白狐の揶揄い
「に~いちゃん!」
僕は、隣でムッツリと黙りこんでいる兄ちゃんに声をかけた。
「……。」
兄ちゃんは上空を睨んだまま答えない。
はっはーん……。読めたぞ!ふてくされてる顔が面白いから、からかおうっと。
「あ~れれ~?おかしいな~⁇もしかして、暑いからってイライラして、花火までにくたらしくなったんじゃないよね~?まっさかねえ!まっさかあの兄ちゃんが、そんな事で腹立ててるとか、ありえないよねー。ね~‼︎」
ニヤッと笑いながら兄ちゃんをチラリ。
すると兄ちゃんは、バツの悪そうな顔で「……白狐お前、なんか楽しんでるだろ。お前と違って俺は暑がりで寒がりなんだよ。悪かったな、期待外れの兄ちゃんで!」とボソリ。
「いや~、花火ってホントキレイだよねー。気分上がるー。ワクワクするー。これ見てて不機嫌なのってきっと一人だけなんじゃないかなあー。」
「び、白狐お前……。いつからそんな性格に……。キイイッ!」
……おやおや、今度は負け惜しみですか。兄ちゃんともあろう人が、嘆かわしい。
ああそうだ、一応言っとくけど、この性格はアナタの影響ですからね。
「な、なんだと!兄に対して失礼な。大体、兄がずっと兄らしくしてられる訳が無いだろう。だというのにみんな兄らしく、兄らしくって!この前なんか、会って間も無い華澄にまで……っ。」
そろそろ本気で怒りそうなので、からかうのをやめてなだめることに。……読者の皆さん、兄の見苦しい所をお見せし、本当にスミマセン。
「誰に言ってるんだよ!ってか読者って誰だよ!」
兄ちゃんが気にしてるのは、命令を受けた時の事だよね。
「話を逸らすなっ!……いやまあ、確かにその事なんだが……。」
やっぱり。そうだよねー。やっぱり兄ちゃんは、暑いくらいで怒ったりしないよねー。そんなの、兄ちゃんじゃないもんねー(と言いつつにらんでおく。ちょっとした憂さ晴らしって感じ)!
「あ、ああ、当たり前だ。」
ちょっぴり慌てつつも、兄ちゃんは言葉を継いだ。
「白狐も、父上の様子がおかしいって、思っただろう?」
……そうだよね。……やっぱり兄ちゃんが気にしてたのは、それだったか。
僕らが気になってるのは、僕たち兄弟にここで守護をしろ、と命を出した時の父さん……稲荷神の表情だった。
『黒狐、白狐、よくやった。初めてだというのに神社を護りきり、行方知れずだった〈護影獣〉の封印を解き、その上こんなに早く彼の地の呪いを解くとは。——私は御前達を誇りに思う。』
……そこまでは微笑んでいたんだ。でも……。
『さて、帰還してきたばかりの御前達に悪いのだが、早速次なる守護地へ行ってはくれまいか。今度は温暖な土地。暫く極寒の地にいたせいで、着任した最初の数日は体調が悪くなってしまうやも知れぬ。しかし、急ぎ向かって欲しいのだ。何でも巫女の一人が姿を消してから、日毎に悪霊が蔓延り、荒んでいっているようなのだ』
嫌悪。
ほんの一瞬、父さんの目によぎったその感情は、僕らを震撼させるのに十分だった。
父さんの眼下で跪いていた僕らは、とっさに目を見合わせた。兄ちゃんの金茶色の瞳には、黒々とした衝撃が浮かんでいた。たぶん、僕もおんなじだったと思う。
父さんは一瞬でまた元の笑顔に戻っていたけど、僕らは凍り付いたままだった。
『……どうしたのだ、二人とも。』
満面の笑みを浮かべる父さん。
『い、いえ、何でも御座居ません。』
おびえながらも首を振る兄ちゃん。僕もぷるぷると首を振る。
『……この話、呑んでくれるな。』
じっとこちらを見つめる父さん。
僕らには、頷くしか選択肢がなかった。
「父上は、何故あの時苛立っておられたのか。白狐はどう思う?」
兄ちゃんが訊く。
僕たちが早く仕事を終えることで、初仕事達成のお祝い準備が出来なかったんじゃない?実はこっそりお祝い用に紅白餅を山盛り用意しようと思ってたとか。
「いやいや……。」
兄ちゃんが呆れたように肩をすくめた。
「もしそうだとしても、あんな表情をすると思うか?どちらかと言えば残念、無念って感じだろう。それに父上は至って普通の、いや、神だから普通では無いのだが、まぁ兎に角俺達にはちょっと甘くて何でも褒めちぎるような御方だったじゃないか。……なんですぐ餅に結び付けるんだよ……ブツブツ。」
う〜ん、そうかぁ。
あ、直前にお餅を食べようと思ったのに焦がしちゃったとか?
「だからなんですぐ餅に結び付けるんだよっ!」
えー美味しいのにー。
「餅が美味しい、不味いっていう問題じゃあない。話を戻すぞ。
俺は、〈護影獣〉の華澄の封印が解けてしまった事に苛立ったんだと思う。」
……えっ、なんで?
思わず脳裏に華澄狼雪さん——狐火神社を護る、半獣の実力者の顔が浮かんだ。
破魔ノ対狐 銀樹 @frozen_yzyzx
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