あらたまの恋 ぬばたまの夢 〜未玉之戀 烏玉乃夢〜
加須 千花
序章
君が姿は
ことん、と物音がして目を覚ます。
「起こしてしまい、申し訳ありません、
でももう、
顔には今まで苦労してきたのだろう、日に焼け、深いシワが刻まれている。
白髪がチラホラし、あごが尖り気味で、目は優しそうな
「ん……。」
あたしは寝床のなかでもぞもぞ動いて、起きるか迷う。
眠気が
昨日の夜はあの人が、
「恋いしい、
と言い、あたしを、揺すり上げ、深く引き。
揺すり上げ、深く引き。
何度も、何度も、
あたしは途中からずっと泣いていたように思う……。
恋いしさがあふれて泣いてしまうのはいつものことだが、昨日はそれだけでなかった。
やはり、……寂しくて。
短い眠りのあと、二人で
そして、口づけをかわし、門のところであの人が旅立つのを見送った。
途中、馬上でうっかり寝てしまわないか、それだけが心配だ……。
あたしは、明け方まで起きていたせいで、体が
夜番あけなら
「もう起きて、
外から差し込む二月の昼の光と、ふわりと漂ってくる白梅の花の匂いを感じながら、
「それもそうだねぇ。」
とあたしは寝床から体を起こす。
「あふ。」
あくびを一つして、この新しい
あたしの
「
ぐぅ。
あたしの腹が大きく鳴った。
「ま……。」
「えっへっへ。」
あたしも笑い、
よく冷えた水がなめらかに喉を滑る。
美味しい。
「よろしければ、昼餉をとりながら、
「ん! いいよ。」
あたしはにっこり笑って、
……あの人は、今朝、あたしの
───
どこにいても、おまえの美しい姿を忘れることはない。
と、あたしの目をまっすぐ見て言ってくれた。
あたしもだ。
どんなに離れていようとも、
あの人はあたしに、いっぱいくれた。
あの人の瞳を覗き込むと、その奥にたしかな輝きがあって、目が、おまえを恋うてる、と教えてくれる。
たとえ近くにいなくても、あの人の愛が、あたしを薄く包んでくれているように感じる……。
あたしはゆっくり目を開け、ゆるやかに笑った。
「あたしと、あたしの
長くなるけど、するよ。」
恋いしくて。
何度も夢に見た。
あの人との話を……。
* * *
あらたまの
ぬばたまの
あらたまの
ぬばたまの夜の夢に見る。
恋いしい君の姿を。
※あらたまの……「年」にかかる
※
兼ねて、は、二つ以上あわせて、という意味があるので、年月を何度も繰り返してゆく、というイメージを持った言葉。
※ぬばたまの……ヒオウギの種子。丸くて黒い。「暗き」「黒」「夜」「夢」などにかかる
万葉集 作者不詳
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