巡る風

横山佳美

巡る風

 時を巡り、世界を巡り、運命を巡る、そんな『巡る川』の流れに乗って私たちは生きている。川は、曖昧で不確かなグレーの色を帯びていても、見る人が変われば白や黒にも色をなす。無限の分岐を繰り返し、川幅は狭ばまるばかり。

そんな不透明で掴みどころのない巡る川に、似たり寄ったりの普遍的な龍のボートの列が永遠に続いている。

 白にも黒にも映える朱龍の頭は天を仰ぐ様に水から反り出し、

『22の個性』を水面に浮き出た背に乗せて泳いでいる。


 私の名前は『リセ』。私の右隣にいるのは弟の『ホノ』。

二人は、オールを携えた漕ぎ手の最前列で、思いを巡らせながら座っている。

私たちの後ろに続く18名の漕ぎ手も同様に、

左右2列で進行方向を向き、正座姿でジッとしている。

ボート先頭の龍の首に、背中を丸めてまたがるのは『ジガさん』。進行方向に背を向け、いつも難しい顔で考えを巡らせている。

最後尾の『コウさん』は、龍の手綱をガッチリと握りしめ、進行方向を向き、エネルギーを巡らせながら立っている。


 『22の個性』は運命共同体で、かつては互いを信じ、認め合い、ボートの上を開放的に循環し回っていたのに、各々の意識が外へ外へと分散し、川の流れに飲まれ、流され、揉まれ、流れる川とは裏腹に、私たちのボートの上は停滞していった。

そして、川の色は白か黒だけだと決めつけて、黒の流れに乗ってはいけない不安を常に持ちながら、時には周りに牙を向くが、周りが「こっちが白だ!」と言えば、それだけを信じて上手く流れに乗ってきた思う。


 私の視線も、横並びのボートの群ればかりを追って、周りと比較し、流れに乗り遅れないように必死にオールを漕ぎ続けていた。

弟のホノは反対に、無責任な自由を欲しがるばかりで、

全く協力しようとしなかった。

唯一、進行方向と反対を見ているジガさんは、私たちの尾を引く記憶を見つめ、

「あの時はよかった。」「やらなければよかった。」と名残惜しさと後悔ばかりの後ろ向きの言葉を唱え続け、そして、先行きの見えない不安から、前進することは恐怖だと教え、私たちのやる気を奪っていく。私たちの目を正面から見つめるジガさんの言葉の威力は破壊的で、信じて進むべき先にある、

見たいものをどんどん壊していった。

最後尾のコウさんは、止まる事を何よりも恐れ、推進力を絶対に落とすまいと、漕ぎ手を馬車馬の様に働かせ続けた。

 

 川幅が狭くなるにつれ、私たちのボートも、周りのボートも、荒々しく我先にと漕ぐものだから、静かな流れの川に荒波が立っていた。私たちは、転覆を恐れ、

前を見ることも忘れて、とにかく力任せに漕ぎ続けた。


こうなることを誰が想像してただろう。


私たちは、あからさまに『真っ黒』な激流に乗ってしまっていた。これまで、前へ前へと進む事に必死だったコウさんも、この激流を恐れ、龍の手綱を思い切り引っ張り、漕ぎ手も水の流れを止める様に、オールを水中に突き刺して、最後の抵抗をしていたのにも関わらず、ジガさんは、必死の私たちの顔を死んだ魚のような目で見つめ、「もう流されてしまいたい。」と、今までと打って変わって、

前進を促す発言をした。

その瞬間、私たちは、深い深い川底へ落とされた様に、体が重たくなり、

考える事も、行動する事もできないほどの疲れが一気に襲ってきた。

激流の上にいることを忘れ、意識を失ったように眠りについた。

目が覚めた頃には、すでに季節が巡っており、私たちは、水が停滞しているだけの静かな湖にプカプカと浮いているだけだった。 全く進まない事に焦りを感じたコウさんは、また手綱を握りしめ、「とにかく動こう、この巡らない湖に流れを作ろう!」と言って、弱った足で立ち上がった。

漕ぎ手も、前と同じように漕ぎ始めようとするが、弱った体は思うように動かなくなってしまっていた。動かない体に鞭を打ち、汗をダラダラと流しながら、がむしゃらに漕ぐが、ボートはぐるぐると同じところを回り続けるだけで前進しない。

そう、私たちは、今まで気づいていなかったのだ。

川の流れにいる時は、周りのボートの推進力も吸収し、私たちが少しの力を加えるだけで、スピードに乗って前へ前へと進むことができていたのだ。

孤独になった私たちは、悔しくて、悲しくて、情けなくて、オールを湖に捨てて、

とにかく泣いた。涙が枯れるまで涙を流した。

湖に流れを作り出すことはできなかったが、汗を流し、涙を流した私たちのボートは軽くなっていた。

汗と涙で濡れた体を乾かすように、両手を大きく広げボートの上に立ってみることにした。あんなに気だるそうに座っていたジガさんも、

清々しく立ち上がり伸びをした。

その時、私たちを包むように暖かい風が吹き、ボートが少し前進した。

「やったー!」「進んだぞー!」と少しの前進に飛び跳ねて喜んだ。

弟のホノが「これだ!」と何か思いついたかのように叫んだ。

「風に乗って進む時代が巡ってきたんだ!」

弟に続き、私も自信を持ってこう叫んだ。

「これからは、全員の呼吸を合わせ、同じ方向を見つめ、

一緒に龍の手綱を握ろう!」

そして、コウさんはギュッと拳を空に突き上げて、

「川の色はグレーそのままでいいんだ。進むべき方向にあるものは、

白か黒じゃない。行くべき先は、輝いて見えるんだ!

さぁ、風に乗ろう。」と叫んだ。

後ろ向きだったジガさんは、くるっと進行方向に向き変えて、

「僕たちは、巡る川にいるんだ。どんな流れに乗ろうと巡った先のゴールは一緒。

焦らなくていい。不安にならなくていい。遠回りしたっていい。

僕たちの背中を押してくれる風に、軽やかな歌を乗せて進もう!」

と、湖の先にある一本の細い流れを指差しながら叫けんだ。

そして、私たちも輝く瞳で指差す方へと視線を流した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

巡る風 横山佳美 @yoshimi11

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ