第3話 未知を紡げ
少女の身体は光の中へと溶けていき、次第に光と一体になるような感覚の中で自分自身に回帰し全てを思い出した。
「ああ……やっぱりそうだったんだ」
だけど薄々そうではないかと勘づいてはいた。
「私は未知……赤い扉が見せていたのは
『その通りです』
突然の声に未知は驚いて心臓が跳ねた。
先程まで確かに光しかない世界だった。しかし、いつの間にか未知の目の前には女性が立っていた。
白くゆったりとした服を
「
『貴女の認識で言うなら女神でしょうか』
美しく神々しい、だけど表情が抜け落ちた顔で淡々と語る女神。
『間も無く貴女の命の
「ここはあの世ではないの?」
『この場所は魂が輪廻へ還る前の
赤い扉が映していたのは
『本来ならここで魂は輪廻の輪へと戻り、数多の魂と溶け合い新たな魂へと生まれ変わります』
「本来なら?」
『はい……私が
未知には何となく無表情のはずの女神の目が悲しげに見えた。
『創造神たる私は多数の世界を実験的に作り様々な検証を行なっています。その中にこの世界の創作物を元に創造した世界があるのですが、そこへ
それは異世界転生の提案。
「なぜ私を?」
『誰でも良かったのですが……貴女が最も
女神によれば転生先は創作物の登場人物で未知と同じ苦しむ人生らしい。
未知の転生でこの人物の未来を変え世界の可能性を広げるのが女神の目的。
「その苦痛を克服するのは並大抵ではありません……だから断っても良いのですよ?」
今世と同じ苦しみが
「私は
未知の目に今までにない強い光が宿っていた。
「お願いがあります……転生する前に一度だけ現世へ戻れないでしょうか?」
「今は危篤状態ですからかなり苦しむことになりますよ?」
「構いません……私にはやり残したことがあるんです」
未知の言葉に女神が頷くと周囲がより明るくなり未知は光の濁流に飲み込まれた。
女神は相変わらず無表情で冷たく見えたが、未知にはその瞳がとても優しく見えた……
……光の海から意識の戻った未知はベッドの上にいた。
「意識が戻ったようです」
青いスクラブの医師が未知の手を握ったり、聴診器を胸に当てたりしながら容態を診ていく。
未知は自分の身体に点滴の管や何かのコードが繋がれているのに気がついた。枕より上後方にはテレビのようなモニターがあり幾つもの波形が流れていく。
左右には横一列に並んだベッドの上に未知と同じ状態の患者がいた。
(ここ…病院?)
そこは
未知にそんな知識はなかったが、自分の置かれている状況を何となく理解はできた。
「もう
(そっか…私はもう死ぬのね)
医師の宣告に未知は全てを理解した。
「ですのでお話し出来るのはこれが最後だと思ってください」
医師が後ろに下がると代わりに二人の男女が未知のベッドサイドに姿を現した。
「未知!」
「お母さんよ分かる?」
その二人は未知が苦しめてしまった両親。
「ぁ……ぉ…とぅさん……ぉかあ…さん……」
上手く言葉が
息が苦しい、体が痛い……それは病気による苦痛。
気持ち悪い、頭が重い……それは薬に伴う不快感。
「ぃ…いままで……」
(私…二人にちゃんと言わないと)
身の置き所のない苦痛と耐え難い不快感に苛まれるのは分かっていた。それでも戻って伝えないといけない言葉が未知にはある。
(それが私が頑張ってきた理由。それが私が生きてきた意味だから)
意味を見出せない苦行のようなリハビリや無駄と思えた薬の服用。
それらの積み重ねのお陰で今の未知は最後の力を振り絞れた。
未知の人生をかけて残すそれは、たった一つの言葉だけれど、たった一つの想いだけれど……
「ありが……とう……」
「「――ッ⁉︎」」
(言えた……)
全ての力を使い切った未知に両親の
お父さん……ありがとう……私を見守ってくれて……
お母さん……ありがとう……私を産んでくれて……
二人ともありがとう……ずっと、ずっと一緒にいてくれて……
本当にありがとう……
その想いを残して未知の意識は光の闇へと溶けていった……
箱庭の少女 古芭白 あきら @1922428
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