第一章 くるみの人
第一話 オレは古流波
しかしその美しさこそ、
オレは
まるで
オレは、
だから、オレは、自分を
母刀自は、舌足らず───舌の長さが足りず、上手に喋れない。
もちろん親父やオレは、何を言ってるかわかるけど、他の人には満足に通じない。
「生まれた時から、そうだったの?」
と
母刀自は悲しそうに目を伏せ、首を振るばかりで何も言わなかったが、酔った親父が、右目の刀傷を触りながら、
「違うさ。オレが切ってやったのよ。
そうすりゃ余計なことは喋れねぇし、どこにも行けねぇからなあ……。
え?
と言って笑うので、心底腹が立って、
「この野郎!」
と殴りかかったが、あの頃はまだオレは五歳だったので、逆に殴られて、軽々と吹っ飛んでしまった。
全く歯が立たなかった。
このひどい親父が、遠くの
もちろん文字は書けない。
産まれ
母刀自は
しかし母刀自が、
そうやってこのひどい
(母刀自の舌を切った親父なんてキライだ。母刀自は
「親父が呼ぶ
母刀自にそう言うと、母刀自はオレを抱きしめ、
──あなたは
あの人の呼ぶ
ね、
と、なぜか悲しそうにするのだった。
オレの家は、土床だ。
広さは充分。
寝る時は寝ワラ。
家に
鉄の鍋だって持ってる。
パタン、パタン、押し出し
やけに家のまわりが静かだって?
そうだね。何故か、一軒だけポツンと、郷から離れた山の中腹にあるからね。
かわりにいつも数人の、人相の悪い
親父は畑仕事をしなかった。
オレと母刀自は二人で畑仕事をし、豊作のときは郷の市へ売りに行った。
しかし、そんな生活なのに、不思議と飢えたことはない。
親父が怒って、一日食事抜きはしょっちゅうあったが、凶作の年も、親父は何かしら、三人がゆうに食べれる分だけの作物を手に入れて帰ってきた。
とくに「
オレが本当は
親父はオレが
理由は知らない。
親父はオレに、いつも土や灰で顔を汚し、
たまに顔を汚し忘れていると、
「
と殴られた。
「なんでだよ!」
と噛みつくように言うと、
「いいかぁ、
とくに、ここみたいに、ならず者が出入りするとこじゃあなぁ……。」
と言って、親父は手に灰をつけて、オレの顔をごしごしこするのだった。
親父は、六歳のオレに剣を教えたがった。
畑仕事や家のこと、やることは沢山ある。
「イヤだ。」
と言うと、親父はニヤニヤ笑って、
「じゃあなぁ、食事抜きだ。おまえじゃなくて、
と言うので、本当に腹が立って、持たされた棒でがむしゃらに殴りかかった。
(クソ親父め! 痛い目を見ろっ。一回でも良い、当たれ!)
親父は、刀傷の走る右目は見えていないくせに強くて、どこに打ち込んでも、親父が剣の代わりに持った木の棒で防がれた。
六歳のオレは、何回挑んでも、一回も勝てなかった。
最後は、親父の棒で腕を打たれ、尻を打たれ、痛い思いをして稽古が終わる。迷惑だ。
親父は、気まぐれに、ほとんど一日おきに、
「剣を教える。来い。」
と、オレの時間を奪った。
身を入れてやらないと、
「母刀自の食事抜き。」
とすぐ言うので、手は抜けない。
オレが怒って荒々しく打ち込めば打ち込むほど、
「いいぞ、いいぞ。」
と親父は満足そうに言うのだった。
「強くなれ、
オレが鍛えない日も、毎日剣の稽古をしろ。
一日でも休むと、すぐ弱くなるぞ……。」
(悔しい。
親父なんてキライだ。
見てろ、次こそ勝ってやる。)
オレは、自分一人でも、毎日、剣の稽古をした。
* * *
あれは七歳。
たわむれに
「オレ、兄か姉か、弟か
と言ったことがある。
あんなこと言うんじゃなかった。
母刀自は震えだし、オレを抱きしめた。
親父が酒を飲み、ニタニタしながら、
「あん? いたさ。おまえの上に。
あんまり泣くのがうるさかったんで、産まれて十四日で、子を欲しがってた裕福な家に売ってやったよ。
とゲラゲラ笑った。
母刀自が、うぅっ、と唸り、泣き出した。
しかし親父の下卑た笑いは止まらない。
「下もいたぜ? 三日でこれまた売ってやったよ。
いつもは親父にくってかからない母刀自が、オレをしっかり腕に抱きしめ、父から守るように遠ざけながら、
──あんたは酷い奴だ!
この鬼!
あたしの
と泣き叫んだ。
親父が手にしていた
「うるせぇ!
感謝しろ!」
オレは心底怒りが
「このクソ野郎!」
と親父に棒を振り下ろした。
親父は左腕でやすやすとその棒を受け止めると、オレの左脇腹を右腕でしたたかに殴った。
倒れたオレを蹴ってうつ伏せにし、左腕を締め上げて背中にのしかかった。
「素手でかかってくるなら、殴るだけですませてやる。
だが、武器を持って向かってくるって事はどうなるか、覚えておけ。」
オレはそのまま左腕を折られた。
あれは酷い事になった。
痛いし、その夜は高熱がでた。
その後一月以上、弓が持てなかった。
熱が下がったあと、
「あんなヤツ嫌いだ。
母刀自のぶんだけ残して、この身体からの親父の血を、全部絞り出してやりたい。」
と言うと、母刀自は
──古志加、古志加。
そんなことしたら、死んでしまうわ。
あたしには、あなただけなのよ。
あなただけが、あたしの幸せ。
あなたが死んだら、もうこの母刀自は生きていかれない。
熱が高くて、うなされて、どんなに、どんなに心配したか……。
と泣くので、本当に後悔した。
あの時はごめんなさい、母刀自。
可哀想な母刀自。
子供を取り上げられて、きっとまだ悲しいんだ、と思った。
でも……。
上の子も、下の子も、裕福な家に行ったんだろう……?
あのクソみたいな親父のことを、知らずに暮らしてるんだろう……?
母刀自には悪いけど、それはそれで、良いことだったんじゃないかと、オレは思うよ……。
* * *
著者より。
古志加の父親について、コメント欄で質問が多いので、ここに詳しく記載します。
父親について知りたいと思わなかった方は、読み飛ばしてください。
仕事は、
公人(国司)が貸し出すのが、
利率は、10割。
現代の町金融も真っ青の利率です。
種籾から米がたくさん実るから、この利率です。
不作などで種籾が返せない百姓は、
父親は、ヤクザな取り立て男、と考えてもらえばけっこうです。
もともと乱暴者で郷からは嫌われもの。
嫁のなり手がなく、この父親は、遠く遠くの郷から、面識のない美しい娘をさらってきました。
逃げられないように、また、
この父親は、クズです。
古志加に顔を
それと、剣を教えた事。
この二点が、この男が実子に与えられた、本人にとってはMAX限界の愛情でした。
暴力クソ親父、古志加を優しく抱きしめることもありません……。
↓鉛筆画の挿し絵です。 https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330659617152866
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