後編 火焔の妖刀 宿りヌシの名は

 火焔の炎の花が舞う。


 妖刀が炎を纏う、放つ!


 怨霊鬼はおぞましい妖気を放って人間世界の町を彷徨う。


 怨霊鬼を斬るために今日もバスターたちは疾走し追いつめ妖刀を振り上げる。


    ◆


 ――羽鳥結妃はとりゆい先輩、殺気ばしった鋭い眼光が怨霊鬼を捉えてから、一、二、三で刀がヤツの急所を貫く。


 バタリッと倒れ死んだ鬼の骸は鈍く光り粒子になり消え地に溶け魂が天に還る。


 出会った時、阿呆みたいにあんたに見惚れてた。

 オレはあんたの鮮やかに躊躇いなく戦う姿を――美しい、そう思った。


  ◇


「桜葉、火焔組の特攻部隊纏めがたになってほしい」

「それって今までの守りかたよりさきに出て戦うってことだよね?」

「そうだ。桜葉も沢原も十分その素質がある」

「いいよ。オレももっと強えー奴と戦って強くなりてえし」

「そうか。それは向上心があって好ましい」


 あっ、先輩が笑った。

 なんだよ、こんな顔して笑ったり出来んじゃん。先輩はいっつも睨みきかしてんのしか見たことねえからちょっと可愛いとか思った。

 先輩の笑顔を見てたらオレの胸の辺りが春の陽向にいるみたいに心がぽかぽかした。


「あのさ、一つ条件があるんだけど」

「なんだ? 飲める条件なら飲んでやる」

「オレの事は菜摘矢なつや、瑠璃羽のことも沢原じゃなく瑠璃羽るりはって呼んでよ」

何故なにゆえだ?」

「何故って。もうちょっと仲間らしく仲良くしてえじゃんか」


 先輩はうーんと腕組みをして考え込んでいたが。


「善処しよう。ところで沢原瑠璃羽の能力は特殊なんだ。怨霊鬼の好む『器』であり覇気力ばきらは私や菜摘矢より高い。必然とあやかしが狙いに来るから気をつけろ。それからお前に託した妖刀にはヌシが入り込んでいる。常に妖刀と対話しろ」

「分かった。オレが瑠璃羽を絶対に守る」

「良い返事だ」


 その時、突然!

 けたたましい警告音が鳴った。


『隊長、緊急事態です』

「鞍山か。何が起きた?」


 何もない空間にスピーカーで流れるようなノイズと声だけが聴こえてくる。

 緊急事態?


『沢原瑠璃羽があやかしに攫われました』

「瑠璃羽が攫われたってどういう事だ!」

「沢原の家には強力な結界を張っておいたが」

『沢原邸の結界はことごとく破られ、追跡に一番隊を走らせましたが数名戦闘で負傷者が出ています。近くで妖魔界の扉が開いています』

「分かった。妖魔界に連れて行かれたのだろう。私と桜葉で妖魔界に向かう。順次応援要請をかけてくれ」

『了解しました』


 先輩が立ち上がりオレも立ち上がる。拳を握りしめる。


「瑠璃羽」


 火焔の妖刀を腰に差し直す。


「菜摘矢、歯を食いしばれ。術で妖魔界まで一気に飛ぶぞ」

「はあっ!?」


 先輩が印を結んだ。

 瞬間、風に体をさらわれぐらりぐらりと竜巻に巻き込まれたように回転する。


     ◆


「目を開けろ、菜摘矢」

「ああ、ちょっと酷い車酔いしたみてえ……うえっ」

「じきに慣れる。立て」

「慣れんのか」

「何度かやったらな。ここは敵の本拠地、巣窟だぞ。気を引き締めろ」


 情けないことに地面に転がっていたオレ。先輩は凛と立っている。

 先輩が妖刀を抜いたのでオレも習うように刀を鞘から抜く。


 夕焼けに染まった世界が一面に広がる。

 蠢くあやかしの気配がそこかしこから湯気のように湧いて漂っている。


「先輩。なんだかここ平安時代みたいじゃねえ?」

「そうだな。平安時代は魑魅魍魎が最も蔓延はびこっていた。京の町の造りはあやかしの力を増幅させるのかも知れない」

「ここに瑠璃羽が攫われて来てんのか」

「この世界は逢魔が刻に闇の辻に現れる。早く瑠璃羽を見つけよう。長居はできん。長く留まれば我々もこちら側の住人になってしまうからな」


 あやかしたちが闊歩しているが、オレたちに気づいても気にも止めずに危害を加えてくる素振りはない。大半はこんな感じなんだ。怨霊鬼とか悪い妖怪は一部に過ぎない。

 弱い妖力のあやかしたちはことごとく無視して強い妖力を探し出すことに感覚を澄ます。

 貴族の屋敷みたいな雅さのある立派な門が並ぶ広小路や裏通りを先輩と慎重に探っていくと突然叫び声が上がった。


「うわおぉ〜! 助けてぇ〜!」

「瑠璃羽っ!」

「良かった、存外早く見つかった……なっ?」


 瑠璃羽が通りの向こうからオレたちの方に走って来てホッとしたのも束の間、アイツの後ろからにょろにょろとした怨霊鬼が追って来ている!


「菜摘矢! 妖刀を構えろ!」

「お、おうっ!」


 人間の体と蛇が合体したような薄気味の悪い怨霊鬼が瑠璃羽を喰らおうと裂けた口を開けアイツの背後から襲いかかる。

 先輩が刀を振り斬って炎が怨霊鬼に向かうが避けてかすめる。

 瑠璃羽が蛇の尻尾に捕まり、オレは火焔の妖刀を突き刺しに走った。


「突っ込むな! 相手は1匹じゃない!」

「えっ?」


 先輩が言った瞬間オレはまんまと他の怨霊鬼に捕まった。

 油断した。がっちり蛇の胴体で掴まれて全然動きゃあしない。

 囲むように先輩が8匹の蛇の怨霊鬼が舌なめずりしている。先に居たのと合わせて10匹ってとこか。

 形勢不利じゃねえか。


「うっ、そういう事は早く知らせてくれ」

「素早く状況は確認しろ」


 先輩が刀で円を描き豪火を操り他の怨霊鬼をどんどん一太刀で斬っていく。

 オレは体をぎっちり蛇に巻かれて身動きが出来ずに妖刀が振れない。


「ぎゃあっ! 菜摘矢くん、先輩! 僕、食べられたくないよ〜」

「くっそお。オレにも術が使えたら」

「妖刀と対話しろ、菜摘矢」

「対話って」


 先輩は上体を低くして体を回転させて蛇の胴体を斬っていくがすぐに再生する。


「こ奴ら自己治癒力があるのか」


 先輩が一人で他の怨霊鬼を斬っている間に先輩の肩に蛇の牙が剥く!


「後ろっ!」


 先輩がすぐさま振り返り蛇の眼に妖刀を突き刺すと怨霊鬼は血を吹き出し倒れた。

 弱点は眼なのかっ!

 地面に怨霊鬼の骸が倒れたその時外れた牙が動いて先輩の胸元に刺さってた。

 すぐに抜いたが先輩は地に片足をついて妖刀で体を支えてる。

 

「大丈夫かっ!?」

「羽鳥先輩!」

「うぐっ、まずい状況だ。私がすべての怨霊鬼を斬ったらお前達で私を斬れ」

「はあっ? なんだよソレ!」

「私は鬼に喰われた」

「鬼に喰われた?」


 先輩は呼吸を荒らげながら次々と蛇の怨霊鬼を斬って斬って斬りまくった。

 後はオレたちが捕まる二匹だけになった時、先輩は血を吐いた。


「怨霊鬼に乗り移られた私は鬼の一部と化す。お前たちだけは隊長として必ず助けてやる」


 自分が情けねえ。

 先輩も瑠璃羽も助けたい。大事な仲間を失くしたくない。


 先輩の体に変化が出てきた。蛇の様な模様が顔にも腕にも浮き上がる。


「やばいよ、あれ。菜摘矢くん、僕を使って!」


 瑠璃羽が叫ぶ。

 僕を使う? それってどうすんだよ。

 聞きたくてもそのことを敵も聞いたら防衛されちまうかもしんない。

 先輩は苦しそうに喘いで息をしづらそうで、それでも蛇の怨霊鬼に向かって来る。

 刀剣を横に傾け一気に蛇の怨霊鬼の攻撃を躱しながら奴等の眼を斬りつけて地面に着地した。

 轟くような火薬の爆発音並みの咆哮がして途絶えた。

 どおんっと地響きを立てて瑠璃羽とオレを捕まえていた怨霊鬼が倒れる。


「つ、強いっ!」 

「すげえ先輩っ! ……先輩、おいっ! 大丈夫か?」


 羽鳥先輩がよろめいたのをオレと瑠璃羽が両脇から支える。

 ふふふと先輩は妖艶に嘲笑った。

 これはオレの知ってる先輩じゃねえ。


 意識を失った先輩の胸元に出来た蛇女の顔から赤く長い舌がチロチロとオレと瑠璃羽の頬を舐めた。

 オレと瑠璃羽は慌てて後退りした。

 ぐわあっと蛇女は牙を剥いてオレたちに襲いかかってくる!

 先輩と蛇女が同化してんのに斬れっかよ。


「な、菜摘矢、瑠璃羽。……私もろとも鬼を殺せ」

「「先輩!」」


 どんどん蛇女の身体に先輩の体がめり込むように吸収され飲み込まれていく。

 

「瑠璃羽、お前さっき思いついた作戦を教えろ」


 その時何もしてないのにオレの握る妖刀が燃えるように熱くなった。

 どくんとオレの鼓動が脈打った。

 ああっ! 熱くて苦しいっ!

 声が聞こえる。

 それ、は「アイツを斬れ、アイツを殺せ」と言った。

 あの人、は、オレに「私を斬れ、私を殺してくれ」と言うんだ。


「やれ、菜摘矢になら私は殺されてもかまわない。否、お前に私はこの魂を捧げるから」

「いやだっ!」

「私はにトドメを刺してくれ……頼む」


 イヤだ!

 オレはあんたを嫌っちゃいない。


「なんで、オレがあんたを斬らなきゃならないんだよ!」


 オレの握る火焔の妖刀に宿ったヌシは囁く。


【なあ、終わりにしてやれ】

「オレは斬らないっ!」

【アイツはすでに化け物だ、諦めろ。菜摘矢なつや、お前が退治しまつしてやらなきゃ】

「やめろ。妖刀の分際でオレに命令すんな」

【躊躇うな。我を持つならあやかしを斬れ菜摘矢】


 火焔の妖刀はギラリと光りボウッと炎を纏った。

 豪火を起こすヌシが妖刀から現れオレに乗り移る。


「菜摘矢くんっ! その姿は朱雀?」

【そうだ。我は朱雀。火焔の妖刀に宿りし炎の神である】


 ヌシがオレの自我に同調すると一気に炎がなだれ込んでくる。

 燃える燃える。

 炎はあやかしの怨力オンを灼き尽くす。


【斬るぞ、菜摘矢っ!】

 オレは斬りたくない。

 だってオレは怨霊鬼えんりょうきと化してもあんたをキライになんかなれないんだっ。


「その火焔で私を焼き尽くすがお前の役目――」

「先輩、オレは仲間を斬る役目なんか負いたくない」

「忘れたか? 私達はあやかし退治のスペシャリストだ」

「仲間を斬れっか!」


 先輩は微笑った。

 ああ、この笑顔だ。

 見たかったんだ、先輩の春のぽかぽかな笑顔。


「ありがとう。だが、さよならだ。私はバスターになった最初はじめから覚悟は出来ている」


 俺の掴む妖刀が震えてる。

 早く斬れよとオレの中に宿る朱雀が嘲笑う。


「すまない。桜葉菜摘矢さくらばなつや、あやかしバスター火焔組特攻部隊纏めがた。私の自我があるうちに今すぐぶった斬れ! これは最後の隊長命令だ」

「イヤだ、オレを置いて遠くに行かないでくれよぉっ」

「菜摘矢、聞き分けのないことを言わないで」

「オレや仲間たちはあんたを慕ってる」


 オレは泣きながら火焔の妖刀を握りしめた。

 息を吐き手の中の感触を確かめる。

 熱い。何もかもが熱い。


 烈火の朱雀にオレは化す。

 意志を持つ妖刀がオレを突き動かす。刀剣の構えは上段、狙うは怨霊鬼えんりょうき

 怨霊鬼に取り込まれ始めた先輩、許してくれ、――斬る!


「うわあぁ――っ!」


 オレは泣き、叫ぶ。

 そして蛇の怨霊鬼と先輩に刀を振りかざし斬りつけた。

 百花繚乱、火焔の刀から繰り出される炎の華が花開き舞い上がり、散る。

 刹那、声も音も光もオレの内から外側の世界から、――消えた。



「大丈夫、菜摘矢くん?」


 オレは瑠璃羽に抱かれている。正確に言うと瑠璃羽が術で作り出した硝子の器に入り込んでいる。


「こんなんで助けられんのか?」

「まあ、見てなよ」


 オレの周りでさっき放った火焔の炎が燃えて柱になって轟々と音を立てている。頭の中で朱雀が早く斬らせろと怒鳴っていた。



「ねえ、僕の方がその子より美味しいよ。蛇の怨霊鬼さん、こちらにお〜いで」


 器の外で瑠璃羽の声がする。

 シューシューと蛇の怨霊鬼の鳴き声がする。


 誘うような瑠璃羽の甘ったるい声、蛇の怨霊鬼が舌なめずりしてずるずると動き出す。

 瑠璃羽に取り憑こうと先輩から剥がれた蛇の怨霊鬼が瑠璃羽に向かった瞬間、オレは器から飛び出し蛇の怨霊鬼を――!


【待ち望んだぞ】

「うおぉりゃあぁっ!」


 火焔の妖刀で思いっきりぶった斬った!


 蛇の怨霊鬼の眼を狙い一閃、胴体を狙い一閃、自己再生なんて出来ないように怨力オンの集まりをひと突きにして火焔をぶつける。

 瞬く間に怨霊鬼は燃えあがり魂の粒子は天へと還った。


   ◆


「ああ、つっかれたあ。ねっ、菜摘矢くん」

「まあな」


 怨霊鬼との勝敗は決した。

 あやかしバスターの応援部隊が駆けつけた。

 先輩は無事だ。

 妖刀の宿りヌシ朱雀は勝手に出てきて勝手に戻っていった。

 今は語りかけてもうんともすんとも言わない。


「菜摘矢くんの朱雀化すざくばけ、格好よかったよ」

「朱雀化けって。妖刀が勝手にやったことだ。瑠璃羽は術が使えるようになったんだな」

「ああ、あれ? どうやったか分かんないよ。僕怒ってたからね。菜摘矢くんと先輩に何してんだって」


 オレたちは応援部隊の術で運ばれて妖魔世界から脱出した。

 学校の側の丘に着いていた。

 太陽はとっぷり暮れて夜空には多くの星が瞬いていた。

 満ちる一歩手前の大きく輝く冴えた月も綺麗だ。


「お前たち、金輪際あんな戦法で戦うな」

「倒したし。先輩も助けられたし良くない?」

「良くない、危険だ。お前たちの為なら私は死んでも良かった」

「良かねえし。あんたには死なれたら困る」

「菜摘矢。……ところでもうお姫様抱っこはやめてくれ。無様だ」

「やだね。大人しくしてな、先輩? 怨霊鬼の怨力オンの影響で体が痺れて上手く動かねえんだろ」

「そ、それはそうだが。隊のおさが恥ずかしいじゃないか」

「誰も見てませんって〜、先輩。いいなあ、僕もお姫様抱っこされたい」

「お前されたいほうかよ。じゃあおんぶしてやる」

「いいの? やったあ」


 オレは先輩をお姫様抱っこし背中には瑠璃羽をおんぶした。って言っても両手が塞がってるから瑠璃羽がしがみついてきてる。

 朱雀神と同化した後だからか熱くたぎる力がまだうずうずと燻っている。


「なあ先輩、俺寮に入る」

「なになに? 菜摘矢くんが入るなら僕も寮に入る」

「なぜ気が変わった?」

「強くなりたいから」

「ふーん。そうか」

「なんだよ、薄っすいなあリアクション」

「まあ嬉しいさ」


 ちょっとは先輩の助けになっただろうか。瑠璃羽を守るとか言って結局オレも助けられたな。


「オレが瑠璃羽とかのこと守りたいから強くなりてえ」

「僕だって守られてばかりじゃ癪だから菜摘矢くんを守れるように腕を磨くよ」

「今日は助けてくれたじゃん。サンキューな、瑠璃羽。じゃ、お互い協力してこうぜ」

「僕も皆を助ける一人前のバスターになって格好よくなりたい」

「おっ、オレだって」

「何か楽しいね」

「まあな〜」

「そうか。なら良かった。私はちっとも楽しくはないがな。隊員にこんなお姫様抱っことか屈辱的だぞ。私ももっと腕を磨く」

「まずは休めよ、先輩」

「休んでられるか」


 俺達はもっともっと強くなってやる。

 瑠璃羽とこれから出会う誰かを守るためにも。

 妖刀を振るう。

 先輩とこの世の中に蔓延る鬼を一緒に退治する。オレ、わくわくしてんのかもしんない。


 オレは駆けて、駆けて――!


 ただひたすらに走り刀を薙ぎ持ってるもん全てで怨霊鬼を斬りつけ大切なものを守るためにオレたちは戦う。



      了

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あやかしバスター☆火焔組 桃もちみいか(天音葵葉) @MOMOMOCHIHARE

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