ハロウィンの秘密

赤城ハル

第1話

 今日はハロウィン。皆が仮装して楽しむ日。

 私もまた一人暮らしの弟をびっくりさせようと黒髪ロングストレートのカツラに衣装は白装束のお化けスタイルで弟のベッドの下に待機。これで帰ってきた弟を驚かせやるの。

 鍵はどうしたかって?

 もしもの時のために合鍵は母が持ってて、今日は母から鍵を拝借して侵入。

 ああ、早く帰ってこないかな。

 弟の驚く顔が楽しみでしょうがない。

 今日のために演技もばっちり練習した。

 しかし、長いな。もうかれこれ1時間以上は待ってるのではないだろうか。もしこのまま帰ってこなかったどうしよう。一晩中、ベッドの下? 何それ、バッカみたい。

 と、そこで、足音が聞こえ、部屋の前で止まる。

 お! やっと帰ってきた?

 息を止め、様子を伺う。

 そしてガチャリと鍵を回す音が聞こえた。

 やっぱり帰ってきた。

 よし! やるぞ!

 次にキィイっとドアを開ける音。

 帰ってきた。弟が。

「さあ入って、入って」

 ん? 女性の声。

 演技を始めようとした私は動きを中断。そしてベッドの下で息を忍んで待機続行。

 あれ? もしかして部屋を間違えた?

 いやいや、それはない。ここは弟の部屋だし、鍵だって弟の部屋のだし。部屋の中だって弟の部屋だったし。

 うん。間違えなくここは弟の部屋。

 ということはこの女性は彼女?

 え? まじで?

 あの弟に彼女がいたの? アイツめ!

 姉に紹介もなしかよ。

 でも、なんで彼女が弟に「入って」なんて言うのか。

「へえ、ここがアイツの部屋か」

 次に聞こえたのは知らぬ男の声。

 彼女さんは弟ではなく、この謎の殿方に声をかけていたのか。

 電灯を点けたのだろう。部屋が明るくなる。

 そして2人はベッドに座る。

 ベッドが軋み、ベッドの下にいる私に埃が降る。

 ちょっとゆっくり座ってよ。まじむかつく。てか、なんでベッドに座るの? そりゃあ一人暮らしの1Kなんて狭いけどさ。

「本当に今日はアイツ、帰ってこないのか?」

「うん。残業だって」

「ハロウィンに残業って」

 男がバカにするように笑う。

 ええと、残業は……弟のこと?

 すると部屋の明かりが消えた。

 あれ?

 そしてチュチュと水音が部屋に響く。

 え? この音って……キス!?

 おいおい! こいつらキスし始めたよ。衣擦れ音もし始めた。さらに女の喘ぎ声も。

 え? 浮気? 浮気入りました?

 さらに行為は深くなり、とうとう交わりやがった。ベッドが軋み声を上げる。

 ここ弟の部屋だよ。弟のベッドだよ。おーい、お前、弟の彼女だろ!

 突っ込みたいけど突っ込めない。

 男はリアタイで突っ込んでるけど。

 …………。

 なんで一人でジョーク言ってんだろ私。

 それにしてもこの女、弟と付き合いつつ、なんで他の男とギシギシアンアンしてんだよ。このクソビッチが!

 あ、これって今流行りのNTR案件かな?

 それにしても弟の彼女の浮気現場をベッド下で聞くとか、何これ? 罰ゲームなの? 嫌がらせなの? もう嫌!

 勿論、ここは姉として出ていってやろうとも思わなくもないが、今はこんな格好だし、それに思うだけで実際はそんな勇気もないし。

 ハッ! 待てよ!

 もしかしてこれは逆ドッキリでは?

 私がドッキリをすると分かって、弟が逆ドッキリを仕掛けたとか?

 …………いや、あの朴念仁はしないな、そういうのは。これはガチの浮気だな。目で確認はしてないけど。

 びっくりさせようとしたハロウィン計画がパーになって、さらにこんな苦行とは。トホホだよ。

 私がベッド下で鬱々としていると行為は終わったようだ。

 男がティッシュを引き抜く音、それからごそごそと拭く音。

 そして男はティッシュをゴミ箱へと投げる。その丸めたティッシュは外れて、床に転がる。男は拾いに行くこともなく、「なあ、いいだろ?」とか言って、2回戦を始めやがった。

 こんど破裂音付きでベッドの軋みも大きい。……これはバックか。


 やっと行為が終わり、男は賢者タイムで一服。女はシャワーを浴びに出て行った。いいな、私もシャワー浴びたい。冬とはいえ、こんなとこにずっといたら空気は籠るし、それに変な汗をかいた。

 さて、どうしようか?

 ベッドの下から出ようにも片一方が部屋にいては出られない。一緒にシャワーでも浴びて、もうワンプレイしてこいよ!

 スマホで弟に『お前の彼女が今、浮気中』と送り、部屋に呼ぼうにも今、私のスマホは電源を切っている。

 私のスマホは電源をつけると音が鳴るんだよね。しかも大きいし。

 テレビ音に紛れてと思ったんだけど、この2人、テレビを点けない。

「カズ君、次どうぞ」

 男の名はカズというのか。覚えたぞ。

「おう」

 男ことカズはタバコを灰皿に押し付け、立ち上がる。その男に代わって女がベッドに座った。

 そして女はスマホで誰かと通話を始めた。

「なお君、どう仕事は? えー、やっぱ残業? お泊まり? 今日はハロウィンだよ」

 ん? なお君? 相手は……弟の直樹?

 まじか? 浮気の後に弟に電話とか、この女やべえ。

「……うん、分かった」

 と言い、女は通話を切る。

「誰?」

 シャワーから男が出て来て、女に聞く。

「なお君だよ。残業だって」

 言葉は残念がっているが、声色は喜んでいる。

「うちはブラックだからな」

 ん? この男、弟と同じ社の人間?

「この前も残業だったじゃない?」

 女の問いに男は答えずに女の隣に座る。

「で、火乃香、計画は?」

 ここでようやく女の名前が判明。火乃香か。

「万事計画通りよ」

「抜かりなくやれよ。薬を手に入れるのにだいぶ無茶したんだからな」

「大丈夫。毎日、少しずつ盛ってるよ」

「あと、どれくらいだ?」

「うーん、あと一週間分くらいかな?」

「ちゃんとコーヒーに盛れよ」

「分かってるぅ。もう信用してよぅ」

 なんかぶりっ子みたいな言い方がムカつくな。

「今日の分は盛ったのか?」

「あっ、まだだ! 忘れてた。今すぐ薬入れてくるね」

 ここからではよく見えないが、女がキッチンに向かったのは足を見て分かる。

 薬って何よ。え? 毒薬とか?


 朝になり、男も弟の彼女も部屋を出て行き、私はようやくベッドの下から出られた。

 首と肩を回し、大きく伸びをした。丸一晩ベッド下にいたんだよ。まじで辛かった。こんな経験はもう嫌だ。これも全部、帰ってこなかった弟が悪い。

 シャワーを浴びて、私はベッドの下から鞄を取り出し、着替える。

 そしてキッチンに向かい、コーヒーメーカー内のコーヒーを全部捨てた。

 彼らが言ってたことが本当かどうか分からないけど、とりあへず捨てておく。

 代わりにと私は新しくコーヒーを作る。

 コーヒーの匂いを嗅ぐとお腹が空いた。

 棚からメロンパンを見つけ、賞味期限を確かめる。

 弟はちょくちょく食べ忘れて置きっ放しにするのですんごい賞味期限が切れたパンが出てきたこともある。

 ふむ賞味期限は来月の頭か。去年のでもないようだし大丈夫だね。

 私は袋を開け、メロンパンを食べる。

 これからしばらくは私が毎朝コーヒーを捨てないとね。

 と、そこで弟が帰ってきた。

「……姉ちゃん、何してんの?」

「近くに寄ったから」

「鍵は?」

「お母さんに渡してるやつ使った」

「勝手すぎだろ」

 弟は憤慨し、そして大きく溜め息を吐く。

「で、朝帰りは残業かな?」

 知ってて知らぬふりで私は聞く。

「そうだよ。もう寝るから帰れよ」

 シッシッと弟は手を振る。

 何よ。私の身も知らずに。

「帰るわよ」

 てか、私も寝たいんだよ。

 帰る前に私は、

「アンタ、彼女いる?」

「なんだよ。急に?」

「いるの?」

「関係ねえし」

「あっそ。女には気をつけなよ。それとコーヒー」

「え?」

「前に来た時、コーヒーメーカーなんてなかったよね。彼女がコーヒー作ってるんでしょ?」

 私はコーヒーメーカーを指す。

「違えし」

 嘘下手だな。

「アンタ、コーヒー好きだっけ?」

 実家にいた時はコーヒーなんて全く飲まなかったはず。

「好きになったの……最近」

「彼女の影響?」

「ウザッ」

 弟に愛の肩パンチ2発!

「痛えし」

「でも飲み過ぎはよくないよ」

 だって薬入ってるし。

「分かってる」

 そっぽを向いて弟はおざなりに答える。

 たく、可愛くねえやつだな。

 こっちが親身なって気遣ってるのに。

「じゃあ、帰るわ」

「はよ帰れ」

「また来るわ」

「来んな」

 コーヒー捨てるのを止めてやろう。

 もうお前は彼女の毒入りコーヒーで死ねや。

 私はドアを強く閉めて、廊下に出る。

 マンションを出ると朝陽が私の目を突き刺す。

「マジ疲れた」

 私は独りごちた後、歩き始める。


 一週間後、弟に会いに行くと、弟は普通に生きていた。

「死んでないの?」

「何言ってんだ?」

 開口一番そんなことを言われたので弟は怪訝な顔をする。

「別に。彼女とはどう?」

「彼女なんていねえし」

「火乃香って名前の子」

 弟の目が細まる。

「……それ元カノ」

 弟がぼそり言う。

「ん?」

「そいつは元カノ」

「もう付き合ってないと?」

「当たり前だろ?」

 あれれ?

 だとしたらあれは浮気ではないと。

 そうかそうか。NTRでもないんだね。……あれ? 彼女ではないなら……。

「遊びに来たりとかは?」

「もう来ねえよ」

 まあ、そらそうよね。

「鍵は?」

「あっ!」

「……まったく。さっさと鍵返してもらいなさい。嫌がらせとされるわよ」

「姉ちゃんじゃねえんだし」

 愛のゲンコツ3発!

「痛えよ。女の力じゃねえよ」

 その言葉に私はこぶしに息を吹きます。

「なんでもない。普通。うん、普通」

「コーヒー不味かったわ。何か入れられてるんじゃない? 面倒な別れをすると嫌がらせとかあるからね」

「え?」


「いやあ、姉ちゃんのおかけで助かったわ」

 後日、カフェテリアにて弟にお礼を言われた。

「本当に薬を入れられてとはね」

 私は肩を竦めた。

「びっくりだよ。いやー。なんか苦いなー、とは思ってはいたけどコーヒーだからね。苦くてもおかしくないなー、と思っちゃったんだよ」

 弟が後頭部を掻いて言う。

「ちなみになんの薬だったの?」

「利尿薬」

「ちっさい嫌がらせね」

 せいぜいトイレに間に合わずに漏らしちゃうくらいかしら。

 あ、でも電車の中とかならやばいわね。尊厳は無くなるわね。

「他にも俺の部屋をホテル代わりにしてたとか」

「へえー」

 知ってたけどね。私はそのベッドの下でギシギシアンアンを聞いてたんだから。

「なんか臭いと思ってたんだよね。それにティッシュの量も半端なく減るしさ」

 そこは気付けよ。他の男の体液が染み込んだ使用済みティッシュなんてやばいだろ。そんなのがある部屋にいたなんて身の毛もよだつわよ。

 想像しただけでも嫌だわ。

「それにもうあのベッド使えねえわ」

 そりゃあ、使いたくもないだろ。下手したら男の体液付きだもん。

「ふうん。新しいベッド買った?」

「慰謝料ぶんどってそれで買った」



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