第二話  花麻呂と稽古。

 三つの刻。(朝10時)


 六月の気持ち良い風が、あふち(栴檀せんだん)の白い花を揺らす。


(あっ、三虎だ……!)


 あふちのかぐわしい香りと共に、三虎が卯団うのだんの広庭に姿を現したのを、古志加こじかは、剣の素振りをしながら目ざとく見つけた。

 三虎は、大志たいし(卯団のリーダー)の荒弓あらゆみと、話しはじめる。

 三虎がもとどりに挿した黒錦石くろにしきいしかんざしが、夏の陽光に黒くきらめく。


(三虎が卯団うのだんの広庭に顔をだしたのは四日ぶりだ。

 久しぶりに、稽古をつけてくれるかな……?)


 古志加こじかは、期待で胸がワクワクする。





 古志加は、濃藍こきあい衣の姿だ。

 十五歳になった古志加は、春に見習い衛士えじになり、濃藍こきあい衣を支給された。

 綿襖めんおう(綿の分厚い生地)は、膝下まで上衣うわごろもの長さがあるが、右と左に大きく切れ込みが入り、動きの邪魔にはならない。


 格好だけなら、見習いも、正式な衛士も、同じ。

 古志加は、格好良い姿になれて嬉しい。

 毎朝、濃藍こきあい衣に袖を通すだけで、にこにこ、笑顔になるのだった。





 三虎が話を終えて、荒弓から、広庭で訓練してる衛士のほうに顔を向けた。


(やった! きっと、このまま、稽古の流れだ。

 弓の訓練の時間は終わっていて、良かったぁ……。)


 古志加の弓の腕は、卯団のなかで劣る方だ。

 古志加とて、幼少から弓で山鳥など射止めていたから、弓下手ではない。

 だが、皆、当たり前に、弓矢が上手い。

 加え、馬に乗りながら弓を扱うので、かなりの技術が必要だ。


 古志加が馬に乗る練習をはじめられたのは、この春、卯団の衛士見習えじみならいになれてからだ。

 馬の扱いだけでも難しいのに、馬上から矢を射ると、的に当たらない……。


 そして、三虎は卯団で一、二を争うほど、弓が上手い。

 狙いすましたところに、すいすい矢をあてる。

 格好いい。

 弓の訓練に三虎が顔を出すと、


「お前の目は節穴か。下手くそ。」


 と古志加は言われてしまう。

 しかし剣なら。

 十歳から、卯団うのだんの皆に稽古をつけてもらってる。


(三虎にいいところを見せたい。)


 荒弓がよく通る声で、


「素振り終わり!

 各々おのおの、剣で打ち合え!」


 と指示した。古志加は、きょろきょろ、まわりを見回す。近くにいた花麻呂はなまろと目があった。

 花麻呂は、古志加の二歳年上、十七歳。中肉中背。

 古志加は、衛士仲間に対する礼儀で、にこっ、と微笑む。


「花麻呂、やろう?」

「おう。」


 花麻呂も気軽に笑って、応じてくれる。

 

(負けないんだから……。)


 古志加は笑みを消し、手にした剣、握り込んだ柄、刀身、切っ先に、集中をする。

 十六人の衛士が剣を打ち合い、土埃つちぼこりをたてるなか、古志加はゆっくり剣を花麻呂にむかってかまえた。

 花麻呂の雰囲気が、話しかけやすい気安い仲間から、剣をあわせ、勝敗を争う相手へと、変貌する。

 花麻呂は、古志加より、すこし、背が高い。

 花麻呂は大きな目をらんらんと輝かせて、古志加を見下ろし、剣をかまえた。


「絶対負けねぇ。」


 同じことを思っていたようだ。


(ふふっ、おかしい。)


 古志加はちょっと口もとに笑みをいてから、


「ふ───っ。」


 と無言の気合を入れ、花麻呂のかまえている剣に、軽く己の剣をあてた。

 チィン。

 と音がなり、稽古を開始する。


「はぁっ!」


 と花麻呂が剣を振りかぶり、


「ふっ!」


 と古志加が左から剣をなぐ。

 剣が火花を散らし、すぐ次の剣戟へ。

 古志加の持ち味は早さ。

 荒々しいほどの早さ。

 その早さが生む手数の多さ。

 勢いと力を込め、古志加は上からふりかぶる。

 花麻呂が正面で受け止め、ガァン、と良い音がし、剣ごしに目が合う。




     *   *   *

  



 交差した剣ごしに古志加と目があう。

 闘志のみなぎった、ギラついた目。

 額には汗が光り、歯をくいしばっている。

 気迫のこもった表情だが、花麻呂は思う。


(それでも、もとのつくりは可愛い顔だよなぁ。)


 古志加が後頭部で一本に縛った長い癖っ毛が、風に踊っている───。






 花麻呂が卯団うのだんに入団して二年。

 初めて古志加を見たときは、


(卯団には下人げにんがいるんだ。)


 と思った。

 もとどりを結わず、簡単に後頭部で一本に縛っただけの髪の毛先は、背のなかほどまであり、髪の毛がチリチリくるくる巻いていた。

 思わず、


「わかるぜ! 髪の毛結うの大変だよなあ!」


 と声をかけてしまった。

 くるくるの扱いづらい毛は、自分も苦労させられていたから。

 オレはきちんともとどりを結うがな!

 見た目は大事。

 下人の若いおのこは、大きな目を見開いて、


「うん。」


 と驚いた顔をしてた。

 その下人が、灰汁色あくいろの衣のまま剣の稽古に参加したときは、こっちが驚いた。

 下人なのに何故。


「歳は?」


 とくと、


「十三。」


 とこたえた。

 オレより二つ下。

 衛士団の入団は十五歳からの決まりだ。

 不服に思いながら手合わせすると、なんと負けて驚いた。

 とにかく動きが早くて、さばききれなかった。


 その後、薩人さつひとに、


「古志加、馬の葉桶ばおけ、ありがとうな。」


 と頭をぐりぐりされて、声を出して笑う古志加を見て腹が立ち、


おのこのくせに、そんな声だして笑うな!」


 と言ったら、古志加は泣き出しそうな顔で、情けなさそうに、


「あ、あたし、おみな……。」


 と言ったので、愕然がくぜんとした。


 卯団の皆は古志加をでっかいわらはみたいに扱うが、古志加もいつもおのこの恰好をしてるが、顔だけ見れば可愛い顔立ちをしている、


おみなだろ……!)


 もちろん、こんなおのこみたいなおみなは、花麻呂の好みではない。

 おみななら、もっと華奢きゃしゃで、なよやかで、見ているだけで守ってやりたくなるような、美しいおみなが良い。


 ただ、今も。


 剣を切り結び、古志加が身を回し足蹴りを放ってきた。

 花麻呂は腰を反らせかわす。

 あたらない。

 だが鼻が、匂いをとらえてしまう。

 六月の暑い陽射し。

 皆たっぷり汗をかいている。

 男くさい土ぼこりのなか、古志加のまわりだけ、匂いが違う。

 男くささ皆無だ。

 ほんの少しの、……すみれの花のような甘い、おみなの匂い。


(やりづらい……!)


 オレだけか、このやりづらさは。

 他の奴らは感じないのか。

 古志加と五回仕合えば、四回は負ける。

 負けることが腹立たしく、このやりづらさも腹立たしい。

 別に古志加が憎いとか思ってないが、


(絶対、負けたくねぇ。)


 と思ってしまう。


「くっ!」


 剣を弾かれ、古志加の剣が首もとに突きつけられた。

 負けた。

 花麻呂は、は──っ、と大きく息を天に向かって吐いた。


「古志加、来い!」


 遠くから大声で三虎が叫ぶ。


「はい!」


 荒い息をつく古志加は、瞬時に喜びのあふれた顔になり、弾んだ声で三虎に返事をした。

 いつものことながら、古志加は三虎としゃべる時、あわをもらった雀みたいだ。


(嬉しそうに、ちゅんちゅん鳴いてるぜ……。)


「じゃあね、花麻呂。」


 古志加は、ぱっ、とこちらに笑顔を向けて、駆け去ろうとする。


 花麻呂は、人付き合いが苦手ではない。

 古志加とも、稽古で勝とうが負けようが、普段の生活に引きずる事はない。

 このあと、いつも通り気安い仲間として接しやすいよう、にっ、と笑って、


「おう。」


 簡単に挨拶し、見送る。















 ↓私の挿し絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330659583946197



 ↓かごのぼっち様より、ファンアートを頂戴しました。ありがとうございます!

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818023213128016141

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