらに気づく。

 ついで花麻呂が気づく。


「三虎! おはようございます。」


 と花麻呂がすぐに挨拶し、古志加はさっと目をふせ、


「おは……、おはようございます。」


 と小声で言った。目線を上にあげない。


(この態度の違いはなんだ。)


「お前らずいぶん仲が良いな。」


 冷たく言うと、花麻呂が、


「はぁ、まあ……。」


 と頭をかいた。

 古志加はうつむいたまま、無言だ。


「古志加に話がある。……行け。たたら濃き日をや(良い日を)。」


 と花麻呂に顎をしゃくる。


「たたら濃き日をや。」


 花麻呂が挨拶を口にし、古志加をチラリと見てから、古志加を置いて一人でこちらに歩き出す。


(……お前こそ、古志加を女として見てるんじゃないのか。)


 お前ら二人、同じ夢を見ていたわけではあるまいな。


「お前、夢を……。」


 花麻呂を見つつ、口が滑った。

 花麻呂が不思議そうに三虎を見た。

 三虎は目をそらした。


「なんでもない。」


 花麻呂はすれ違いざま、三虎の肩に手を置き、


「見ましたよ、遊行女うかれめの夢なら。」


 と三虎にささやいていった。

 三虎の鼓動が跳ねた。

 三虎は花麻呂を振り返ったが、花麻呂はこちらを見もせず、すたすたと歩いて行ってしまった。

 その表情は見えなかった。


(どういう意味だ……!)


 誰か馴染みの遊行女うかれめか。

 それとも、古志加が遊行女として夢にでてきたか。

 自分が昨日見た、憤死ものの夢を言い当てられたような気がして、瞬時に体が熱くなる。

 心が乱れた。

 

(花麻呂のヤツめ、やってくれたな……!)


 石畳の道の向こう、どんどん遠ざかる花麻呂の背中を睨みつける。


(オレは大川さま以外のことで心を乱したりしたくない。

 これっぽちも……!

 花麻呂が古志加を女として見ようとも、知ったことか!)


 三虎は古志加にこれから、話をしなければならない。

 話といっても命令だ。

 古志加に否とは言わせない。

 だが、古志加は難しいところがあって、素直にこちらの言いつけを聞くと思えば、思わぬところで反発してくる時もある。

 三虎も、古志加を思えば、あまり気乗りしない話なのだ。

 慎重に、話をすすめたかった。

 全ては、鎌売かまめのため、難隠人ななひとさまのため、ひいては大川さまの為だ……!


 それなのに、心が乱された。

 目の前の古志加はうつむいたままだ。

 三虎はイライラとし、


「おい! お前は卯団うのだん長の顔も見れないのか。

 頭が腐って耳から全部流れたか!

 顔を上げろ!」


 と言った。




     *   *   *  





(ひぃ……。恥ずかしいよぉ……。)


 きっと、あたしの肌があらわになったって、三虎にとっては、どうということはないのだ。

 十一歳のわらはとかわらないのだ。それがどうした、と思ってるのだ。

 ぐすん……。泣ける。

 だからこれは、あたしの問題だ。


(恥ずかしくて恥ずかしくてたまらない!)


 誰だ、「一夜でも良いから呼んでほしい。あたしを好きにして良いんだから。」なんて考えていたおみなは。

 過去のあたしをひっつかまえて、肩をゆさぶって、「バカぁぁぁ! そんな事できるはずもないわあ!」と叫びたい。

 顔から火を噴く。

 とにかく恥ずかしい。見られただけで恥ずかしい。

 だって見られたんだよ?!

 叶うものなら今にも、


「ヒィィィ!」


 と叫びながら逃げさりたい。しかしそれでは、


「おまえは本当に頭に何も詰まってないのか!

 衛士なんてやめちまえ!

 そのまま卯団うのだんを去れ!」


 と三虎は、あたしの逃げる背中に叫ぶに違いない。


(だからダメ、逃げちゃダメなんだよ、あたし……!)


 古志加は顔をあげた。

 頬には熱がたまり、唇は震え、目尻には涙が滲んでる。

 下におろした左腕の肘のあたりを、落ち着きなくさすってしまう。


 厳しい顔をした三虎と目があう。

 すると三虎がなぜか、眉をゆがめ、目をつむり、うつむき、


「くっ……、修行が!」


 とつぶやいた。

 なんのことだろう?


 だが、三虎が顔をあげた時には、もういつものムっとした不機嫌そうな顔だった。


「場所をかえる。いいもの飲ませてやるから、ついてこい。」


 と平坦な声で良い、すぐに三虎は歩きだした。

 古志加はうつむき加減でついていく。


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