いつもの……。🧶

上月くるを

いつもの……。🧶





 その朝、冬日ざしの平野に風はなく、カフェのミニ花壇には枯れ薔薇がひと群れ。

 体温測定と手指の洗浄をして通路を進むと、いつもの席にいつもの客がちらほら。


 柳腰に黒エプロンの若い店員さんが、いつもの水とおしぼりを運んで来てくれる。

 マスクの上で微笑む三日月型の綺麗な目に「いつもの」それですべてが事足りる。


 窓際のいつもの席から眺めるいつもの山並みは、中腹まで雲で覆われ、淡い藍色に霞んでいるが、スイスの山脈のように真っ白な稜線を研ぐ日もそう遠くないだろう。


 いつもの珈琲にトースト&ゆで卵の名古屋モーニングをいただきながら本を読み、小説や俳句の下書きをする……いつもの朝のいつものひとときが淡々と過ぎてゆく。




      ⏳




 だが、この「いつも」はいつまで担保されているのだろう。

 81年前の今日、国民も天皇も知らないうちに戦争が勃発。




 ――大本営陸海軍部 12月8日午前6時 発表。

   帝国陸海軍は本8日未明 西太平洋において

   アメリカ・イギリス軍と 戦闘状態に入れり。




 臨時ニュースに日本列島がかたまってから、政府と軍の画策によるマスメディアをつかってのプロパガンダに操られた国民は、聖戦の名のもと敗戦に向け突っ走った。


 フォークソング「戦争を知らない子どもたち」を歌っていられた時代もあったが、忘れやすい人間にふたたびの危機が迫りつつあるいま、日本国民の無防備が、痛い。




      🚢




 ふと気づけば、いつもの軽快なジャズピアノが、いつものように床を這っている。

 その安寧に慣れてしまい、とりたててありがたいと思わない、鈍感な自分がいる。

 

 こうしている瞬間も、ある日とつぜん「いつも」を奪われた人たちが自転する地球からこぼれかけているというのに、自分と自国だけは無傷と思いたい、この利己心。

 

「人間は歴史に学ばない」賢人のだれかが嘆いたそうだが、間近に過ぎて長い歴史の範疇にも入らない現代史すら顧みること少なかった怠慢、遅まきながら猛省したい。


 ですから、どうか「いつもの」が子や孫の世代まであまねく保証されますように。

 子々孫々、ささやかな暮らしを自ら奪うクレージーとは無縁でいられますように。





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