第三話 はちすの花びら、其の二
いきなり、弟の
後ろにはぞろぞろと、
「まあ。」
と驚いた。
(珍しいわね。弟が
「えぐ……、すん……。えぐ……。」
と泣いている。
(……あれは三虎のものではなかったかしら?)
弟は無表情ながらも、眉尻がいつもより下がり気味。そうとう、困ってる。
「姉上、助けてくれ。これ……、これ
(髪型も衣も、どう見ても
「たしか、親を亡くした
もう、一年くらい前よね?」
「そう、それが……、これ。」
「
と呼び、膝で遊んでいた二人の
「じゃあ、あなた達……、
三虎が頷いた。
「恥を知りなさ───いっ!!」
外まで響く大音量で
三虎がうなだれ、十六人の
普段おっとりしている
離れている二人の
「もっと怒って……。」
「ああ……ご褒美です。」
との小声も聞こえてきた。そんななか、
「皆を叱らないで!」
と
「オレの親父はすぐ殴ってきたのに、皆、オレを殴ったりしない。
オレが夜、うなされて大声だしても、怒ったりしない、良い人たちだ!
オレは皆が大好きだ……。
オレ……あたしの家は、いつも沢山の
あたしと
だから、あたしは知らなかったんだ、衛士舎で一緒に寝てることが、こんなに怒られることだって。
皆を叱らないで……。」
と顔を両手でおおって、再び泣きだしてしまった。
十六人の
(ああ……、大勢で来たのが何故か、ちょっとわかったわ……。)
「でもなんで、
と
「隠してない。」
「えっ?」
日佐留売と、三虎と、十六人の
「誰も
「誰も……。」
と日佐留売がつぶやき、
「オレらは、三虎が面倒みろって連れてきたから……。」
と
* * *
三虎はすでに、全身に汗をかいている。
たしかに
あの雪の日、
(……オレか! オレなのかあ……。)
三虎は皆の視線を一身に浴び、とうとう両手で顔を覆ってしまった。
「……穴があったら、入りたい。」
* * *
それを聞いて、今まで後ろで黙っていた
「あっはっはっは……。」
と明るい大声で笑いはじめてしまった。さらりと長髪が揺れる。
髪の毛に挿した銀色、白、橙、翠の織り混ざった貴石の
「あ、いや、すまない。ここまで狼狽してる三虎は、なかなか見れないもので、つい、な……。くくく……。」
「大川さま……。」
三虎が顔を覆っていた手を降ろし、悔しそうに抗議する。
大川さまがこっちを見た。
柔和な笑顔で、でも目の力が強い。こちらを全て見透かすような、大豪族の目。
古志加の胸が早鐘をうつ。
「一番初めに会った時、私も
三虎だけを責めないでくれ。
ええと……、名は?」
「
「古志加。お前はこれから、どうしたい? 望みを言ってごらん。」
(それなら……。)
「あたし、大きくなったら、
それまで
大川さまは柔らかい笑顔を崩さず、切れ長の目が、ひやりとする冷たい光を放った。
それがますます、大川さまの美しさを輝かせる。
「
「あたしが、そうしたいからです。
あたしは、剣が好き。
あたしは、もっと強くなりたい。
背筋をはり、あたしは言いきった。大川さまは、
「ふむ……。」
と言って、少し黙った。
「三虎、こう言ってるが……?」
と大川さまが静かに三虎に訊いた。大川さまの美貌は、完璧に整いすぎていて、むしろ作り物みたいな冷たさを感じる。表情は優しいのに。
なぜか古志加はそんなことを思った。
「
三虎が荒弓に淡々と訊いた。
「はい、弓はそこそこ。剣の腕は、磨けば伸びると思います。
将来、
荒弓の言葉を聴いた大川さまは、はちす(蓮)の花びらが揺れるような微笑みを浮かべた。
そう、大川さまの笑顔は、優しいのに、温度を感じない。
なぜか、早朝の池の冷たさに触れ、現実離れした花でも見てる気分になる。
あまりの美しさのせいだろう、その場にいた誰か──きっと
「いいだろう。おまえの前に道は拓けている。
大川さまはそうハッキリ言ってくれた。おお、と皆がどよめき、
「本当ですか?!」
古志加は弾かれたように、また一歩踏み出し、満開の笑みを浮かべた。
「ただし、寝るところは別。
温度を感じない
「お任せ下さい。」
キリリと眉を引き上げて、
喋り方はおっとりしてて、優しげな顔立ち。
三虎とあまり顔は似てない。
「古志加。あなたには女官用の部屋で寝てもらいます。女官としての
一連のことを覚えるまで、衛士舎には行かせません。」
古志加はヒッと息を飲んだ。
「そんな……、そんな怖いところ行けない……。」
と後じさる。日佐留売はその様子を目を細めて見ていたが、
「よろしい。
古志加は、あたしと来るのよ。」
日佐留売がこちらにカツカツと
古志加は後じさる。背中が三虎に当たった。振り返り、三虎と目があう。
「三虎、助けて。」
三虎はため息を一つついただけだった。
日佐留売に腕を
「ひぃっ!」
日佐留売は三虎を見た。
「三虎、このバカ。」
「姉上、すまない。」
三虎は天をあおいだ。
「では大川さま。皆さま。たたら
と日佐留売は
「やだぁ、三虎、三虎ぁ──。」
と叫ぶ古志加を引きずるように連れ去った。
↓挿し絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330659525830830
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