第三話  はちすの花びら、其の二

 の刻。(午後1〜3時)


 いきなり、弟の三虎みとらが、泣くわらはと手をつないでやってきた。

 後ろにはぞろぞろと、衛士団えじだんおのこたちが、十六人くっついている。

 日佐留売ひさるめは、


「まあ。」


 と驚いた。


(珍しいわね。弟が下人げにんわらはと手を繋いで……? それになんで、衛士が大人数で来たの?)


 わらはは鼻の頭を擦りむき、ずっと、


「えぐ……、すん……。えぐ……。」


 と泣いている。

 胡桃くるみ色の大きめの衣を着ている。


(……あれは三虎のものではなかったかしら?)


 弟は無表情ながらも、眉尻がいつもより下がり気味。そうとう、困ってる。

 

「姉上、助けてくれ。これ……、これおみななんだ。」


(髪型も衣も、どう見ても男童おのわらはだけど?)

 

「たしか、親を亡くした男童おのわらはを拾ったと言ってなかった?

 衛士舎えじしゃに置いてるって……。

 もう、一年くらい前よね?」

「そう、それが……、これ。」


 日佐留売ひさるめは目を細め、控えていた女官を、


福益売ふくますめ。」


 と呼び、膝で遊んでいた二人の緑兒みどりこ(赤ちゃん)を渡した。その上で、


「じゃあ、あなた達……、女童めのわらは一人を衛士舎に入れて、ずっと寝泊まりしてたってこと……?」


 三虎が頷いた。


「恥を知りなさ───いっ!!」


 外まで響く大音量で日佐留売ひさるめが怒鳴った。

 三虎がうなだれ、十六人のおのこ達が、ひいっ、と肩をすくめた。

 普段おっとりしている日佐留売ひさるめが怒ると、それはそれは恐ろしい。

 離れている二人の緑兒みどりこ(赤ちゃん)がいっせいに、ぎゃ──、と泣き、なぜか、


「もっと怒って……。」

「ああ……ご褒美です。」


 との小声も聞こえてきた。そんななか、


「皆を叱らないで!」


 と女童めのわらはが目に涙をため、一歩踏み出し、大きな声をだした。


「オレの親父はすぐ殴ってきたのに、皆、オレを殴ったりしない。

 オレが夜、うなされて大声だしても、怒ったりしない、良い人たちだ!

 オレは皆が大好きだ……。

 オレ……あたしの家は、いつも沢山のおのこたちが出入りして、酒飲んで寝てた。

 あたしと母刀自ははとじは毎日、二人で家の隅っこに丸くなって寝てた。

 だから、あたしは知らなかったんだ、衛士舎で一緒に寝てることが、こんなに怒られることだって。

 皆を叱らないで……。」


 と顔を両手でおおって、再び泣きだしてしまった。

 十六人のおのこたちがホロリとした顔をする。


(ああ……、大勢で来たのが何故か、ちょっとわかったわ……。)


「でもなんで、おみなだってことを隠してたの?」


 とくと、わらはは顔をあげて、きょとんとした顔をした。


「隠してない。」

「えっ?」


 日佐留売と、三虎と、十六人のおのこたちの反応がかぶった。


「誰もおみなか、って訊かなかった。訊かれてたら、ちゃんと答えたよ。」

「誰も……。」


 と日佐留売がつぶやき、


「オレらは、三虎が面倒みろって連れてきたから……。」


 と薩人さつひとがつぶやき、全員の目が三虎にむかう。




     *   *   *





 三虎はすでに、全身に汗をかいている。

 たしかにおみなかと一度も訊かずに衛士舎に放り込んだ。

 あの雪の日、女童めのわらはだなんて、ちらとも思わなかった。


(……オレか! オレなのかあ……。)


 三虎は皆の視線を一身に浴び、とうとう両手で顔を覆ってしまった。


「……穴があったら、入りたい。」


 




     *   *   *





 それを聞いて、今まで後ろで黙っていた大川おおかわさまが、


「あっはっはっは……。」


 と明るい大声で笑いはじめてしまった。さらりと長髪が揺れる。

 古志加こじかはびっくりして、大川さまに注目してしまう。

 髪の毛に挿した銀色、白、橙、翠の織り混ざった貴石のかんざしが、複雜に光り輝く。


「あ、いや、すまない。ここまで狼狽してる三虎は、なかなか見れないもので、つい、な……。くくく……。」

「大川さま……。」


 三虎が顔を覆っていた手を降ろし、悔しそうに抗議する。

 大川さまがこっちを見た。

 柔和な笑顔で、でも目の力が強い。こちらを全て見透かすような、大豪族の目。

 古志加の胸が早鐘をうつ。


「一番初めに会った時、私もおみなかと訊かなかったな。

 三虎だけを責めないでくれ。

 ええと……、名は?」

吉弥侯部きみこべの古志加こじかです。」

「古志加。お前はこれから、どうしたい? 望みを言ってごらん。」


(それなら……。)


 古志加こじかは、すっ、と息を吸った。


「あたし、大きくなったら、卯団うのだんに入りたいです。大川さまも、そう言って下さいました。三虎の力になりたいです。

 それまで卯団うのだんで、稽古をつけてほしいです。」


 大川さまは柔らかい笑顔を崩さず、切れ長の目が、ひやりとする冷たい光を放った。

 それがますます、大川さまの美しさを輝かせる。


おみな衛士えじになった者はいない。女は剣と無縁の生き方ができるのに、何故だ?」

「あたしが、そうしたいからです。

 あたしは、剣が好き。

 あたしは、もっと強くなりたい。

 おみなであっても、卯団うのだん衛士えじになり、命の恩を返します。」


 背筋をはり、あたしは言いきった。大川さまは、


「ふむ……。」


 と言って、少し黙った。


「三虎、こう言ってるが……?」


 と大川さまが静かに三虎に訊いた。大川さまの美貌は、完璧に整いすぎていて、むしろ作り物みたいな冷たさを感じる。表情は優しいのに。

 なぜか古志加はそんなことを思った。


荒弓あらゆみ。武芸の腕はどうだ?」


 三虎が荒弓に淡々と訊いた。


「はい、弓はそこそこ。剣の腕は、磨けば伸びると思います。

 将来、おのこと並べても使えるくらいの腕にはなるでしょう。」


 荒弓の言葉を聴いた大川さまは、はちす(蓮)の花びらが揺れるような微笑みを浮かべた。


 そう、大川さまの笑顔は、優しいのに、温度を感じない。


 なぜか、早朝の池の冷たさに触れ、現実離れした花でも見てる気分になる。

 あまりの美しさのせいだろう、その場にいた誰か──きっとおみなかすかにため息を漏らしたのが聞こえた。


「いいだろう。おまえの前に道は拓けている。古志加こじか。」


 大川さまはそうハッキリ言ってくれた。おお、と皆がどよめき、


「本当ですか?!」


 古志加は弾かれたように、また一歩踏み出し、満開の笑みを浮かべた。


「ただし、寝るところは別。日佐留売ひさるめ。任せて良いか?」


 温度を感じないうるわしい笑顔のまま大川さまが言い、


「お任せ下さい。」


 キリリと眉を引き上げて、日佐留売ひさるめと呼ばれた女官がこちらを見た。

 喋り方はおっとりしてて、優しげな顔立ち。

 三虎とあまり顔は似てない。

 赤橙あかだいだいの女官の衣だが、帯が火色ひいろの鮮やかな赤で、それが良く似合っていて、堂々とした美女だ。


「古志加。あなたには女官用の部屋で寝てもらいます。女官としてのたしなみも覚えてもらいます。

 一連のことを覚えるまで、衛士舎には行かせません。」


 古志加はヒッと息を飲んだ。


「そんな……、そんな怖いところ行けない……。」


 と後じさる。日佐留売はその様子を目を細めて見ていたが、


「よろしい。福益売ふくますめ宇都売うつめさまのところに行って、母刀自ははとじを呼んできて。

 難隠人ななひとさまをお願いするわ。

 古志加は、あたしと来るのよ。」


 日佐留売がこちらにカツカツと木沓きぐつの音を響かせながら歩いてくる。

 古志加は後じさる。背中が三虎に当たった。振り返り、三虎と目があう。


「三虎、助けて。」


 三虎はため息を一つついただけだった。

 日佐留売に腕をつかまれる。


「ひぃっ!」


 日佐留売は三虎を見た。


「三虎、このバカ。」

「姉上、すまない。」


 三虎は天をあおいだ。


「では大川さま。皆さま。たたらをや(良き日を)。」


 と日佐留売はほがらかに退去の挨拶をし、


「やだぁ、三虎、三虎ぁ──。」


 と叫ぶ古志加を引きずるように連れ去った。













↓挿し絵です。


https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330659525830830

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