第三話

「よろしくお願いします!」


 三虎みとらの前に立つ。

 三虎が頷き、構える。

 古志加こじかは胸のワクワクが抑えきれない。


(今日こそ、あれを言うんだ!)


 二人で仕合う。

 三虎と一番近くいれる時間だ。

 今年の春、去年の春、三虎は母刀自ははとじの墓に連れて行ってくれて、その時は半日、三虎と二人きりではあったが、それは本当に特別な機会だ。

 ふ───っ、

 と息だけで気合を入れ、

 チィン、

 と三虎と剣を合わせる。

 古志加から動く。

 上。

 上。

 火花が目に見えるほどの勢いで。

 右からいで。

 左下から上へ。

 勢いを殺さず。


「はっ……!」


 古志加の口から気合がもれる。

 上から振り下ろし、

 三虎に受け止められる。

 剣がかたい。

 すぐに剣を弾き、右下の足を狙う。

 ひょいと足を上げてかわされ、

 そのまま三虎が身を回し、

 左からうなりをあげて剣がせまった。


「うっ。」


 防御が間に合うが、すぐに次の剣戟がくる。

 二度、三度、剣を弾き、


(やっぱ重い……っ!)


 まともに弾いてると、

 体力がすぐに削られていくのがわかる。

 汗が額から散る。

 だが三虎だって、他の衛士たちと連戦だ。

 三虎の額にも汗は浮いてる。


「やぁぁ……!」


 大きく叫び、反撃に転じる。

 おみなの古志加では、一撃の重さはおのこに勝てない。

 なら早く。

 もっと早く打ち込め。

 早さを力に変えろ……!

 ますます早さを上げ、

 上。

 右から薙いで。

 左に身を回し。

 見定めて突き!


「あっ!」


 突きこんだところに剣をまかれて、

 回される。

 瞬間、左脇に蹴りをくらい、ふっとんだ。

 地面に肩からぶつかり、


「良し!」


 三虎が叫んだ。訓練終わり。


(───今だ!)


「ありがとうございます! ご褒美です!」


 古志加は座ったまま大声を出した。

 ずるっと三虎が足を滑らせた。


「なんだそれはあ!」


 尻餅をついて三虎が吠えた。

 あれえ?

 喜ばない……。




    *   *   *




 思わず力が抜けてしまった三虎は古志加を睨む。

 古志加は顔を赤くし、右手で耳の上の髪を押さえた。

 その仕草が、戸惑いをはらみ、驚くほど女らしい。


「三虎に今度いいヤツをくらったら、最後にこう言え、喜ぶから……って、薩人さつひとが。」


 三虎があたりを見廻すと、むこうで薩人が腹を抱えてゲラゲラ笑ってる。

 いや、近くにいた衛士は皆笑ってる。

 花麻呂も控えめに笑ってる。


「バカ野郎!

 変なこと古志加に吹き込むんじゃねぇ!」


 しゅん、とうつむく古志加をおいて、腕をぶんぶん振り回しながら、三虎は薩人の方へ向かう。

 薩人はまだ笑いながら、


「おや? なんですか?」


 と剣を納めて下においた。


「組み稽古だ、この野郎!」


 と三虎は殴りかかる。

 薩人はよけ、三虎の左足の蹴りを腕で防ぐ。

 組み稽古が始まった。

 いつしか皆が円になって、二人を囃し立てている。

 見世物じゃねえぞ、コラ。




     *   *   *    




 いてて、と己の頬を手でおさえながら、


「あれ? 三虎は大川さまのそばじゃないんですか?」


 と薩人がきいた。

 今、皆は集まり、七月七日の七夕の宴の警邏けいらについて話していた。


「そうだ。オレは……、オレは席を外す。」


 と三虎は顎をさすりつつ、顔をしかめた。

 荒弓あらゆみが大机に紙の見取り図を広げ、中央付近を指差し、


遊行女うかれめの舞の時間はなぁ、皆、ここ、舞台が見える位置につくぞぉ。」


 と陽気に言った。

 いつもと違う。皆ざわめくが、


「オレは……、論語を披露する。」


 と細い声で三虎が言い、くっ、うめいてうつむいた。


(どういうことなの……?)


 皆が、わぁ〜、すげ〜、と盛り上がるが、古志加はついていけない。ろんご、ってわかんないし。


(当日になれば、わかるか。)


 そう思って、古志加はぽかんと空いた口を閉じた。




     *   *   *




 十歳で七夕の宴で大泣きしてから、十四の歳まで。

 荒弓は、宴のとき、あたしを卯団うのだんの詰所においてくれた。

 宴がはじまると、あたしは、家人けにんに配られるご馳走をもらってから、さっさと詰所に引き上げた。


 でも、正式な卯団の見習い衛士になれた今年からは、あたしも警邏だ。

 警邏の合間に、見物をしよう。




     *   *   *




 七月七日。


 国司さまもお迎えし、上毛野君かみつけののきみの屋敷は大いに賑わっていた。


 さとの人はこない。

 招待を受けた、身分ある人達だけの宴だ。


 屋敷の中央の広い庭に、これまた広い舞台が木で作られていた。


 宴もたけなわ。

 いぬの刻。(夜7〜9時)


 皆が期待を込めて注目するなか、とうとう遊行女うかれめが舞台に上がる。

 総勢三十人が、きらびやかな衣をまとい、楽師の調べに合わせて、いっせいに舞い踊る。





 かれ かれや 遊行女うかれめ


 あそべ あそべや 雲罍酒うんらいしゅ


 素梅開素靨そばいかいそえふ     嬌鶯弄嬌聲けいあうほうけいせい


 れにむかいて 懐抱くあいほうを、  や、


 ひらけ ひらけや 懐抱くあいほうを、  や、


 浮かれ 浮かれや 浮雲ふうんたのしび


 手をとり 遊べや 遊浮島うかれうきしま




(浮かれましょう、遊行女うかれめと。


 遊びましょう、

 雲雷うんらいをかたどった酒樽の酒を干して。


 梅はえくぼを開くように可愛らしく咲き、


 美しいうぐいすはあでやかな声をもてあそびさえずる。


 この風景にたいして、その胸のうちを、

 開きなさい、その胸のうちを。


 浮かれましょう、雲にのるような楽しみよ。


 手をとって遊びましょう、

 この遊浮島うかれうきしまで。)





 卯団の十六人が勢ぞろいし、舞台を見物するなか、古志加は、


(うわあ。)


 と口を開けて見入ってしまった。

 皆本当に美人だ。

 女官も美人ぞろいなのだが、それとはまた違う。

 べにの化粧が濃いからだろうか?

 かんざしや首飾りが立派だからだろうか?

 皆、ぐいっと胸元をあけて衣を着てるせいだろうか?

 すごく女っぽくて、色艶があって、見てるだけで、胸がざわざわしてしまう。

 そんな美女が三十人もそろってると、すごい迫力だ。

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