第2話
ある日、会社帰りに私は弟の部屋を訪ねた。鍵はまだ変えていないようで、前の鍵で通用した。
そして私は買ってきた缶ビールを開けて飲む。そして棚から勝手につまみとなる軽食を取り出して食べる。
暇なのでテレビを点け、ビールとつまみで弟の帰りを待っていると、ドアが開かれ、弟が帰ってきた。その後ろには見知らぬ男がいた。歳は私より上くらいかな。
「姉ちゃん、何してるの?」
私は弟の驚きとうんざりを含んだ問いを無視して、
「その人、誰?」
と、聞いた。
「会社の先輩」
「初めまして。宮下和宏です」
男が名乗り、頭を下げる。
和宏……って、あのカズ君か? 声もどことなく似ているような。
「で、姉ちゃん何の用?」
「暇だから寄っただけ」
一応、新しいベッドを見に来たのも理由の一つなんだけど、それを言うと弟に馬鹿にされそうなので黙っておく。
「なら帰れ」
冷てえやつだ。
「まあまあ」
と、宮下さんが間に割って入る。
「お姉さんも一緒にどうですか?」
彼はコンビニ袋を持った手を掲げる。そのコンビニ袋には缶ビールがたくさん。
「いいですね」
決して缶ビールに釣られたわけではない。こいつがあの時のカズ君か調べるため。
「姉ちゃん!」
弟の抗議を無視して私達は飲み始める。
『かんぱーい』
私達は疲れた体にビールを流し込む。
ああ、美味しい。やっぱ仕事終わりにはビールだよ。
「お姉さんは何のお仕事を?」
宮下さんが私に聞く。
「ブライダルの仕事ですよ」
「ブライダルって、結婚の? 素晴らしいお仕事ですね」
「いえいえ。もしご結婚の予定がありましたらこちらへ」
と、私は名刺を差し出す。
「ご丁寧に」
「姉ちゃん、営業すんなよ」
「なおちゃんは火乃香って子とはどうなったの?」
ちらりと宮下さんの反応を見ると目が細くなっている。
「別れたっつうの! 知ってんだろ!」
「そうだったわ。確か別れたのに合鍵を返してもらってないから嫌がらせを受けてたのよね。知ってます?」
私は宮下さんに話を振る。
「ええ。すごい目に遭ったとかで」
宮下さんは乾いた笑いをする。
「ホテル代わりにですって。ねえ、なおちゃん、男の方はどうなったの?」
「知らねえよ」
「あら? 男の方にはお咎めなし?」
「知らずに連れてこられたらしいし」
「らしいって何よ。男は知ってたわよ。だって、どう見ても女の部屋じゃないでしょ? ねえ、宮下さん?」
「え? ハハ、そうですね」
宮下さんは苦笑いしつつ答える。
弟の部屋は無機質で最低限の日用品しか置いていない。こんな色も何もないのに女の部屋と思うだろうか。否、火乃香に連れてこられた奴はすぐに男の部屋と分かるはず。
「同じ職場の人はいなかったの?」
「いなかったよ。もうさっきからなんだよ!」
おっと、なおちゃんが不機嫌になった。
「お姉さん、その話はやめましょう」
「ですね。それじゃあ、ハロウィンは何してました?」
「え?」
宮下さんは目を点にする。
さあ、なんて言い訳をするのかな?
「……今年のハロウィンは残業でした」
ん?
「俺も先輩と同じく残業だった」
「え? 残業? お二人とも?」
私は交互に二人を指差す。
「ええ。残業ですよ」
宮下さんが苦笑する。
「嘘でしょ? 途中から抜けたとか……」
「何で嘘つくんだよ。俺と先輩は朝まで残業だよ」
あらら。ではでは、カズ君はこの人ではない?
「へえ、ハロウィンの日は残業していたんですか」
「ええ。お姉さんの方はハロウィンの日は何してました?」
「お化けスタイルでこの部屋で待機してました」
「アハハ。それは残念だったでしょ?」
「ええ。弟が全然帰ってこないので待ちぼうけでしたよ」
その代わり、やべえ事態になったけど。弟の元カノが男を連れてギシギシアンアン。それを私はベッドの下で聞いてたのだ。
「残業なら残業って言ってくれたらよかったのに」
「なんでだよ」
弟が隣で突っ込む。それを私と宮下さんは笑う。
宮下さんが帰り、私と弟は後片付けをしている。弟がテーブルをティッシュで拭いているとき、
「ねえカズ君って、呼ばれている人、会社にいる?」
「いるけど」
「なんて名前?」
「どうして?」
「いいから」
私が凄むと弟は肩を縮こませ、
「森和也……だけど。それが何?」
「そいつが火乃香の男よ」
「何でだよ」
仕方ないので私はあのハロウィンの秘密を語った。
「……マジかよ。てか、ベッドの下にいたって馬鹿じゃないの」
愛の右フックを3発!
「痛い!」
ハロウィンの秘密 赤城ハル @akagi-haru
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