第二話 花麻呂と稽古。
六月の気持ち良い風が、あふち(
(あっ、三虎だ……!)
あふちの
三虎は、
三虎が
(三虎が
久しぶりに、稽古をつけてくれるかな……?)
古志加は、
十五歳になった古志加は、春に見習い
格好だけなら、見習いも、正式な衛士も、同じ。
古志加は、格好良い姿になれて嬉しい。
毎朝、
三虎が話を終えて、荒弓から、広庭で訓練してる衛士のほうに顔を向けた。
(やった! きっと、このまま、稽古の流れだ。
弓の訓練の時間は終わっていて、良かったぁ……。)
古志加の弓の腕は、卯団のなかで劣る方だ。
古志加とて、幼少から弓で山鳥など射止めていたから、弓下手ではない。
だが、皆、当たり前に、弓矢が上手い。
加え、馬に乗りながら弓を扱うので、かなりの技術が必要だ。
古志加が馬に乗る練習をはじめられたのは、この春、卯団の
馬の扱いだけでも難しいのに、馬上から矢を射ると、的に当たらない……。
そして、三虎は卯団で一、二を争うほど、弓が上手い。
狙いすましたところに、すいすい矢をあてる。
格好いい。
弓の訓練に三虎が顔を出すと、
「お前の目は節穴か。下手くそ。」
と古志加は言われてしまう。
しかし剣なら。
十歳から、
(三虎にいいところを見せたい。)
荒弓がよく通る声で、
「素振り終わり!
と指示した。古志加は、きょろきょろ、まわりを見回す。近くにいた
花麻呂は、古志加の二歳年上、十七歳。中肉中背。
古志加は、衛士仲間に対する礼儀で、にこっ、と微笑む。
「花麻呂、やろう?」
「おう。」
花麻呂も気軽に笑って、応じてくれる。
(負けないんだから……。)
古志加は笑みを消し、手にした剣、握り込んだ柄、刀身、切っ先に、集中をする。
十六人の衛士が剣を打ち合い、
花麻呂の雰囲気が、話しかけやすい気安い仲間から、剣をあわせ、勝敗を争う相手へと、変貌する。
花麻呂は、古志加より、すこし、背が高い。
花麻呂は大きな目をらんらんと輝かせて、古志加を見下ろし、剣をかまえた。
「絶対負けねぇ。」
同じことを思っていたようだ。
(ふふっ、おかしい。)
古志加はちょっと口もとに笑みを
「ふ───っ。」
と無言の気合を入れ、花麻呂のかまえている剣に、軽く己の剣をあてた。
チィン。
と音がなり、稽古を開始する。
「はぁっ!」
と花麻呂が剣を振りかぶり、
「ふっ!」
と古志加が左から剣をなぐ。
剣が火花を散らし、すぐ次の剣戟へ。
古志加の持ち味は早さ。
荒々しいほどの早さ。
その早さが生む手数の多さ。
勢いと力を込め、古志加は上からふりかぶる。
花麻呂が正面で受け止め、ガァン、と良い音がし、剣ごしに目が合う。
* * *
交差した剣ごしに古志加と目があう。
闘志のみなぎった、ギラついた目。
額には汗が光り、歯をくいしばっている。
気迫のこもった表情だが、花麻呂は思う。
(それでも、もとのつくりは可愛い顔だよなぁ。)
古志加が後頭部で一本に縛った長い癖っ毛が、風に踊っている───。
花麻呂が
初めて古志加を見たときは、
(卯団には
と思った。
思わず、
「わかるぜ! 髪の毛結うの大変だよなあ!」
と声をかけてしまった。
くるくるの扱いづらい毛は、自分も苦労させられていたから。
オレはきちんと
見た目は大事。
下人の若い
「うん。」
と驚いた顔をしてた。
その下人が、
下人なのに何故。
「歳は?」
と
「十三。」
とこたえた。
オレより二つ下。
衛士団の入団は十五歳からの決まりだ。
不服に思いながら手合わせすると、なんと負けて驚いた。
とにかく動きが早くて、さばききれなかった。
その後、
「古志加、馬の
と頭をぐりぐりされて、声を出して笑う古志加を見て腹が立ち、
「
と言ったら、古志加は泣き出しそうな顔で、情けなさそうに、
「あ、あたし、
と言ったので、
卯団の皆は古志加をでっかい
(
もちろん、こんな
ただ、今も。
剣を切り結び、古志加が身を回し足蹴りを放ってきた。
花麻呂は腰を反らせかわす。
あたらない。
だが鼻が、匂いをとらえてしまう。
六月の暑い陽射し。
皆たっぷり汗をかいている。
男くさい土ぼこりのなか、古志加のまわりだけ、匂いが違う。
男くささ皆無だ。
ほんの少しの、……すみれの花のような甘い、
(やりづらい……!)
オレだけか、このやりづらさは。
他の奴らは感じないのか。
古志加と五回仕合えば、四回は負ける。
負けることが腹立たしく、このやりづらさも腹立たしい。
別に古志加が憎いとか思ってないが、
(絶対、負けたくねぇ。)
と思ってしまう。
「くっ!」
剣を弾かれ、古志加の剣が首もとに突きつけられた。
負けた。
花麻呂は、は──っ、と大きく息を天に向かって吐いた。
「古志加、来い!」
遠くから大声で三虎が叫ぶ。
「はい!」
荒い息をつく古志加は、瞬時に喜びのあふれた顔になり、弾んだ声で三虎に返事をした。
いつものことながら、古志加は三虎と
(嬉しそうに、ちゅんちゅん鳴いてるぜ……。)
「じゃあね、花麻呂。」
古志加は、ぱっ、とこちらに笑顔を向けて、駆け去ろうとする。
花麻呂は、人付き合いが苦手ではない。
古志加とも、稽古で勝とうが負けようが、普段の生活に引きずる事はない。
このあと、いつも通り気安い仲間として接しやすいよう、にっ、と笑って、
「おう。」
簡単に挨拶し、見送る。
↓私の挿し絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330659583946197
↓かごのぼっち様より、ファンアートを頂戴しました。ありがとうございます!
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818023213128016141
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